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33arts|ライアン・ガンダー われらの時代のサイン(東京オペラシティ アートギャラリー)

ユーモアあふれるコンセプチュアル・アートで国際的に注目を集めるイギリスのアーティスト、ライアン・ガンダーの展覧会に行ってきました!

本展は昨年4月に開催予定だったのですが、コロナ禍でイギリスがロックダウンに。その年はガンダーがキュレーションした「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」を開催。モノクロの作品を集めた「色を想像する」、懐中電灯で作品を照らして鑑賞する「ストーリーはいつも不完全……」は、大きな話題を呼びました。

ガンダーは、私たちの身近にあるもの—時間、お金・価値、教育、よく見ないと見えないもの—を、ユーモアを交え、意外性がありながら洗練された表現で作品に落とし込みます。そうした作品たちは、鑑賞者に改めて考えさせ、新しい見方を与えてくれます。

会場は異様な雰囲気に包まれる

会場には、ホワイト・キューブの空間にモノクロ、シルバーの作品が点在。鑑賞者は皆一様に目録を読み込んでいます。
みんな、作品みよう? と思いましたが、私もすぐに納得。

・会場にキャプションがない
・よく似たビジュアルの作品が複数ある
・作品が小さすぎて/何気なさすぎて、わからない!

特に、展示室の角に数センチの作品(作品?!)が置かれていることもあり、鑑賞漏れがないか目録と照らし合わせなければなりません。
一度展示室全体を回ってから、目録で作品名と解説をチェック、鑑賞漏れのチェックという具合に、会場をスルメのように味わっていきます。

時間と行為の痕跡

《脇役(タイーサ、ペリクリーズ:第5幕第3場)》
左:《脇役(バルタザール、ヴェニスの商人:第3幕第4場)》
右:《編集は高くつくので》

《脇役》はグラファイト(黒鉛)製の等身大の彫像で、リハーサルの舞台裏で出番を待つ脇役を表しています。周囲の壁は作品が触れたことで黒く汚れています。
舞台上の演技や舞踏ではなく、舞台からはけて一息つく動き。その何げない、別段取り上げられることのない時間と行為が、痕跡となって可視化されています。

《ウェイティング・スカルプチャー》

一直線に並ぶ黒い立方体は、《ウェイティング・スカルプチャー》と題されたシリーズ。それぞれの立方体には、ある特定の時間がプログレスバー(ローディングなどの進捗を棒の伸び具合で示すもの)で表示されています。

「あなたがウェブページの読み込みに飽きるまでの時間」「桜が開花する平均時間」「世界の人口が100人増加するのにかかる時間」など、多くの人が経験したことのあるものから想像もつかないものまで、さまざまな時間が提示されています。
実際にかかる時間と予想・実感する時間では、どのくらい開きがあるでしょうか。

普段気にしたことのない時間や行為について、気に留めるきっかけになる作品たちが、展示室にひっそりと佇んでいます。

機械仕掛けのプレゼンテーション

左:《あの最高傑作の女性版》
右:《最高傑作》

本展の最初の告知でメイン・ビジュアルに使われたのが、この《最高傑作》です。すごい作品名ですね、会心の出来だったのでしょうか。
鑑賞者に反応するセンサーによって、眼球・瞼・眉毛がプログラム化された動きをします。眉をぐっと上げて驚いたり、斜め上を見上げて思案したり、瞼を閉じて寝てしまったり。偶然の組み合わせにもかかわらず、ついつい感情を読み取ろうとしてしまいます。

《有効に使えた時間》

1回あたり29,999円に設定されている自販機。中には、ただの石、ダイヤモンドの嵌め込まれた石、鋳造された石、デジタル時計や現金を鋳造したものなどが入っています。
実際に買うことはできないのですが、これらには/これらを手に入れる時間には29,999円の価値があるのでしょうか。ダイヤモンド付きが出れば価値があると言えなくもないですが、どれが出てくるかはわかりません。運次第です。
私たちも、そんなギャンブルのような時間の使い方をしているかもしれません。

機械的に処理されているものに、感情や運命を見出してしまう。
人間って、不思議で面白いですね。

楽しい仕掛けを見逃すな!

