61arts|青森 現代アートに出会う旅 4 青森県立美術館
青森県を代表する観光名所のひとつ、青森県立美術館。
美術館のシンボル《あおもり犬》は、観光パンフレットの表紙に採用されることも多く、「この犬をみるために青森に行こう!」と思わせる魅力があります。
その徒歩圏内には、世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一要素で、日本最大級の縄文集落跡・三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)があります。
青森県立美術館
「強烈な個性によって創造の最前線を切り拓いてきた青森県のアーティストたち」とウェブサイトにある通り、青森県立美術館が所蔵するコレクションはインパクト満点!
弘前市出身の奈良美智(よしとも)、青森市出身の世界的版画家・棟方志功(むなかたしこう)、横尾忠則らとともに「演劇実験室◎天井棧敷」を設立した弘前市出身の寺山修司。初期ウルトラシリーズのヒーローや怪獣たちをデザインした成田亨(とおる)も青森県ゆかりのアーティストです。
また、マルク・シャガールが手がけたバレエ「アレコ」の舞台背景画(全4幕の内、3点)には、専用の展示室が設けられています。
建築
三内丸山縄文遺跡の発掘現場から着想を得た美術館は、さまざまなボリュームの展示室がパズルのように組み合わされ、上がったり下がったり、細い道を通って裏側へ回ったりと、複雑な動線となっています。
地図や案内板を見つつ、わからなくなったらミナ ペルホネンの制服を着たスタッフさんに教えてもらいましょう。(とても親切でした!)
コレクション展は地下1〜2階、エントランスやミュージアム・ショップ、カフェ、シアターなどの施設は1階に集まっています。
暗くなると、「青森」の名の通り、美術館の外壁に取り付けられた「木」と「a」をモチーフにしたのネオンサインが青く光るのも見どころです。
AOMORI GOKAN アートフェス 2024 メイン企画
かさなりとまじわり
アートフェスのメイン企画では、美術館にある各空間を「かさなり」あわせ、空間・アート・鑑賞者という関係性のなかに、自然と人間、生と死、時間の「まじわり」をテーマに展開しています。
美術館の外にあるアートフェスの看板(壁)は、この美術館の設計者でもある青木淳さんの作品です。リンゴ箱を積み上げてつくられた壁面の凹凸は、美術館内部の凹凸にもつながり、風が草木を揺らす様子、人々の賑わいやざわめきを連想させます。
美術館に入ってすぐのところにいるのが、この人。ギリシア神話に登場する百の眼を持った巨人・アルゴスを下敷きにした彫刻作品です。
あらゆるところの眼がまばたきします。
異なるサイズの身体や頭部・眼がずれながら重なった様は、デジタル合成した画像にもみえますね。いくつもの眼で周囲を見つつも、頭部にある眼はスマホを見て、手にはトイレット・ペーパーを持っています。
スタッフさんの解説によると、SNSで石油高騰のニュースを見つけ、トイレット・ペーパーを買い占めているのだそう。そんなこともありましたね。
地に足がついている人体がふたつ目で、その上に重なる大きい頭部の人体がひとつ目なのも、どこか暗示的です。
そのほか、コミュニティギャラリーやコミュニティホールにも、作品が展示されています。
AOMORI GOKAN アートフェス 2024 後期コレクション展
常設展にあたるコレクション展は、今回はAOMORI GOKAN アートフェス 2024のメイン企画「かさなりとまじわり」の一環として開催されています。
アレコホール
アレコホール(縦横21m、高さ19m)の四面には、バレエ「アレコ」の背景画(約9×15m)が掛けられています。
この作品は、ロシア(現ベラルーシ)のユダヤ人の家に生まれたマルク・シャガールが、ナチス・ドイツの迫害から亡命したアメリカで製作しました。
バレエ「アレコ」はロシアの文豪アレクサンドル・プーシキンの詩が原作です。
ロシアの貴族の青年・アレコが自由を求めてロマ民族の一団に加わります。そこで首長の娘ゼンフィラと恋に落ちるのですが、別の男性に心を移した彼女を、アレコはその愛人もろとも殺してしまいます。
祖国を舞台にした情熱的な悲劇を、シャガールは幻想的なモチーフと鮮やかながら澱みも感じられる色の層で表現しました。
第3幕の背景画はアメリカのフィラデルフィア美術館所蔵ですが、現在は同館から借用というかたちで、4点同時にみることができます。
(幕の順番がわかりにくい写真になってしまった)
11月には、このアレコホールでバレエ「アレコ」が上演されるそう!
《あおもり犬》
《あおもり犬》は室内からも鑑賞できますが、同じ空間から鑑賞するには、外に出て廊下を通って階段を上り下りして行きます。備え付けの傘があるので、雨の日も安心です。
高さ約8.5m、横幅約6.7m。三内丸山遺跡を意識して、下半身は地中に埋まっています。有事の時は目を見開いて、地中から這い上がって飛んでいきそうですね!
