小説・成熟までの呟き 40歳・1
題名:「40歳・1」
2030年1月、美穂達が農園を営み始めて10年以上になっていた。生産規模は大きくなっていった。そのような中、首都圏から大尾島に農業の研修生が派遣されて、状況によっては継続して勤務を行う仕組みができる。15日、美穂達が営む農園に2人の研修生が現れた。男性・女性1人ずつだった。どちらもうつむいていたが、美穂と康太よりも年下ということもあり、「一緒に頑張ろう!」と励ました。1月のオリーブ畑は新たな苗を受けるための準備期間となる。主に開拓作業を行った。外は寒いが、雑草や石を取り、肥料をまいていくと、体は熱くなっていった。2人ともがむしゃらだった。夜に、康太は男性の研修生と会話をした。男性の研修生は、自分のことに関して述べる機会がなかったようで、一気に多くのことを話した。その男性は毅といい、高校生の頃までは部活動に全力投球していたが、その時に不完全燃焼になってしまった。高校を卒業してから10年間、ずっと引きこもりだった。毅は、「部活動ばかりやっているときは、我慢すれば報われるってずっと言われていました。でも最後の最後につまづいたことで、それ以降は我慢が1番嫌な言葉になりました。外に出ること自体が苦痛になっていきました。気がつけば狭い部屋でゲームばかりやっていました。それしか興味を持てなくなったのです。親は自分がつまづいたことは「仕方がない」と言って、私がそんな態度をしていても文句は言わず、食事を運んできました。でもそんなことが積み重なっていったためか、1,2年前から「働け、働け」とやたらと言うようになりました。でも、何の仕事をしたらいいかわからない。というより、何だったらやる気になれるのかがわからなかったんです。親には「いつまで引きこもっているんだ。さっさと家を出てけ。」と言われるようになりました。その言葉に私はムキになってしまい、だったら遠くへ行ってやるよと言った後でこの制度を知ったんです。そして飛び出してきました。」と言った。毅の屋内着は高校生の時に来ていたジャージで、毅の時間はその時から止まっているようである。康太はその話を聞いて、心に染みた。自分は今は順調だったが、かつては人生がうまくいかなかった時期があったためだ。静かに見守ることが大事だと思い、あまり多く話さずにしっかりと毅の話を受け止めようとした。何日か経つと毅は、「この作業、楽しいです。自分がやったことで少しでも土が良くなっている気がするんです。」と言った。どうやら仕事をするうえでの喜びを見つけたようだ。康太はそのような毅を見て、剪定をしてもらうことにした。成育を順調にしていくための作業で、毅は慎重に鋏を使って作業を行っていった。適切な形になり、康太は「おお、凄いね!」と褒めた。毅は嬉しそうな表情を見せた。3月には、開拓した土地に苗を植えることになった。苗は重く、毅ともう1人の研修生であるひとみの2人で苗を運んだ。苗を植え終わった後、康太は「この苗は今後、大きな木になって成長していく。楽しみだなあ。」と言った。3月下旬に、研修の期間は終わった。美穂と康太は2人とも継続して勤務してもらうことを決めた。康太は、「お2人には正規雇用として勤務してもらうことに決めました。」と発表した。2人とも驚いていた。そして少し経つと、ひとみは「あのー、私は免許を持っていないんですけどここで働き続けられるのですか。今はこの農園の近くの住宅に一時的にいるんですけど、今後も住むってなると違う所から通わなきゃいけないので・・。」と言った。康太は、「だったら、モノレールで通えばいいよ。港の近くに住めば、モノレールの駅があるしその周辺にはアパートや小売店も多くあるから生活はしやすいと思うよ。」と言った。ひとみは「ありがとうございます!」と大きな声を上げた。こうして農園での作業は、4人で行うことになった。美穂は、これからが楽しみになった。そして5月10日に、美穂は40歳になった。「また人生の次のステップになるから、ワクワクしていたい。」と思った。