《あなたをどこかに連れて行ってくれる機械》

会場に入ってすぐの壁に、謎の機械が埋め込まれています。マーク通りに手を振ると、数字の書かれた紙が出てきました。紙には一枚ずつ異なる数字、アルゴリズムによりランダムに選ばれた地球上のどこかの地点の緯度・経度が記されています。

私の数字は「47.385824, 2.993001」。後日調べてみると、フランス・ブルゴーニュ地方のサン=ペール、周囲にワイナリーが点在する畑の中でした。
偶然選ばれた数字ですが、なんだか物語がありそうな場所で嬉しいですね!

《野望をもってしても埋められない詩に足らないもの》
《持つことと在ることの板挟み》

廊下には、展示される国の通貨やクレジットカード、航空券、タイムカードなどのシルエットが散らばります。タイトルから察するに、「旅行に行きたい」「〇〇を手に入れたい」と夢を抱いても、それには金額の支払いや手続き、労働による対価といった現実的な手順も必要ということでしょうか。

コインロッカーにも一列だけ、鞄ではなく石が入っています。荷物を入れたいけれど、既にロッカーは無用の長物で埋まっている。しかし、作品なので取り出すわけにはいきません。もどかしいですね。

このように、会場の至る所に一期一会の作品やパフォーマンスが仕掛けられています。物だけでなく、人物にも注目です。

アートギャラリー名物、壁のブチ抜き

《2000年来のコラボレーション(予言者)》

名物と謳っているかはわかりませんが、アートギャラリーは展覧会ごとの会場づくりも面白い! 本展でも、壁を汚したり、機器を埋め込んだり、壁をブチ抜いたりしています。

最終的にメインビジュアルを飾った《2000年来のコラボレーション(予言者)》でも、ネズミが壁に穴を開けてしまいました。
アニマトロニクスのネズミは、作家の幼い娘の声を借りて、映画『独裁者』(1940)でチャップリンが行った演説を下敷きにした独白をしています。

壁面:《何でも最後のつもりでやりなさい》
映像作品:《イマジニアリング》

折り返しの通路も、特色ある展示エリアです。
今回は、イギリス政府が国民に想像力を働かせることを促す内容の広告写真風の作品が壁一面に貼り出され、さながらイギリスの都市を歩いているようです。

アートギャラリーは戦後〜現代の美術作品を収集し、若手作家を紹介する「project N」を企画展と同時に開催しています。そうしたミュージアムの方針もあって、意欲的な展示が実現できるのでしょう。

アートギャラリーの空間をどう活かすか。作品の選定だけでなく空間構成も視野に入れて構想を練るのは、作家にとってもチャレンジングではないでしょうか。

ふぅぅん, そういう風にできてるわけね?

コンセプチュアル・アートとは、アイディアやコンセプトといった概念的・観念的側面を重視する美術動向を言います。描写や造形の見事さ、テクノロジーの巧みさのような技術面がメインの評価軸ではない分、どうしても「わかりやすい作品」「わかりにくい作品」ができてしまい、説明ありきになってしまいます。

本展の目録には「作家が捨てたチューインガムをかたどった人工大理石」といった即物的なテキストのみで、作家のコンセプトが明示されていません。そのため、鑑賞者は作家の意図を読み取ろうと、作品をじっくり観察し、目録のテキストを読み、熟考します。
つまり鑑賞者に負担を強いるわけですが、ガンダーの明快でおかしみを感じさせる表現は、鑑賞者に「わからない」ことへの苛立ちや気負いを感じさせません。更に言えば(安易な考えとは思いますが)、コンセプトを明示しないことで鑑賞者に解釈の余白を与えていると捉えることもできるでしょう。

《調査#5:ふぅぅん, そういう風にできてるわけね?》

モチーフや主題、素材、構造を知って「ふぅぅん, そういう風にできてるわけね?」と言うこともできますが、作品をきっかけに考えを巡らせて、世界の仕組みや人間の思考に対して「ふぅぅん, そういう風にできてるわけね?」と言えるようになれたら、作品や世界の見え方も変わってくるのではないでしょうか。

展示室を出て、日常の何気ない風景や物事がアートにみえたら、極上の鑑賞体験ができた証拠です。
ライアン・ガンダー展でも、きっとそうした体験ができるはず。

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浅野靖菜|アートライター
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