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『テンシンシエン!』第56話

◆「マチブセ?」

 退職後の熟年離婚増加!・・・そんな見出しのネットニュースを読んだことがある。それまで仕事仕事の夫。家族とのコミュニケーションをほとんど行ってこなかった。子どもたちが成人して家から離れていく頃から、妻との溝が大きく広がっていく。そのうち、妻は、夫を単なる経済的な支えにしか見なくなってきて、さらに妻独自の世界が構成されいく。恐らく、そこには夫の姿は無い。退職によって、家にいる時間が長くなった夫は、妻から見ると、ただの邪魔者。夫の存在は、妻の活動の自由を阻害することとなる。
・・・友達との旅行から帰って来てみたら、家の中はぐちゃぐちゃ、洗い物や洗濯どころか、コンビニの弁当箱やビールの空き缶が置きっ放し・・・犬や猫のならペットホテルがあるのに・・・と愚痴る女性たちを前の会社で見たことがある。
 夫は、自分が退職した途端、急に”どこどこへ旅行へ行こう!”とか、”映画を観に行こう!”とか言い出して困ると・・・そんなことも聞いたことがある。それまで放ったらかしだったのに、自分が退職でやることが無くなった途端、急に懐いて来られても・・・都合が良すぎるとか・・・他にも性格の不一致が改めて露呈しただの、臭いだの、汚いだの・・・理由は色々のようだ・・・

「沢村さん?・・沢村さん、ちゃんと聞いていますか?」
「あ・・・あ、はい。聞いていますよ。」

「離婚後ですね、私は西川口にアパートを借りて、独り暮らしを始めました。それまで住んでいた南浦和のマンションは、妻に持っていかれましたよ・・・その後、何度も何度も求人に応募したのですが、全く反応はなくて・・・ある日、あなた、正確には私が応募した”CAEソリューションセンター”のことなんですが、そのCAEソリューションセンターのことを、なにかの雑誌で見かけたんです・・・なんだったかな?・・・」
「あぁ・・・あの事業はずいぶんと出だしが好調でしたので、色々な専門誌に取り上げられましたから・・・。」
「その記事の中にあなたのことが載っていました。新事業創生の立役者として・・・会社の立て直しのためにヘッドハンティングされてやって来た救世主。今までにどんな事業を立ち上げてきたか、それらどうなっているのか?そんなあなたの思考なんかも分析されていてですね・・・なんだか羨ましかったな・・・片や救世主、片や、社会にも、会社にも、家族にも要らないとと言われたおじさん・・・記事を読んでいて、だんだん腹が立ってきて、勝手に全てがうまくいかないのは、あなた・・・沢村さんのせいのように思うようになっていました。」
「えっ?・・・それは・・・ちょっと違いませんか?」
「今思えば、間違っていますよ。単なる逆恨みです。でもその時は誰かのせいにしたかったんですよ。それが、たまたまのきっかけで、沢村さんになったんですよ・・・」
「そんな・・・むちゃくちゃな。だけど今のあなたは・・・今のあなたは、再就職活動のカウンセラーとして立派に働いているじゃないですか?!」
「私は、何とかしてあなたに仕返しをしないと気がおさまらなくなっていました。でもどうやって仕返ししたらよいのか分からない・・・そこであなたと、あなたの勤めていた会社を徹底的に調べました。すると、あなたのいた会社が、極めて短いサイクルで転進支援を繰り返していることに気がつきました。さらに、あなたのように飽きっぽくて独立心の強い人間は、いずれこの会社にも飽きてしまい、退職金が奮発される転進支援のタイミングできっと早期退職するだろうと・・・そして、この会社は、転進支援の度に、就職支援センターと契約をして、退職者のカウンセリングをしているということも・・・」
「えっ!?」
 なんという執念だ・・・

「私はあなたに仕返しするために、死ぬ気でキャリアコンサルタントの資格を取得しました。そして、この就職支援センターへ再就職し、”あなた”が来るであろうこの浦和オフィスでずっと”あなた”を待ってたのです・・・」


■第57話へつづく


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