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『テンシンシエン!』第10話

◆「ハローワーク?」

2021年4月19日、火曜日
 ”いなげや” で証明写真を撮って、店内でそのうちの2枚を指定のサイズに切り取った。これで準備OKだ。いざハローワークへ!

 思いのほかハローワークは近かった。いかにも公的機関といった外観で、中に入ると書類やOA機器から発する独特の匂いがする。入口に入ってすぐのところに総合受付があって、そこで用件を告げる。
「こんにちは。離職後、初めて来たんですけど・・・」
「離職票を見せてください。えっと、あとはこれに記入してください。」
「あっ、はい。」
「記入が終わったら、またこちらへ持ってきてくださいね。」
「は、はい・・・」

 何に使われるのかはよくわからないが、数枚の紙に氏名と住所を書く。ん? 求職申込書? これは事前にネットで登録した”求職者登録” だな・・・これは記入しなくていいだろう。
「あっ、すみません。これで良いですか?あと事前・・・」
「これ書いてないじゃないですか!ちゃんと記入してくださいよぉ!」
「事前にネットで仮登録を・・・」
「・・・ネット?・・・少々お待ちを。」
 職員の女性がカウンターの奥へ入っていった。なにか不機嫌そうな感じになったが、なにか気に障ったんだろうか? 少し心配になった。その後、すぐに受付に戻って来た。

「どうぞ。」
 受付番号が記載された整理券を渡された。
「911番か。」
「各窓口ごとで受付番号が表示されますので、表示されたら速やかにその窓口へ行ってください。」
 午前中の早い時間に来たが、思っていた以上にたくさんの人が来ている。こんなにも失業者が居るのかと少し驚かされた。悪趣味ではあるが窓口でのやり取りが聞こえてしまう。

”「景気が悪くなったので辞めてくれ」と突然言われたんです!”
”私にはあの仕事はちょっと・・・もっと給料の良い仕事は無いですか?”
”給料安いのにごちゃごちゃ言うからよぉ。辞めてやったよぉ。”
”うどん屋さんじゃなくてパスタ屋さんが良いって言ったじゃないですか!”
”会社の名前がなぁ。もっと一流企業みたいな名前の会社が良いんだけど。”

 全てではないが、何か自分勝手な言い分が多い。

 何か独特の空気というか、きちんと身なりを整えている人も、ここではどこか胡散臭く見える。
 あくまでも私の個人的な価値観ではあるが、いかにも無職といった格好の人とか、カッターシャツにスラックスといった服装なのだが、なにかコーディネートが変な人、明らかに偽物のブランドバックを持っている人。土地柄か、外国人の人たちも多い。
 その人たちを見ていると、勝手に様々な設定や生活の一場面をイメージしてしまい、いくつかの楽しそうな物語を創っていた。

「911番の方、13番窓口へお越しください。911番の方ぁ!」
 急に物語の世界から呼び戻される。
 透明なアクリル板で遮られたカウンターに座る。担当は優しそうな女性だった。

「それではこちらで書類の確認を行いますね。あっ、お写真はお持ちになられましたか?それといくつか確認したいことがありますので、よろしくお願いいたします。」
「はい。あっ、なんかさっき受付の人、怒らせたような気がしたんですけど。」
「あぁ・・・ここでは事前にネットで仮登録してくる人って珍しくて、それで処理の仕方がわからなかったみたい。それで・・・まぁ気にしないでください。では本人証明のできるもの、例えば運転免許証などがあれば提示ください。」
 先に運転免許証を渡した。
「少しマスクをずらしてもらってよろしいですか?」
 こんな状況でも、そこはちゃんと確認するんだ。まぁ本人じゃなかったら不正受給とかにつながるから当たり前か・・・。
「それと事前に登録いただいた内容で確認したいことがあるので、離職票をちょっと拝見させてくださいね。」
「あっ、はい、どうぞ。」
 離職票だけでなく雇用保険被保険者証や証明写真、持参してきたもの一式をまとめて渡した。
「あら、間違ってないわね・・・」
「なにか変でしたか?」
「いや、事前登録で月収を入力いただく欄があったと思うのですけど、そこの数字があまりにも大きかったので・・・そっか・・・」
 女性職員さんの顔が少し曇った。

「何か?」
「いや、えっと、沢村さんような給与レベルの方ですと、ハローワークでの職業紹介が難しいんですよ。離職前のレベルまでお望みにならないということであれば、何かあるとは思うんですけど・・・でもお給料はずいぶんと下がってしまうでしょうね。」
「そうなんですか。まぁそこはよく考えてみます。」
「そうですね。本日の給付手続きの後、も一度この階で職業相談をしていただいて、その辺りを担当のものと相談してください。ではこちらはお返ししますね。それとこの書類ですけど・・・」
 運転免許証と一緒に、クリアファイルに入った書類を渡された。
「こちらの書類を2階の10番①と書いてある書類入れに入れてください。そこで雇用保険給付の手続きを行います。」

 2階に上がるとそこは雇用保険給付課だった。とりあえず言われた通り、書類入れに、先ほど貰ったクリアファイルを入れて10分ほど待った。

「沢村さん、沢村健さん、6番の窓口どうぞ!」
 おっ呼んでる。今度は私と同世代の男性職員さんだ。
「ええと、まずですけど・・・離職後にアルバイト等はしていませんね?」
「はい。していません。」
「では本人証明のできるもの、例えば運転免許証などがあれば提示をお願いいたします。」
 ここでも運転免許証を渡す。
「少しマスクをずらしてもらってよろしいですか?」
 先ほどと同じ展開が続く。
「はい、ありがとうございます。これは再就職先に提出することになりますので、それまで大切に保管してくださいね。」
 運転免許証と一緒に雇用保険被保険者証が返却された。

 この後、失業給付いわゆる失業手当の振込先となる口座の手続きや、この流行り病の影響で雇用保険説明会が無くなったこと、だから、これから渡す ”受給資格者のしおり” はちゃんと読んで欲しいとか、待期期間7日間の説明とか、色々と説明されたが、それらはほとんど”しおり”に書いてあるということだった。”しおり”を読まない人が多くて困っていると嘆いていた。

 この後、受給資格者のしおりと、失業認定申告書をもらい、1回目の認定日、つまり次にハローワークに来る日の説明を受けた。失業手当の額は、その1回目の認定日にわかるということだった。
 通常、失業手当をもらうためには、認定日と認定日の間で2回以上の求職活動が必要らしい。ただし、初回に限っては1回で良いらしく、帰りしな、1階で職業相談を受ければ良いとのことだった。もともと、職業相談をした方が良いと言われていたので都合が良かった。

 もう一度、入り口にある総合受付に来た。
「あっ、すみません。職業相談を・・・」
「あら、あなた先ほどの?職業相談?あーはいはい、ではこの番号でお待ちくださいね。」
 先ほどと同じく番号の書かれた紙を渡された。242番だった。さっきよりも数字が小さくなっていることに違和感を覚えた。きっと用件毎に連番となっているんだろうと勝手に納得させた。

 結局、職業相談でも同じことを言われた。給与レベルの高い人への職業紹介は、ハローワークでは現実的に難しく、離職前と同じレベルを望むのなら個人で探したほうが良いとのことだった。職業相談が終わると、ハローワーク受付書に、日付と”相談”というハンコが押された。それと、”ハローワークから求人紹介を受けず自分で探します” といったようなことが書かれた1枚の簡素な紙に署名をした。

 この署名で、ここは私にとって、月に一回、”失業手当をもらうためだけ” に来る場所となった。


■第11話へつづく


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