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民衆と世界を描く喜び -ブリューゲルの絵画の魅力


 
 
【月曜日は絵画の日】
 
 
近代の絵画では、どうしても個人的な絵画が多くなります。集団を描くのはそれなりに労力のいることでもあり、少数派ではあります。
 
16世紀フランドルの画家ブリューゲル(父)は、そんな集団的な絵画を描けた稀な画家であり、後世に局所的に影響を与えた画家でもあります。

『子供の遊戯』
ウィーン美術史美術館蔵


ピーテル・ブリューゲルは実のところ生い立ちはあまりよく分かっていません。1525年~1530年頃に生まれ、1551年にアントウェルペンの画家組合に加入したことが分かっています。
 

ピーテル・ブリューゲル


版画業者のクックの元で働き、ヒエロニムス・ボス風(あの前衛的な画風でやや意外ですが、当時から大人気でした)の版画や祭壇画等を手掛けた後、イタリアを旅行します。ナポリやローマを巡り、各地でスケッチして、1555年にはアントウェルペンに戻ります。
 
版画から油彩へシフトを移し、『ネーデルランドのことわざ』や『子供の遊戯』等の傑作を手掛けます。結婚を機にブリュッセルへ移住すると、『バベルの塔』、『雪中の狩人』等の絵画史に残る名作を残す充実期を迎えることに。
 
1969年、恐らくはまだ40代で死去。妻はまだ幼い長男と次男に絵画を手ほどきし、長男ピーテルは「地獄のブリューゲル」、次男ヤンは「花のブリューゲル」というそれぞれ得意なジャンルの名前にちなんで呼ばれる巨匠となりました。




ブリューゲルの特徴は、多くの農民が見事に配置された集団画です。
 
『ネーデルランドのことわざ』では、80近いことわざを文字通りそのまま再現(例えば「豚に薔薇を与える」=豚に真珠の意、のように)した農民たちで画面を飽和させつつ、無理なく風景の中に溶け込ませていることに、並々ならぬ技量が伺えます。
 

『ネーデルランドのことわざ』
ベルリン美術館蔵


これが全く無理なく見られるのは、逆説的ではありますが、この大量の人数を、しっかり切り分けられているからです。
 
ことわざごとに特徴ある身振りの人物たちをはめ込んで、しかも遠近法の効いた風景にバランスよく散りばめることで、部分が区切られ、自然と細部に目が行くようになっている。
 
ボスの『快楽の園』にも通じる(この人気作は、当時から複製や版画が出回っていました)技法であり、所々に悪魔っぽいキャラがいるのもボスの遠い影響を感じさせます。

しかし同時に、ボスのような宗教的な曼陀羅ではない、この世界が多くの人間で溢れていることを描く喜びが溢れているのが、この作品の美点でもあるでしょう。




そう、ブリューゲルの描く農民は、大変生き生きとしています。
 
『農民の婚宴』等、寓意や幻想を排した集団画では、多くの人がリラックスして、一人一人の特徴が鮮やかに出ています。
 

『農民の婚宴』
ウィーン美術史美術館蔵


ブリューゲルはおそらくは当時の知識人層である人文学者と交流があり、同時に、分け隔てなく農民たちと接していたと言われています。
 
確かに、人間の愚かさを感じさせつつ、これ程丁寧に一人一人違った表情を切り取れるのは、人々への愛情と絶え間ない観察が必要だと思わされる。
 
同時に、そうした人物が、遠近法を取り入れた雄大な風景に何の違和感なく溶け込んでいるのは、人間をもっと巨視的な眼で冷静に見る視点もあることを感じさせます。
 

『雪中の狩人』
ウィーン美術史美術館蔵


ブリューゲルの生まれた1525年の、6年前にダ・ヴィンチが死去し、5年前にラファエロが死去。ミケランジェロは長生きして1564年まで生きるのですが、ブリューゲルはルネサンスよりも後の時代、中世を脱して、遠近法の完成により、絵画の中にリアルさを取り込む考えが成熟した時代の人です。
 
遠近法とはすなわちこの世を捉える尺度、壮大な世界観であり、生き生きとした表情や身ぶりは、ひとりひとりの人間への愛情でもあります。そんな二つが分裂せずに同居しているのが、ブリューゲルの魅力です。


『干し草の収穫』
プラハ国立美術館蔵




私たちはつい、技法というものを、思想とは独立したある種の才能のように思いがちです。
 
しかし、思想なしには技法というものは発展しないし、技法と構成する思考が結びついて、作品が出来上がるものです。
 
効果的な遠近法によるパノラマの風景と、鮮やかに描かれた人物たちが同居するブリューゲルの絵は、まさに偏見がなく、この世を冷静に見つつも、人間そのものに愛情を持ったブリューゲルの思想から生まれたもののように感じます。


『農民たちの踊り』
ウィーン美術史美術館蔵


そして、愛情だけでなく、人間を超える幻視のヴィジョンをも持ち合わせていた。
 
彼の代表作の一つである「バベルの塔」は、多くの人が天に届く最高の建築物を創ろうとしていたのに、神によって言葉がバラバラになって、共同作業が崩壊して挫折した、聖書のエピソードからとられています。
 

『バベルの塔』
ウィーン美術史美術館蔵


人間の愚かさと強さを同時に現したこのエピソードに、これほど美しい形象を与えられたのは、ブリューゲルが、稀有壮大な建物や風景を、ちっぽけな人間と同時に捉えることができたことを示しているのでしょう。
 
こうした両面の同居は、その後の西洋絵画において、敬意を持って扱われつつも、風景画の正当な伝統に取り入れられることは、意外と少なかったように思えます。
 
寧ろ、ウィリアム・ブレイクや、アンリ・ルソー、ヘンリー・ダーガーといった、強烈な幻視と誇大妄想すれすれの物語性を持つアウトサイダー・アートにその残響が伺えるように思えます。
 
そうした意味でも、ブリューゲルは決して古びていない、今もなおアクチュアルで、新しい人に再発見されるのを待っている画家のように思えるのです。
 
 


今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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