色彩のポリフォニー -シャガールの魅力
【月曜日は絵画の日】
視覚芸術において、単に色が沢山あるから、鮮やかに感じるわけでもない。それらが、様々な意味を持った時に、生き生きと輝き始めます。
20世紀の巨匠シャガールが残した絵画は、色彩が様々な階層で踊りだす、絵画史上有数の鮮やかな絵画です。
マルク・シャガールは、1887年、現在のベラルーシ生まれ。19歳の時にサンクトペテルブルクに出て、様々な職に就きながら、何人もの教師に絵画を学んでいます。
その中でも重要なのは、バレエ・リュスの舞台装飾で有名なレオン・バクスト。フランスでも活躍する彼に憧れ、1910年にパリに出ると、モンパルナスのラ・リュッシュ(ハチの巣)と呼ばれるボロアパートで生活します。
ここには、芸術家を目指す若者たちが集まり、モディリアーニやレジェ、ドローネーといったモダンアートの担い手や、アポリネールのような詩人もいました。
ここでフォーヴィズム、キュビズム、シュルレアリスムといった最先端の芸術に触れ、一気に彼独自の幻想的な絵画が花開きます。
1915年に故郷に戻ると、第一次世界大戦もあり、そのままロシアで活動。ロシア革命後は、ロシア・アヴァンギャルドのマレーヴィッチらと対立し、1923年にはパリに戻って、聖書の挿絵等を手掛けています。
第二次大戦中アメリカに亡命するも戦後はフランスに戻り、多くの栄誉に包まれました。
60年代には、パリ・オペラ座や、ニューヨーク・メトロポリタン劇場の天井画や壁画を手掛ける等、油彩画にとどまらない活躍をして、1985年、97歳で亡くなっています。戦争に翻弄されつつも、20世紀を駆け抜けた生涯でした。
シャガールの絵画の特徴は、人や動物が、多様なレベルで入り乱れる、時空を超えた色鮮やかな画面です。
初期の1911年に描かれた『私と村』には、早くも彼の美点が表れています。農夫と牛が対比され、遠くの街並みに、生と死を表す鎌を持った男性と白い服の女性、農夫の手元にははじけるような生命力の木と、牛の中には、乳しぼりの光景。
生命力と彼個人のノスタルジアと、象徴が同居したシュールな感触を持ちつつ、色遣いや空間処理は、フォーヴィズムやキュビズムの影響を受けついだモダンなもの。
そうしたモダンさが、土着性のあるフォークロアと結びつき、幻想的に花開く。彼は生涯この画風を追求し続けたと言えるでしょう。
シャガール自身は、モダニズムの洗礼を受けつつも、シュルレアリストからメンバーに迎える申し出を断り、後にキュビズムやピカソを批判しています。
実際、シュルレアリスムと呼ぶには、いい意味で象徴が分かりやす過ぎ、コラージュよりも全体の印象や主題がきっちりまとまっている。また、現在の光景を徹底的に歪めるキュビズムと違って、過去や妄想、幻視といった時空を超えた空間が同居している。
そうした、絵画の論理に従わないありようが、彼の絵画を、より音楽に近いものにしています。
様々な位相の描きたい対象をちりばめることで、そこには多くの物語や象徴の断片が生まれ、画面全体がうねるように躍動する。
物語には流れがあります。シャガールの絵画は、通常なら同居しないはずの物語の様々な流れとそれに即した色彩が、組み合わさってポリフォニーを創り出し、現実とは違う時空を創り出します。
そんな絵画を見ていると、私はマーラーを思い出します。マーラーも全く違うリズムや音色の断片を、そのまま繋ぎ合わせて巨大な交響曲を創造しました。彼の友人はこう証言しています。
都市の祝祭空間で繰り広げられる、こうしたポリフォニーの音楽は、大変シャガール的に思えます。
シャガールも、サーカスを大変愛し、音楽にも親しんでいました。ユダヤ教の敬虔な一家に育った彼は、多くの伝統的なユダヤ家庭と同様、結婚式や様々な行事で音楽に囲まれており、叔父がヴァイオリン弾きでもありました(ちなみに、ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』は、まさに、東欧ロシアのユダヤ人家庭の物語です)。
そうした音楽的な色彩のポリフォニーこそが、シャガールを他のモダニズム絵画にとどまらない独自さに導いたように思えます。
そして、彼の中にずっと変わらずあるものは、愛という主題です。特に最初の妻ベラの肖像に見られる、一途で、少しセンチメンタルで、一緒にいることの喜びに満ちた絵画。
愛もまた、私たちの生を彩る物語の断片であり、現実に一緒に暮らす生活だけにとどまらない、様々な思念や、過去の追憶、夢や象徴によって創りあげられる喜びです。
だからこそ、鮮やかな色で彩られたシャガールの画面は、愛の生き生きとした躍動と、豊かさを私たちに伝えてくれる。
私たちの生に、そんな現実以上の愛があることを示すために、絵画という、現実とは違う独自の空間は存在する。そんな強い意志をも、シャガールの絵画からは感じるのです。
今回はここまで。
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またお会いしましょう。
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