【こはる日和にとける】#13 迷子のおでこ
ちいさな男の子だった。
週末、混雑したスーパーの野菜売り場。
「うわーん。うわーん。」
と全力で泣きながら歩いている。
マスクをものともしない声。
ぎゅっと作られたちいさな握りこぶしが、声以上に意志をもって「たすけて」と伝えているように見えた。
あらぁ。
まぁ。
と、大人たちはモーゼの海割りのように彼に道を開ける。
そしてその道はなんとわたしに辿り着いた。
泣いていた彼の目がそろそろと薄く開き、わたしをとらえる。
これは…ロックオンだ。
一週間分の山盛りのカートを横にやり、
「迷子になっちゃったの?」
と屈んで話しかけてみた。
すると、彼はぴたと泣き止みコクと頷いた。
かわいい。
かわいすぎる。
天使だ。
「おばちゃんと一緒にお店の人のところに行こうか?」
コク。
手を差し出すと素直につないでくれてホッとした。
*
10年程前。
わが家の子供たちもスーパーで迷子になったことがある。
ぐるぐるぐるぐる探し回っても姿が見えない。
恥を捨てて大声で名前も呼んでみたが出てこない。
一角にある花屋に聞き込みをした。
「兄妹そろって入ってきましたよ。お花の匂いをかぎにきたの~って」
ああ。
うちの子に間違いない。
スーパーの中にはいるはず、とアナウンスを頼むことにした。
するとすぐに二人揃ってどこからともなくぴょこんと現れ、「ママー」と駆け寄ってきた。
「名前、よばれちゃったー」とうれしそうにして。
あの時の底が抜けそうな恐怖は、その後の安堵感と共に今もひやりと生々しく覚えている。
*
さて、このつないだちいさな手。
久しぶりのその感触に感動すら覚える。
お店の人はどこかな~、と再び泣き出してしまわぬよう気まずい間をつなぐように口ずさむ。
青果担当のお兄さんを見つけ「迷子ちゃんです」と伝えると不慣れなバイト君だったようでもじもじと目が泳いでいる。
あちゃ。
人選ミスか。
すると、ちいさな手がさらにぎゅっとつながれた。
足元の彼は、汗で前髪がはりついたおでこを微動だにせず、ただ真っ直ぐに前を見据えている。
大丈夫よ、と伝えるためにつないだ手をゆっくりと上下に振った。
「どうされました?」
すぐにベテラン風の女性スタッフが駆け寄ってきて、状況を把握し、彼を引き取ると言う。
お願いします、とつないだ手をスタッフに差し出すが、ちいさな手が離れない。
そっと離そうと、もう片方の手を添える。
すると、はらと離れた手が思った以上にちいさくて、かわいくて。
ものの数分でまんまとわたしはこの子と離れがたくなり、寂しさで胸がしめつけられてしまったのだ。
「ママ、だめだよ!」
帰宅してこの話を娘にすると一喝されてしまった。「それじゃゆうかいはんになっちゃうよ」と。
誘拐なんてしないよ。
「でもその気持ちがすでに誘拐犯だよ」と。
だってすごくすごくかわいかったのよ。
ママを見て泣き止んで手をつないで、その手を離そうとしないで。
「いや、その子お母さんいるし」
そうね。
分かってるよ。
ただ久しぶりのちいさな手の感触がたまらなく愛おしく感じてしまったのは事実。
もちろん誘拐なんてしないけれど。
その後彼は女性スタッフとも素直に手をつなぎ、当然振り返ることもなく連れて行かれた。
ここで後ろ髪を引かれている、なんて素振りは見せてはいけない。
わたしも彼に倣い、素直に混雑したスーパーの客のひとりとなる。
山盛りのカートを押しながら、振り返りそうになる自分をなんとか制した。
無事お母さんと会えたかしら。
すぐにそれらしきアナウンスが流れたから、若いお母さんがあたふたと駆け寄りあのちいさな肩をぎゅうっと抱きしめたに違いない。
汗だくのおでこをやさしい手でぬぐってもらって、ようやく彼も安心できたことだろう。
そして10年後。
そのお母さんもきっと懐かしく振り返る。
スーパーでうちの子迷子になったのよねぇ。
今じゃこんなに大きくなって、生意気言って、声まで変わり始めちゃった。
あの頃はまだ泣き虫で、ちいさくって・・
あら?
そういえばあなた、あの時誰に助けてもらったの?
なんて。
それね、わたしです。
とってもかわいい、しっかりしたお子さんでしたよ。
こんにちは
haruです
ここまで読んで下さり
ありがとうございます
『迷子のおでこ』
いかがでしたでしょうか
その後スーパーなどで
子供の泣き声がすると
ハッとして
助けなきゃ!
と、キョロキョロするようになりました
ちいさな手
公然と握りたいなぁ(笑)
わたしは
アロマトリートメントのサロンを
自宅で営んでいるのですが
以前はお子様連れのお客様もいらして
ママのお手入れ中
おもちゃで遊んだり
お絵描きしたり
その子なりに時間をつぶして
待ってくれていました
だから
子供が飽きないうちに終われるよう
40分位の一番短いコースを
ママも選びます
でも
40分って
子供にしたら長いんですよね
そのうち
大抵のお子さんは
ママやわたしに話しかけてくるんです
なかでもよく言われたのが
「はるさん、いたくしないでね」
の言葉
お顔のトリートメント中
わたしの横にきて
「ままにいたくしないでね」
って
そのたび
「大丈夫よ」
と言いながら
鼻がつーんとして
泣きそうになるのを堪えました
子供が発する無垢でまっすぐな言葉
ポーンと投げかけられると
涙腺が一瞬で崩壊してしまうんですよねぇ
ここ最近は
お子様連れの方はお見えにならなくて…
来てくれてた子供達も
もう中学生とかになっちゃってね
実はちょっと寂しいのです
*
さて
前回の『月とサンダル』の記事
あやのんさんが
マガジン" なんかスキ "に
取り上げて下さいました
「なんかスキ」
って
言って頂くの
じわじわ嬉しいです
光栄すぎます
ほんとうにありがとうございました
*
それでは
また来週の日曜日に
よければ
またここで
haru