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ベンチから眺める人生の景色 映画「アット・ザ・ベンチ」
映画「アット・ザ・ベンチ」
2024年製作/日本
配給:SPOON
公開日:2024年11月15日
上映時間:86分
<スタッフ>
監督:奥山由之
脚本:生方美久 蓮見翔 根本宗子 奥山由之
企画:奥山由之
製作:奥山由之
プロデューサー:佐野大
撮影:今村圭佑
録音:佐藤雅之
美術:野田花子
衣装:伊賀大介
ヘアメイク:小西神士 くどうあき
編集:平井健一 奥山由之
音楽:安部勇磨
助監督:鈴木雄太
カラリスト:小林千乃
オンライン編集:土屋瀬莉
グラフィックデザイン:矢後直規
制作担当:神谷諒
<キャスト>
(第1編・第5編)広瀬すず、仲野太賀
(第2編)岸井ゆきの、岡山天音、荒川良々
(第3編)今田美桜、
(第4編)草彅剛、吉岡里帆、神木隆之介
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写真でなく記憶に残る決定的瞬間
かつてベンチの写真ばかり撮っていた時期があった。
カメラに凝っていたという訳ではないが、その頃はやたらと写真を撮ることに熱心だった。
しかも、デジタルではなくフィルムカメラ、もっと言えば「写ルンです」であえて撮影していた。
海外に出かける際、何個も「写ルンです」をスーツケースに収めて、帰国するとすぐに現像に出した。
出来上がったほとんどの写真は、ピントが合っていなかったり、被写体から外れていたりして使い物にならなかったが、それでも、どこかスクラッチくじを削るときのような、ランダム販売の商品を開封する時のような高揚感が楽しかった。
デジタルと異なり「写ルンです」は適当に連写するということは、物理的にも(1枚撮るごとにフィルムを巻く作業が必要)費用的にも(フィルム代+現像代はバカにならない)難しい。
だからこそ、ずっとレンズを覗きながら決定的な1枚と思える瞬間にだけシャッターを押した。
だから、その1枚がピンボケだったりすると、その「決定的だ!」と感じた場面は1枚も写真が手元に残らないことになる。
けれど、デジタルカメラの何倍も真剣にファインダーを覗きながら見つめた光景は、むしろ記憶に残っていることも少なくない。
その自分の頭の中に保存されている「記憶の中の1枚」は、きっと現実の光景とは全然違うものだろう。
でも、だからこそ永遠に忘れることのない美しい「決定的な光景」として、その時の自分の心境と合わせて色褪せることなく残り続けている。
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忘れられない景色には、いつもベンチが向き合っていた
その時期に一番熱心に撮影した被写体は「ベンチ」だった。
なんの変哲もないベンチ。誰も座っていないベンチ。
けれど、そのベンチで過ごした人々のシルエットが、その人たちの人生の一場面が、確かにフィルムカメラには写っていた。
セーヌ川を一望できる川沿いのベンチ。
人類の歴史の偉大さと対峙するフォロ・ロマーノのベンチ。
目に入る全てがエーゲ海の深青で満たされるカプリ島の高台にあるベンチ。
「彼ら」はそこで地元の人の日常を、旅人の一瞬を共有しながら、永遠の時を過ごしている。
目の前の光景の「大きさ」に圧倒されながら、ベンチに座る者は誰もが自身の人生と向き合うことになる。
そこにだけ流れている雄大で静かな時間に身を任せながら。
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ベンチをめぐる物語 「アット・ザ・ベンチ」
映画「アット・ザ・ベンチ」はベンチの物語であり、ベンチに座る人たちの物語だ。
大きな事件は何も起こらない。
死の宣告やわかりやすい愛の告白も見ることはない。
生き死にに関わる出来事とは無関係の、普通の人たちの日常の一場面が切り取られているだけだ。
複雑なストーリーに引き込まれることもなく、全ての謎が最後に解き明かされることもない。
だからこそ、観る者もベンチに座って、目の前の夕陽を眺めながら、自分の人生と静かに向かうことを誘発される。
映画館の中に、小さな2人掛けのベンチがたくさん並んでいる。
そこに座る人たちはきっと、スクリーンを眺めながら、一人で自分の人生を振り返ったり、二人で過ごすこれからの人生を思い描いたりしているだろう。
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映画を見る前と見た後で、別の自分に出会えるということ
ベンチに座っている人たちを少し離れて眺めていると、不思議とその人たちの関係や感情を想像してしまう。
平日の昼間に日比谷公園のベンチに座る人たち、それぞれの人生があり、それぞれの想いがあり、悩みがあり、夢がある。
それらが、ベンチに座っている姿からテレパシーのように伝わってくる。
それは正確無比な透視などではなく、きっとそのベンチに座る人たちの姿を通して見た「自分の人生」の投影なのだろう。
映画の中に登場するカップルや姉妹がベンチでやりとりするコミュニケーションは、特別ではなく、誰にも起こりうる日常の範疇だ。
それでも、映画を見終わった時、観る前の自分とは別の感情が心を満たしている。
映画を観た人は、広瀬すずさんや仲野太賀さん、岸井ゆきのさんや岡山天音さん、今田美桜さんと森七菜さん姉妹の姿や仕草を見つめながら、同時に頭の中で「自分の人生」を投影するだろう。
ある人は、愛する人のことをもっと好きになり、ある人は自分のことをもう少し認めてあげようと思っただろう。
映画館に入る前と出る時で、自分でも気づかなかった別の自分と出会えること。忘れていた自分の心の奥底の気持ちに不意に触れること。
これこそ、アートの力だ。
映画館を出た時、また旅行に出て旅先のベンチを撮影したいと思った。
その時は、スーツケースに何個もの「写ルンです」を忍ばせることを忘れずに。
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