ニートの戯言

ほのかに暖かい日差しに目を細めながら子猫と5分歩いて、触れるようにページをめくり、本との交流を図る。整った。

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なーんて生活はもちろんしていない。

現実は、YouTubeで2ちゃんねるのまとめ動画をニチャニチャ見ながら、FXで多額の金を溶かして発狂し、ポッチャマ可愛いねぇと架空の恋人を愛でている。

それ以上でもそれ以下でもない。

文章にするとなかなかカオスな生存方法だが、程度の差はあれど、案外みんなこんなものじゃないのだろうか。そもそもInstagramだの、vlogだの、切り取られた生活は小綺麗すぎる。もし、世界のマジョリティがアレだと言うのなら、私は逆立ちで近所を周回したって構わない(逆立ちできないけど)。

少し話が逸れたが、人間の大半は、生活とも暮らしとも呼べないような生存を必死に守っているに違いないと思う。なんj生まれ、なんj育ちのみんなはきっと、ストゼロの残骸の上で眠ったことがあるだろうし、目の前に広がるゴミの聖地に絶望したことがあるだろう。だけど、そんなただの生存は人や世界に向けて語られることがないし、語る意味も理由も価値もないと思われている。

顔のいい女、可愛い服、お洒落な家具、素敵な恋人、カタカナの名前がついた高い車、いつ使うのかよくわからんハイテク家電、etc…

いつだって、ニコニコの笑顔で語られるのは美しい物だけだ。薄汚れたカーペットでの暮らしは門前払いの世の中。人は、人が目に見えて美しいと思うもの、暮らし、ステータスを欲しがる。でもそれは、他人の尺度で測られた価値に過ぎないから、きっとみんな実際はそんなに欲しい訳ではないじゃないかと思う。

語られることのない多くの時間やものが、世界の大半を占める。TLを占拠する写真や、数十分の動画で自分の目の前の景色を否定する必要はない。自分がマイノリティな存在だから、朝ごはんに発泡酒を食し、友達は2ちゃんねるで、決めた予定は基本先延ばしが安定。なんてことはい。事実、私はそんな日常を送っているし、特に変だとも思っていない(いやだいぶ狂っている)。

結局のところ何が言いたいかというと、案外みんな変な生き方してるよ、だから大丈夫ってこと。これは、虚無虚無プリンになりがちな自分への自己暗示でもあるから、無理せず、一緒に等身大で生きていこう。

ここまで読んでくれて、君の貴重な時間をこんな駄文に費やしてくれて、本当にありがとうございます。クスッと笑ってもらえたり、共感してもらえたり、安心感を持ってもらえたなら嬉しいです。

おやすみ〜(am10:00)


2ちゃんねるのステマみたいになってるけどちがいます、、、

更新がんば、、、ry



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