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ラーメン・オペラ
世の中には、実に色んな人がいて、色んな職種があり、色んな仕事がある。
そこは一見普通のラーメン屋だった。元々、その場所は居酒屋か何かだったが、ある時居酒屋は潰れて、しばらくしてから、そのラーメン屋がオープンした。
駅前から、線路沿いの道を2分ほど歩いた裏通りで、俺はバイト帰りの深夜、いつもその店の前を通り過ぎていた。
当時の俺は貧乏ミュージシャンのフリーターで、飲食店で働いていた。帰りはいつも終電。その近辺に、深夜1時にやっているラーメン屋は珍しい。
俺はある時ふと、その店に入ってみた。
(一度くらい、どんな店か覗いてみるのもいいだろう)と、ただの好奇心だだった。
ドアの前に立つと、音楽が聞こえた。かなりのボリュームだ。いつも、音が漏れている事には気づいていたが、足早に通り過ぎるので、どんな音楽とかまではわからなかったが、なんと、その音楽はクラシック音楽のようだ…。
のれんをくぐり、ドアを開けると、店内は大音量でオペラが流れていた。
(ラーメン屋に、オペラ…?)
のっけから、俺は面食らった。ラーメン屋だけに…。いや、今はそんな落語のような冗談は必要ない。とにかく驚いたのだ。「度肝を抜かれる」ということわざがあるが、まさしくそれだ。
店内には誰も客はいない。長いカウンターのテーブルは、普通のラーメン屋そのもの。
ここで、二つの選択肢がある。
1 中に入り、席につく。
2 怪しい店だから、そっとドアを閉じて帰る。
俺は迷わず「1」だ。なぜなら、そんなおかしな店に、好奇心が沸かないはずがない。
中に入る。相変わらずオペラが大音量で流れているが、厨房の奥で、誰かが大きな声で歌っている声がする。店の人だろうか?
とにかく、変わった店だと思いながら、俺はカウンターのど真ん中あたりに座り、B4サイズにラミネート加工されたメニューを眺めた。
メニューは、印刷された文字と、手書きの文字が混じっている、実に不思議なメニューだった。
内容は、至って凡庸だ。オーソドックスなラーメン屋の、ラーメン専門店のメニューだ。醤油ラーメン、塩ラーメン、味噌ラーメン、チャーシューメン…。餃子、ライス、チャーハン…。
ちなみにその間もずっと、オペラは大音量で流れていて、奥の方から男性が歌う声が聞こえる。お世辞にも上手いとは言えないが、まるで「オス!オラ、オペラが大好きだ!」という空気がダダ漏れで、無邪気なまでの感情が溢れた歌声だった。そのせいか、その歌声は不快ではなかった。
しかし、客である俺が座ったにもかかわらず、誰も接客対応はない。そこに関しても、俺は不快ではない。なぜなら、その10倍くらい「困惑」という気持ちが勝っていた。
この店はおそらく、中で歌っている男一人なのだろう。それにしても、あんなに曲に没頭していては、気づくはずもないし、そもそも、この音量では、ドアが開いた音が聞こえまい。
俺はシンプルに醤油ラーメンを注文することに決めてから、座って待っていてもいつまでも気づかれないと判断し、椅子から立ち上がり、カウンターの奥の厨房スペースを覗き込む。
なんと、キッチンでは、中年の男性が、中華おたま(というのかな?中華料理のシェフが持っている金属製のおたま)を指揮棒のように振りながら、目を閉じてオペラを歌っているのだ。
おたまだけに、おったまげた…、いや、失敬。忘れてくれ。
「すいませ〜ん」
と、俺はそれなりの声で呼んだのだが、ちょうどそのタイミングで、オペラの楽曲はバリトンボイスの男性歌手がヒートアップし、それに合わせて店の店主もヒートアップだ。指揮棒を振り回しているような素振りをしているが、歌いながらなので、指揮者なのか歌手なのか、とにかく恍惚なまで表情を浮かべ、大声で歌っている。
(おいおいおい、マジかコイツ!)