うつむき加減の《あおもり犬》は下半身が発掘されるまで休眠しているのか、眠っているようにも、寂しそうにもみえます。
それとも、近くに来てはしゃぐ人たちを微笑ましく見ているのでしょうか。
冬には雪の帽子をかぶるそう、その姿も見てみたいですね。
もうひとつ、巨大な彫刻作品《Miss Forest/森の子》がレンガ造の八角堂にあります。こちらは高さ約6m、溶けかけのソフトクリームのような頭をした少女の胸像です。(時間的に観に行けなかったので再訪したい)
少女たち
奈良さんは、大きな鋭い目にふっくらとした頬をした少女のモチーフを描き続けてきました。絵画・ドローイングのほか、彫刻作品、小屋の内外に絵や造形物を飾ったインスタレーションなども制作しています。
青森県立美術館では現在170点を超える作品が所蔵されています。(一般財団法人奈良美智財団によるデータベースによると201点で世界最多の所蔵数!)
繊細な色鉛筆の線で描かれた小さなドローイングも良いのですが、キャンバスや板絵の揺らぎのある太い線も良い。やわらかな色彩の重なりも、丁寧につくられている感じがします。
大小の作品をじっくり見比べられるのは、この落ち着いた空間だからこそ。
小屋という閉じられた空間を飾る、優しい色彩とシンプルな構図、少女や犬といった愛らしいモチーフは、ナイーブでデリケートな感性を想像させます。けれど、それだけではなく、少女の鋭い視線や太い線、書き込まれた言葉には、確固とした自己意識や世の中に対峙する強い眼差しも感じられます。
棟方志功展示室
2024年3月31日に閉館した棟方志功記念館。そのコレクションは順次、この青森県立美術館に移行され、顕彰活動を続けられます。
こうした地元の偉人の記念館は個別で存在してほしいと思う一方、資金繰りや運営管理が財団だけでは難しいのだろうと推測します。県美が引き継いでくれてよかったです。
2023年「生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ」(東京国立近代美術館)では、版木いっぱいに彫り込まれた線の力強さや女人のたおやかさに圧倒されました。ここでも《二菩薩釈迦十大弟子》(1939/1948年改刻〈1957年摺〉)をはじめとする版画作品や版木、愛用の品々をみることができます。
「わだばゴッホになる」とはじめは画家を志した棟方、大正時代末期に川上澄生の版画に感動して、棟方は版画家になる決意をします。
会場には、油彩画も数点ありました。版画とは異なるモチーフで、一見して棟方のものとは思われません。
奥まで植物が描き込まれ、手前の植物の大きさと比べると、奥行きの深い画面だとわかります。が、メイン・モチーフの少年を際立たせるために浮かび上がらせるために白く明るく描き、前景と後景を同じ暗さにしたため、その深い奥行きがうまく表現できてないようにも思われます。
「絵具を盛る」と「版木を彫る」では凹凸が逆になりますし、コントラストの強さによるモチーフの際立たせ方、棟方の身体感覚としては後者の方が合っていたのでしょうか。
写真資料も多くあります。近代の作家は写真や音声、映像資料が残されている場合があるので、研究の面でもありがたいですね。
奥様との仲睦まじさのわかる写真にほっこり。
AOMORI GOKAN アートフェス 2024 後期コレクション展 生誕100年・没後60年 小島一郎 リターンズ Kojima Ichiro Returns
青森市に生まれ、津軽・下北地方の自然や人々の営みを活写した写真家・小島一郎の回顧展も見応えがありました。(こちらは、ほぼ撮影NGでした)
ゼラチン・シルバー・プリント、つまり白黒写真で表現された雪国の暮らし。白い雪原に濃い影を落とすのは、樹木や家屋、人々。空が大きく切り取られた写真は繊細なグラデーションで、人物や建物などにフォーカスした写真は劇的なコントラストで映し出されています。
ねぶたに見られる力強い黒の輪郭線と発光する白、じわりと熱を帯びた色彩も、青森の冬の潔さと、雪解けを過ぎた春の暖かさ、夏の熱狂の表われではないか。
青森の気候風土が芸術的感性に影響を与えているのではないか、そう思わせる写真群でした。
AOMORI GOKAN アートフェス 2024 同時開催
鴻池朋子展:メディシン・インフラ
みんな大好き!(主観)鴻池朋子さんの企画展は、2024年9月29日まで開催中。
こちらはツアー料金に含まれていなかったので、全貌は観られませんでしたが、企画展示室からはみ出している展示は観ることができました。
《皮トンビ》が床置きで結界(作品と鑑賞者を仕切るバー・紐・テープなど、ここから先は入らないでねの印)もないんだけど、怖い(監視員目線)。
ホワイト・キューブに野生の気配が入り込んでいます。
アート作品の搬入・搬出には木箱などが用いられますが、おそらく今回の展覧会のために使用した梱包材も展示されていました。《皮トンビ》はくるくる丸めて通気性の良い段ボール箱に入れているようですね。
こういう裏側見せます系の展示、大好き。
展示室のスケールの大きさと動線、展示作品のまとまりの良さ(同じ作家の作品が多数展示されているので、ひとまとまりに感じてしまう)で体感しにくいのですが、1時間では済まない大ボリュームの美術館でした。