小説・成熟までの呟き 33歳・1

題名:「33歳・1」
 2023年5月、美穂は33歳になった。大尾島は前年に誕生したオリーブの煮ものがメディアにとりあげられたことで知名度が上がり、オリーブが生産されている珍しさなどで来島客が増えていた。そのような中、麦わら帽子を被った1人の女性が大尾島に降り立った。そして、バスでカフェに入った。そのカフェは、美穂と康太が所有している農園が営むカフェである。規模は小さいが、オリーブの煮もののみならず、スムージーやソフトクリームも出している。木造の洒落た建物で、オリーブの農園が多く集まる中でも目立つ建物なのかもしれない。そして、オリーブの煮ものを注文した。そのとき店の中にいた康太は驚いた。大学の同級生で、ゼミも同じの者にそっくりだったのだ。恐る恐る康太は尋ねてみた。「あの、もしかしたら明能大学の地域経済ゼミだった江田さんですか?間違っていたら、すみません・・。」「えっ、なんで知ってるんですか?あ、もしかしたら地域経済ゼミの綾田君?あっ、ここ綾田ファームっていうんだよね!」「やっぱり、江田さんだよね。でもどうして・・。」「私、今商社にいて食品部にいるんだ。それで国内の新たな農産物の魅力を発見しようと思って。今日は、気になっていたオリーブの煮ものが食べられて嬉しい。それに、大尾島がフォトジェニックなスポットって聞いて興味を持ったんだ。」という会話になった。この江田絵理という女性は、康太と同じ大学のゼミだった。いわゆる王道の綺麗さがあり、大学卒業後は大手商社に就職した。結婚した今でも総合職でバリバリ活躍しているようである。康太にとっては、ある意味憧れの的だった。そんな人物が今、目の前にいるのである。そのような中、美穂が入ってきた。絵理は、「あれ、この方は?」と尋ねた。すると康太は、「俺の妻。今一緒にファームとこのカフェを経営しているんだ。」と答えた。美穂に対しては大学のゼミの同級生であることを伝えた。絵理は、「えっ?凄いね!」って驚いた。すると康太は今までの思いを込めながら述べた。「俺、大学生だった頃は江田さんって凄いって思ってた。マドンナみたいな存在でいつも周りから慕われていて、堂々と大手商社に入社して・・。でも俺からすると、いつも地味で就職すらできなかった自分が惨めに思えてた。メガネをかけていて、面接官に印象に残るような人間ではなかったのかなあって思う。江田さんはずっとエリートで、私はどんどん落ちこぼれていくんだろうなあって・・。でもこの島で美穂と出会って、人生が変わったんだ。美穂は、正社員にすらなったことのなかった俺を受け入れてくれた。俺が苦しんで自暴自棄になりかかっていたときでも、励ましてくれた。美穂が、俺の人生を肯定してくれたんだ。今では、もし順調に就職していたらしなかったと思う自営ができているからとても嬉しい。まだ始まったばかりの方だけどね・・。」すると絵理は少し間を置いてから、「綾田さんにとって、美穂さんは運命の人だったんだね!私はずっと会社員をやっていて夫と首都圏の高層住宅に住んでいるから、自営とか自然に恵まれた生活をしていることには憧れる。なかなか覚悟ができないからね。」と言った。その後、康太はオリーブの煮ものを作った。絵理は食べてみると、「想像以上に美味しい。オリーブっていう自然の優しい恵みが全体を支えていて心地いい。肉と魚がこんなに相性がいいとも思わなかった!」と言った。その言葉を聞いて、美穂も康太は嬉しくなった。その後、絵理は農園を見学した。オリーブの木が多く並んだ状況は、新鮮だったようだ。そして、別れ際絵理は「今日はありがとう。地域経済ゼミ出身の私として、綾田さんを誇りに思います。」と言った。今後、いろいろな人々に大尾島のオリーブを紹介するという。その夜、美穂は康太に、「今日は嬉しかった。私が康太にとってそんな風に思っていたってことを知ったから。これからも一緒に頑張ろうね!」と言った。この日の出来事が、その後一層家族同士の関係を強めることになる。

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