信じられるだろうか?ラーメン屋だ。その男性も、いかにもラーメン屋の主人というような、白い調理服を来た、その辺に居そうな中年男性。店内の内装も、どこを切り取っても「ラーメン屋でしょ?」という内装なのだ。
「すいませーん!!」
今度はかなり大きな声で呼んだが、それでもダメで、キッチンの真ん前まで行き、「すいませーん!」と呼ぶと、ようやく気づいた。
「おお、いらっしゃい!」
と、明らかに日本人ではないイントネーションで、大きな声で店主は答えた。そして、どこかに手を伸ばすと、音楽のボリュームが小さくなった。あくまでも、少しだけだ。まだ、一般常識を遥かに許容オーバーした音量のオペラが流れている。
「どうぞ、座って座って!」
と、店主はカウンターに出て来てそう言う。
「いや、さっきから来てるんですよ。ずっと呼んでも来ないから…」
「メニュー、決まったか?」
俺の話をまったく無視して、水を出して来た。
ちなみに、思い切り客にタメ口だった。まあ、発音的には、料理の鉄人に出ていた“陳建一”のようなイントネーションで、とても明るいキャラを想像してほしい。見た目も、けっこう似ている。愛嬌があるせいか、不思議と腹は立たなかった。少なくとも、俺は。他の人はどう思うかは知らん。
「えーっと、醤油ラーメン」
オペラが大音量で流れているので、それなりの大きな声で注文する。
「アイヨー、醤油ラーメンイッチョー」
と、店には自分一人しかいないのに、大きな声でオーダーを通すように言った。そして手に持っていた“おたま”を、再び指揮棒のように振りかざし、ラーメンの準備に取り掛かった。
それにしても、こんなにテンションの高い人にお目にかかったのは久しぶりだった。こちらは仕事のあとで疲れていたので、そのテンションにまったくついていけなかったが、観察している分には非常に興味深かった。
時々オペラをくちづさみながら(けっこう大きな声で)、カウンターの中でラーメンを作り始めた店主。俺は改めて、店の様子を落ち着いて見渡す。
壁に、手書きのメニューが貼られていて、俺は言葉を失った。
「コーラ」「オレンジジュス」「ウロンチャ」
(う、…うろんちゃ?)
お酒コーナーを見ると、
「生ビール」はいいのだが、「ビンビル」「レモンサワ」「ウロンハイ」
(え?え?え?)
メニューの伸ばす音「ー」が抜けていると気づくまで、数十秒フリーズした。本当は、『ビンビ“ー”ル』であり、『レモンサワ“ー”』『ウ“ー”ロンハイ』
ふと気になって、手元のメニューを眺める。先ほど気づかなかったが、ラーメンメニューの一番隅に、手書きで「コンバタラメン」とあった。
(な、な…、ら、ラーメンすら書けていないじゃん…!)
さらにメニューを裏返すとドリンク・メニューなどが手書きで書かれていて、やはり、ウロンハイとか、レモンサワとなっている。印字された箇所は、ちゃんと「生ビール」となっている。
(い、いったい、この店は…!)
この店主は中国人、なのか?文字が苦手なのだろうけど、こんなのありか?いいのか?いや、実は、ウロンチャは、ウーロンとは違うものなのか…?
「ハイ!おまちどサマ!」
と、そこでラーメンが出てきたので、俺は頭の中に色んな疑問符を残しつつ、ラーメンを食べる。
ラーメンは、うん、普通に美味い。オーソドックスな醤油ラーメンよりも、野菜の出汁のような、そんな味を感じる。
「ハイ、これ食べて!」
ラーメンをすすっていると、突然店主が、小鉢を出してきた。中は「キムチ」だった。
俺は現在、辛いものが大好きだ。しかも、それなりに強い方だと思う。しかし、俺は当時、辛いものが食べれなかったのだ。25、6歳の頃に、突然平気になったが、それまでは実はカレーも甘口しか食べれないほど、辛いものが苦手で、キムチもハッキリ言って好きじゃなかった。
俺は丁寧に言った。
「あー、すいません、実は僕、辛いもの苦手で食べれないんですよ〜。残すの申し訳ないんで、キムチはけっこうです」
すると、その店主は「くわっ」と目を見開き、
「それはダメよ!」
と、さっきまでの温厚な雰囲気から一変し、大きな声で叱りつけるように言った。
「カラいもの食べるとね、汗たくさん出るし、たくさんオシッコ出るね!キムチはとても体にいいよ!たくさん食べて、しっかりオシッコ出してよ!」
知らない外国人から(中国人と思っていたけど、あのキムチ愛、韓国人だったのかもしれない)怒り顕に、訳わからない理屈を押し通され、小鉢は再び俺の目の前に置かれた。
俺は唖然としつつも、なぜか反論できず、
「あ、ありがとうございます…」と、辛いキムチをつまみ、ラーメンのスープで流し込むように食べた。
「どうだ?美味しいだろ!」
と、俺がキムチを食ってるのを見ながら、満足げに、満面の笑顔を向けて尋ねてくるので、俺は「はい…」としか言えない。
「これでオニーさんもオシッコたくさんでるよ!ゲンキゲンキ!元気が一番」
人が食事中にオシッコと連呼することは、飲食店店員としてはかなりタブーだと思うが、もう十分に度肝を抜かれているので、オシッコごときでは驚かなかった。
店主は、オペラを歌いながら、再び奥へ行ったり、そろそろ店じまいなのだろうか?あれこれと洗い物を始めた。
かくして、俺は誰もいないカウンターに一人座り、辛いキムチと、そこそこ美味い醤油ラーメンを、未だ大きな音量でかかるオペラミュージックをバックに食べたのであった。バリトンボイスや、甲高いソプラノの響きは、このシチュエーションに最強にマッチしていないことは間違いなかった。
会計をすると、ラーメンの代金だけだったので、キムチはサービスだった(これで金取られたらたまったもんじゃない)。よっぽど、キムチ信仰のある主人なのだろう。
店を出てからも、しばらくキツネとかタヌキに化かされたんではなかろうかと、本気で思うほど、どこか別次元にでもいたような感覚だった。ラーメン屋でオペラ?
