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「わかりやす〜い」に喜ぶ人たち
「わかりやすさ」ってなんでしょうか?
僕らの世界には、多種多様、さまざまな物事がありますが、単純なもの、簡単なものもあれば、複雑なもの、高度なものもあります。
何かを人に説明する際、純粋な「情報伝達」として、わかりやすくするにこしたことはないです。
僕も例えば「Youtube」で、歴史系とか健康ネタのチャンネルを観ますが、それらは「わかりやすさ」って大事ですね。
ちなみに最近見て「むむむ」と唸った“わかりやすい”動画はこれ。
わかりやすい…。にしても、匂いって怖い…。
僕もとにかく洗剤の香料が苦手なんです。まあ、この手の健康ネタはちょいちょい観てしまうんですよね(笑)
で、話を戻します。
わかりやすさは時に大事だけど、じゃあ「わかりやすければいい!」ってことにはなりません。
例えば「わかりやすい授業をする教師」がいるとしましょう。
それで高評価される人は、その授業を受けた生徒が「テストの成績が良い」という結果によると思います。そして「あの先生の授業はわかりやすい」と言われるでしょう。
でも、ただ「わかりやすい授業」をするからと言って、本当の意味の「賢さ」が得られるかどうか? となると話は変わる。
勉強のまったくできない子には、わかりやすい授業で、とにかく底力を上げるのはいいだろうけど、そこそこ覚えてからは、「自分で考える力」が必要で、それって、方補論ややり方の世界ではないから「教える」となると難しいでしょう。
むしろ「わかりにくい授業をする先生」がいたとして、でももしその状態で、すでに自分で考える力を持っていて、かつ点数が欲しい生徒なら、必死にそのわかりにくい授業でもポイントを探すだろうから、そうなるとわかりやすい授業受けるより、その生徒は賢くなれるのでは?
だって、教えてもらったことではなく、自分で創意工夫して身につけた学習ですからね。
だから本当の意味で良い教師って、わかりやすい部分を、その時々、生徒に合わせて教えながら、ステップアップした生徒には逆に「わかりにくい」授業によって、生徒の「自分で考える力」「自分で切り開く力」を誘導することが重要です。
仕事だってそうではないでしょうか?
例えば、世の中いろんな仕事がありますが、僕の体験と経験則で「飲食店」の仕事を例に取り上げましょう。
飲食店には「外」と「内」があります。
外はつまり、接客、案内、注文受付、配膳、会計など。
内は、厨房、キッチン業務です。調理全般、食器洗いなど。
例えば「配膳」は、A地点からB地点に運ぶだけです。キッチンから出されたものを、客席へ運ぶ。
これ、とても簡単です。ただの運搬です。
新人さんが入ってきて、この仕事を教えるとします。
「厨房から料理が出されます。それを客席番号を見て運び、「お待たせしました〇〇です」とテーブルに置く」
この説明はわかりやすい方がいいです。簡単な仕事を教えるには、いかにわかりやすいかは重要です。そしていかんせん初心者ですからね。
しかし、配膳の仕事って、「ただ運ぶ」だけでも確かに業務としては完結してますけど、そこにより「高度」な仕事を交えることも可能です。
運ぶ時の運び方(盛り付けを崩さないようにする)、運ぶ手順や早さ(料理が冷めたり、美味しさのピークが逃げる前に運ぶ)。複数のテーブルへの複数への配膳の場合、優先順位とホール内での動線を考えて動かないとなりません。
そして接客態度やサービスですね。
例えば棒読みで料理名を告げられて出されるのと、丁寧に言われるのでは違いますよね?
表情も関係あって、仏頂面で出されるのと、笑顔では、それだけで接客のレベルは違います。外国行くとわかりますね。往々にしてスーパーとか、みんな仏頂面で業務をこなしています。
他にも、例えば客席のテーブルの状態を見て、ものを避けないと料理を置けない場合は、お客さまが不快にならないように、よけたりまとめたりして料理を並べます。その時に、お客さまが何か会話をしてきたら、そこにコミュニケーションスキルが問われます。
ファストフード店ならまだしも、お酒とか出すこじんまりした店なら、さらにそういうコミュニケーションの能力が必要になります。
そしてそれができる人は「仕事ができる人」だし、そういうことに気が利かない人は「仕事ができない人」という評価になるでしょう。
でも、入ったばかりの新人に上記のことを事細かに説明したらどうでしょう?
