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『テンシンシエン!』第16話

◆「ココロザシタカク?」

 枡口慎也・・・15年ほど前、私にヘッドハントで声をかけてきた男性。その時は”平成HRコンサル”と言う新興の人材コンサル会社に在籍していたが、今は大手の”就職エージェント”のシニアコンサルタント。彼もこの15年でずいぶんとステップアップしたようだった。

「大変ご無沙汰しております。枡口でございます。全然変わっておられませんね。」
「こちらこそ大変ご無沙汰しております。枡口さんこそ全然変わってないじゃないですか?相変わらずお元気そうで。」
「はっはっは・・・いやいや、実はクライアントさんからオファーされていた人物像になかなかマッチする人いなくてですね。そしたら、うちのアシスタントから”最近アップされた新規の応募でちょうどぴったりの人が出ましたよ”って聞いて、それですぐにデータ取り寄せたら、なんと、それが沢村さんだったんですよ。で、すぐに連絡を差し上げた次第なんです。いやぁー本当に私はラッキーだなぁって思って・・・」
「へぇ、すごいタイミングだったんですね。へぇ・・・そうなんだ・・・」
 この人いつも調子が良い。このエピソードも少し盛ったな。

「で、ずばりどうですか?この案件は?。」
「カワナカゴーキンさんなら前々職からお付き合いがあって、佐倉の工場にもよく行っていましたので、ここのことは、とてもよく理解しているつもりです。求められている仕事も私に向いていると思います。ただ・・・枡口さんだから直球で言いますけど、収入面が少し・・・」
「・・・やっぱりそこきましたか。具体的にこれならという金額はありますか?」
「まぁ今はまだ再就職に対して、そんなに焦っていないので、そうですねぇ・・・1400万円と言ったところでしょうか。」
「承知しました。そこは少し川中社長に相談してみますよ。ここは沢村さんに絶対お勧めの会社だし、カワナカゴーキンにとっても沢村さんは、とっても価値ある人材と思うんですよねぇ。この件は先方さんとよく相談したうえで再度ご連絡させていただきます。いやぁー沢村さんと再会できて本当にうれしいなぁ。」
「そうですか?・・・」
 本当にこの人はどこまで本当なのか読めないときがあるが、まぁ仮にお世辞でもそこまで持ち上げられると嬉しくなる。

「ところで、あの後、ずいぶんと大きな会社へ行かれたんですね。しかもこれ相当重要なポジションじゃないですか?・・・でなぜこのポジションを捨てて早期退職なんてされたんですか?きっと、そのまま在籍されていたら、おそらく普通に役員になってたと思いますよ。」
「まぁ役員になっていたかどうかは別にして、なんというか・・・色々と他を見ることのできる最後の年齢かな・・・と・・・で、なんとなく早期退職の上乗せ金にも釣られて・・・ってね。でまた同じような給料の会社へ再就職できれば最高かなと思って。」
「うーん。沢村さんとは思えないような結構安易な発想で辞められたんですね。えっと沢村さんの年齢は・・・52・・・今年53ね。この年齢はある意味ギリの年齢で、54超えると再就職では致命的ですよ。あと沢村さんのキャリアですけど、これが足を引っ張ることも想定してください。前職までの経歴が立派であればあるほど、再就職先の人間が嫌がることもあります。例えば前職までの経験を引きずり過ぎて、それが本人のパフォーマンスを落としてしまったり、場合によっては、新しく所属した組織のパフォーマンスですら落としてしまうことがあります。この傾向は年齢が高い人ほど強くなります。過去に中途採用で、そんなことを経験された会社は結構嫌がりますね。逆に成長フェイズにある中堅企業なんかは、大企業の経験者を欲しがりますけど・・・」
「なるほど・・・」

「ただし、役員レベルの求人でなければ、前職より収入が上がることはまずないでしょうね。まぁあくまでもこれは一般的な企業の話です。例えばコンサル業界なんかですと、あまり経歴とかは気にしませんが、自身の実行力とか行動力が重要視されます。そうすると自ずと若い人材、具体的には30代40代の応募に目が行きがちで・・・まぁ50代でもチャンスがない訳ではないのですが、正直、狭き門です。まぁ私のイメージする沢村さんなら、コンサル業界でも十分に活躍できるとは思いますけど、それを面接でどこまで理解してもらえるかですね。」
「そうなんですか・・・求人の欄を見ると結構いけそうな感じがしたんですが・・・」
「我々世代、つまり50代の再就職では、自分のキャリアを切り売りできるような求人が一番の近道ですよ。沢村さんなら、企業内起業のノウハウ、つまり新事業の立案と実行に関する様々な経験が、一番のウリになるでしょうね。そういう意味では、今回紹介させていただいたカワナカゴーキンさんでの事業開発責任者と言うのは、沢村さんにぴったりと思うんですけどね。」
「えぇ、仕事の内容に関しては理解していますよ。ただね・・・今の時点で収入に妥協したくないというか・・・」
「まぁそこはですね、少し相談させてください。良い方向に進んだら改めて連絡させていただきますので。それと他にも良い案件が入ったら、沢村さんには優先的に紹介しますから。」
「あっ、あぁ・・・ありがとうございます。」
 どこまで本当なんだろうか・・・ともあれ、今はもっと条件の良いところを狙おう。

まだ、安売りするタイミングではないはず・・・志は高く持とう。


■第17話へつづく


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