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自己肯定感を超えて
9月19日(日)歩く瞑想 鞍馬山 13時〜
9月26日(日)東京上野 0になる瞑想会 10時半〜
9月1日より募集します。
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“わたし”というキャラクター
突然ですが“わたし”とは何でしょう?
自分にとって誰のことでしょう?
このnoteでも書きましたが、今日も「わたし」について、少し考えていきましょう。
「わたし」を知る、考えるって、それは『すべて』を知ることへの道であり、『宇宙・愛・神』など、それらの大きな世界を知ることへ繋がるのです。
さて、まずは「わたし」は肉体ですか?
多くの人が、違うと、漠然と感じるでしょう。肉体は「あくまでも私の一部分である」という認識だと思います。
では「私」は、心ですか?
そもそも、心ってなんですか?
思考ですか?それは脳ですか?
脳なら肉体ですね?
思考ってなんでしょう?
あ、僕の文章には基本的に「答え」などありません。そもそも人生は算数のように決まった答えがあるわけではないのです。
人生は「数学」よりも「文学」的要素が多いです。
— Kensuke(ケンスケ)龍の唄の覚醒アーティスト (@mirokukensuke) August 29, 2021
なぜなら人生は文学のように、理屈に合わないことが多く、公式がなく、必ず誰がやっても同じ回答にならず、その回答は普遍ではありません。
だから人は物語の中で、共に一緒に悩み、学び、共感し、癒され、成長するのです。
すべては物語です。つまり「文学」です。ハッピーエンドかどうかが大事なのでなく、
「何が胸に響き、何があなたの奥底に達して、そして何が残ったのか?」
が大事になってくるです。それが、我々がこの世界に生きる意味とも言えるでしょう。
だからこうしてあなたに問いかけているのです。なので一つずつ、考えてみてください。
さて、“わたし”とは?
ではあなたは「意識」そのものですか?
しかし、意識は毎日ぶった斬られます。誰もが睡眠という形で、遮断されます。そして不思議なことに、ある時勝手に現れます。それを「目が覚める」「起床する」、と人は言います。
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