『テンシンシエン!』第51話
◆「1000エンノコーヒー?」
”すなどけい”でベーグルサンドセットを食べ終えて、しばらくママと話していた。気がつくと、時計はあっという間にタイムリミットの14時15分を指していた。
「あっ、ママ、そろそろお暇します。これからハローワークへ行かないと、来月の生活費をもらい損ねちゃうんだ。」
「あら、それは大変。すぐにお会計しますね。えぇっと・・・追加のコーヒーはサービスしておきますね。無職の方からお金を取るのは忍びないわ。」
「えっいいですよ。自分で飲んだ分は払いますよ。」
「たまにはサービスしておきますよ。大切な常連さんなんですから。」
「・・・なら・・・甘えておこうかな・・・」
常連認定!
「えっとですね。ランチのベーグルサンドセットで860円になります。」
財布から1000円札を出して、お釣りの140円を受け取った。
すなどけいには電子決済システムのようなハイテク設備は無い。客もそんなものを必要としない世代ばかり・・・
時が止まっているような、こんな空間を必要としている人たちがいることは確か・・・ここ浦和にはそんな空間が多くあるように感じる。
10分ほど歩いてハローワークに到着した。2階の雇用保険給付課へ向かい、指定のクリアファイルに”雇用保険受給資格者証”と”失業認定申告書”を挟んで提出する。1~2分でほどで私の名前が呼ばれた。
「沢村健さん!沢村健さん!5番の窓口までどうぞ。」
前回同様、労働や収入状況を確認され、あっという間に手続きは完了。
「えっとですね・・・こちらに記載されています金額を沢村様の口座へ・・そうですね・・・本日から3日以内に振り込まれますので、ご確認をお願いいたしますね。えぇっと、次回は7月6日 火曜日、今日と同じ時間の14時30分から14時45分となります。必ずお越しくださいね。それでは本日はご苦労様でした。」
「どうもありがとうございます。」
今回入金される金額は、フルの28日分で、約235,000円・・・今まで給料から雇用保険として天引きされていたのだから、貰って当然なのだが。自覚のない天引きだったので、なんだか、こんなにいただけるのは正直なところ申し訳ないというか・・・まぁここは割り切っていただいておこう・・・なんて考えながら歩いていたら、浦和駅西口近くまで来ていた。
「14時55分か・・・少し早いな・・・西口のスタバへでも行くか。」
そう言えばJR高架下にこじんまりした品の良さそうなカフェがあったな・・・目的の電車まで20分以上ある。少し微妙な時間だがあそこへ行ってみよう。
「カフェ・ド・カファ・・・」
”カランコロンカランコロン♫・・・”
「いらっしゃいませ。おひとりですか?」
初老の品が良さそうな男性に出迎えられる。店内にはジャズが静かに流れる・・・マイルスかな?・・・落ち着けそうなお店。
「お好きな席にどうぞ。」
先程、すなどけいでいただいたコーヒーと同じ、”マンデリン”をチョイス。
「えっ・・・高っ!・・・」
注文した後、メニューの値段を見て、思わず声を出してしまった。マンデリン1000円は高い・・・まぁ今日ぐらいはいいか・・・
しばらくすると、とても良い香りだけが先行して参上。遅れてマスターがコーヒーを持参する。
「お待たせしました。マンデリンです。どうぞ・・・」
品の良いカップアンドソーサーをお供に、淡い琥珀色のリングを纏った漆黒のコーヒー。香りを殺さない熱くも緩くもないちょうど良い温度のコーヒー・・・一口だけ口にしてみる・・・品の良い苦味がドスンと中央に座る。けっして嫌な苦みではなく、うまみとも感じられる苦味。その周囲にはフルーティーともスパイシーとも表現できるハーブのような豊かな香り。酸味はとても控えめで私好みのマンデリンだ。おもわずもう一口・・・。
ハーブのような香りは口にするたびに変化していき、よりエキゾチックでスパイシーな風味変わっていく。そして、このマンデリンと言うコーヒーのキャラクターを際立たせる。
「うーん・・・」
・・・コーヒー一杯1000円が高いか安いかと言えば高い・・・しかし・・・この一杯に1000円の価値があるかないかと言えば、その価値は十分にある。
偶然にもこうもキャラクターの異なるマンデリンを、同じ日にいただくことになろうとは・・・味、価格、総合的に評価してこれら二つのマンデリンは甲乙つけがたい。無職の身で失業手当を当てに生活してはいるが、月一程度ならこの贅沢なマンデリンをいただいても、ランチの度にあの気さくで優しいマンデリンに心を癒されても、決してバチは当たらないだろう・・・
このお店は来月はゆっくりと来よう・・・そろそろ電車の時間だ・・・
「さて行くか・・・山泉さんが待っている。」