多分、わかりにくいし、そんな説明されても困るし、そもそもコミュニケーションスキルって、言葉で教えれません。
それらを「接客マニュアル」として確立させてる大手のチェーンもありますが、はっきり言ってマニュアル棒読みされたんじゃ、お客は興醒めです。
マニュアル順守でもいいんですが、やはり「言い方」「表情」などの演技力とか、心の込め方、気の使いようが大事ですよね?
それって新人さんは先輩たちの振る舞いを見ながら「自分で考え、工夫する」世界です。
だから「職人」の世界って、昔から「見て覚えろ!」の世界なんです。
ホリエモンが、
「寿司職人の修行は無駄」
とか
「料理なんて誰でもクックパッド見りゃ美味いもん作れる」
と言って、多くの若者の支持を受けていますが、確かに間違いではないです。
ただ、それは飲食店ならA地点からB地点まで運んで「仕事しました」と言ってるのと変わりないです。
そんな考え方をした人たちが増えるほど、世の中の「仕事」の精度やレベルは、低くなる一方で、結局「AI(人工知能)ロボットのほうがいいよね」となってしまうでしょうね。
で、「わかりやすさ」話を戻しつつ、個人的な話をすると、僕はもっぱら自分の活動では、
・生き方、考え方、思想。
・体の奥深い使い方と叡智(こういうの)
・目に見えないエネルギーの感受(これとか)
・真我との出会い、霊性の拡大(こういうやつ)
などをお伝えしているわけですが、これ、わかりやすい説明なんてないんですよ。
そもそも、禅で言うなら「不立文字」の世界です。
【不立文字】
悟りは文字や言葉によることなく、修行を積んで、心から心へ伝えるものだということ。言葉で表せるものではないから、言葉や文字にとらわれてはいけないということ。
A地点からB地点に運ぶ、みたいな単純なものではないのです。
「スピリチュアル」はもちろん、「自己啓発」「心理」って、高度になるほどそうなります。
でも、もちろんそれじゃ初心者はわからないから、
「AからBに行けば幸せになるんだよ〜」
と、幼稚園児に教えるような内容のものが多くなります。
でも、問題はそこから「先」へなかなか進まないことです。
いつまでも「わかりやすさ」を追い求めていて、次から次へと、わかりやすいスピーカーをぐるぐると回ってる印象がある。
一見レベルアップしたようで、全部「思考」による説明で、その説明テキストが複雑になっただけです。
現代人の1番の問題は、「思考」に偏りすぎたあまり、思考で納得し、思考で組み立て、思考で表現することが「理解した」とか「できた」という感覚に陥ってしまっていることだと、僕は思います。
精神世界や霊性を学ぶとして、
— 大島 ケンスケ (@mirokukensuke) July 18, 2024
「わかりやすいです!」
「納得できました!」
「腑に落ちました!」
誰かの言葉でそう思ってるんだったら、その99%は、はっきりいってただの「わかったつもり」です。頭でやるもんじゃないんだけど、ここに気づく人が本当に少ない…
この「〜つもり」で、その人は成長ストップ、ならまだいいんだけど、霊性は維持はないので、拡大ではなく、収縮。周波数は上がる、じゃなくて下がるです。
ここ、分かれ道になります。
思考だけで、頭の情報だけで、入力、判断、選択をしようとしている人と、全身全霊を使える人。
「わかりやすいです〜」で喜んでる人たちって、そろそろ次のステージへ行かないと、成長はしないです。
文明が滅ぶときは、いつも似たようなことが起きます。
マヤや、インディアン、古代インドなど、さまざまな伝承で、地球では何度も文明が起こり、滅んでいるとされています。
世界中に残る洪水伝説がいい例です。
文明が高まり、人々は大地の恩恵を忘れ、天へ敬うことを忘れ、祖霊を忘れ、動植物や環境を壊し、己の欲を満たすことに忙しくなる。
毎回そうだ。毎度毎度です。地球人は、進歩ねぇなぁって、宇宙人が(いるとして)笑っているでしょうし、もし管理人だったら、「やっぱこいつらできそこないだからもういらなくね?」ってなるかもしれませんよ?
この話はもちろんフィクションです。フィクションだけど、今まで起きたこと、そして今起きていることです。
今の時代だからこそ、本気で「自分」を生きること。「わかりやすい」に喜んでるばやいじゃないぜよ!
☆ イベント・ワークショップ
眠いっていた感性を復活させよ。
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