さて、先ほども書いたが、そのラーメン屋は通勤時にいつも通りかかる。深夜に営業しているお店は、俺の家の西口出口の方はほとんどなかったので、唯一、深夜営業のお店だった。東口は、繁華街で、松屋とか、そういう類の店もあったが、そちらを経由するとかなり遠回りになる。
で、あなたがもし、深夜に帰宅して、とても腹が減っていたとして、今の話を聞いた上で、再びそのラーメン屋に行きたいと思うだろうか?
大音量のオペラと、“おたま”を振り回し歌う“陳建一”風のおじさん(明らかに料理の腕前は「鉄人」ではない!)、謎のメニュー表と、苦手なキムチを食べれないと言うと、逆ギレされて怒られるという…。
しかし、俺はまたそこへ行ったのだ。
なんでって?単純だ。「面白かったから」だ。
やはり、深夜1時。客は俺一人。大音量のオペラと、歌う親父。まったく、同じような夜が繰り返された。ただ、今度は違う味のラーメンを食べたのと、サービスのキムチを出されても、俺はそれに対して何も言わず黙って食べたことは違った。
店主は「キムチ食べるとたくさんオシッコ出て、ゲンキゲンキね〜!」と、小鉢を出すときに明るく言った。
ちなみにキムチは、カプサイシンで発汗作用はあるのは知っていたが、そんなに利尿作用が強いのだろうか?当時も気になって調べたが、よくわからなかった。
食事を終えて店を出ると、やはりまるで『精神と時の部屋』にでもいて、現実に戻って来たような感覚に陥る。それほどの異空間で、亜空間…。
(ちなみに、「精神と時の部屋」に、筆者はまだ入った事がない…)
地元なので、当然昼間にもその店の前を通ったことがあるが、客が出入りしているのを見たことはない。もちろん、見張っていたわけではないので実際のところはわからないが、ランチ時も、大音量でオペラがかかっているのだろうか?他の客はいったいどう思うのだろうか?
その後も、俺はもう一回、深夜に行った。まったく、同じ事が繰り返された。どうやら、陳建一風の店主は、俺のことをまったく覚えていないようだった。毎回、キムチを出す時「オシッコ出てゲンキなるよ!」と言った。
俺は計3回、その怪しいオペラキムチラーメン店(?)へ行ったことになる。その間、メニューが書き直されることはなく、相変わらず、大音量のオペラ。
しかし、そこからしばらく足が遠のき(毎日のように店の前は通るが)、しばらくしたら、その店は静かに閉店した。
ある日、ひっそりとのれんがなくなり、数日後看板がなくなり、さらに数日後、外装が工事されて、「空き店舗」と、張り紙が貼られた。多分、そのラーメン屋が営業していた期間は、1年もなかったような気がする。
空き店舗の張り紙を眺めるたび、
(本当に、あの店はあったのだろうか?)
と、やはりあれから15、6年経過した今でも、夢か幻だったのでは?なんて思うのだ。
俺もちょうどその直後くらいに、その街から引っ越して、隣の街で同棲を始めたので(その頃の話はこちらに→蝉の声と、初めての同棲と線路の音。)、その後、あの建物がどうなったのかは知らない。
あの、“陳建一”風の、底抜けに明るい中国人か韓国人の店主。彼が店をたたむ時、どんな顔をしたのだろうと、すごく気になった。彼も、落ち込んだり、何かにイライラしたりするのだろうか?
わからないけど、なんだか彼が不憫に思えた。あのメニューにしろ、客への対応、言葉遣い、まともに考えたら「アウト」だ。俺も、飲食店で勤務していたので、余計にわかる。
しかし、彼は何の悪気もないし、客のためを思ってのキムチだったのだし(客がたとえ苦手だとしても!)、ド天然なまでの経営だったのだ。誰か、アドバイスしてくれる人もいなかったのか…。
店がなくなった時、そんなことを考えて、やけに悲しい気持ちになった。そして彼がどこかで、楽しく過ごしていることを祈った。ふざけて書いているのではない。本気で思ったし、今でも思う。お店も、彼の言動も常識から考えるとハチャメチャだが、俺は憎めないどころか、妙に気に入っていたのだ。
彼は元気にしているだろうか?いや、多分、彼はどんなところにいても、楽しく、幸せに過ごしていると、そう俺は思う。願わくば、どこかで元気で、オペララーメン店を開業し、当時の俺のような不健康そうな若者に、キムチを振る舞っていて欲しい。
終わり。
著書
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