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『テンシンシエン!』第58話

◆「サイゴノシゴト?」

「あなたを指名してきたスカウト案件を、全部断ってやりました・・・」

 山泉さんが嬉しそうに、そして自信に満ち溢れた表情で語り出した。

「ふふ・・ふふふ・・・覚えていますか?初めてあなたにお会いした時、” 私に届いている情報は、会社名と生年月日、それと退職された経緯ぐらいだ ”なんて言いましたけど、そんなの全部、噓っぱちです。余計な先入観を持たないようにするだなんて、もっともらしいことを言いましたが、全部嘘です・・・ふふふ・・・それなのに、あなたは真顔で納得して・・・」
「えっ?全部嘘だった・・んですか・・・」

「沢村さん、あなたのように、とても立派な経歴の方を担当すると、一般のクライアントに比べて、とても詳細な情報が提供されるんですよ。特に、大企業でそれなりのポジションにおられた方は、ひじょうに我儘で自分勝手な方が多く、ご自分のことを知っていて当然のような、傲慢な態度をとる方がいます。だから、他の一般クライアントよりもたくさんの情報を持たされて、対応に失礼が無いようにしているんです。」
「へぇ・・・そんな見えない工夫があるんですね・・・」

「・・・あなたのそういうところです・・・本当に調子が狂う・・・そうなんですよ・・・そんな見えない工夫をして、大企業のVIP様の対応をしているんです・・・ですので沢村さん、あなたに対しては、他の一般クライアント同様に、基本情報だけのほとんど何も知らない体でカウンセリングを始めて、少し意地悪してやろう思ったのですが・・・あなたは思いのほか、素直な人で・・・わたしの言うことを真摯に受け止めるだけでなく、それを実行しようと色々考えたりして・・・本当に調子が狂う・・・はぁ・・・」

 山泉さんが少し表情を緩めてうつむいた・・・

「そんな沢村さんの前向きな姿勢を見ているうちに、いつの頃から仕返しするのが馬鹿らしくなってきた・・・いつだったでしょうか・・・カウンセリングに来られたあなたが、珍しく落ち込んでいて・・・本来であればそんな展開を望んでいたのですが、私はあなたに対して真面目に助言をしてしまった・・・その時ぐらいからでしょうか、わたしがあなたに対して、ちゃんと接しようと思い始めたのは・・・」

 山泉さんの言葉から、いつも皮肉めいた、意地悪な感じを受けていた理由が、これで分かったような気がした。

「圧巻だったのは、登録した転職支援サイトの特徴を分析して、その特徴に合わせた経歴書を作成されたことですよ・・・そのあとの私の少し意地悪な質問にも、事前に対応がしてあった・・・人材育成か・・・流石です・・・うっかり本音が漏れてまったくらいです。」

 そういえば、そんなことがあったな・・・なんて言ったのかは、よく聞こえなかったが・・・

「やはり、大きな会社の最前線にいた人間は違うと感心してしまいましたよ・・・その頃は、体の状態も落ち着いていましたので、” よし!沢村さんの転職に真摯にお手伝いしていこう ”と腹を決めたのですが・・・ははは・・・これからというタイミングで戦線離脱です・・・でも・・・とても自分勝手な意見なんですが・・・結果的に最後にあなたの転職カウンセリングができて良かったと思いました。」

「そんな最後だなんて・・・」

「沢村さん、やめましょう。最初にも言いましたけど、自分のことは自分が一番よくわかっています。わたしはもう長くは生きられません。もって数週間でしょう。今は緩和ケアのおかげで、こうやってあなたと話ができますが・・・これも、あなたのような良い人間を逆恨みした罰です・・・」
「山泉さん・・・」

「ははは・・・まぁ、最後の仕事が、あなたの転進支援で良かった・・・」
「・・・」



この5日後、山泉さんは亡くなった。


■第59話へつづく


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