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依存的自立

「自立」の定義(考え方)が医療や特に介護保険下ではバラバラであり、寝たきりを助長している現状がある。今一度「自立」とは何か?を熟考したい思う。


「自立」の定義「他人の助けや支配なしに自分一人の力だけで物事を行うこと。ひとりだち、独立」である。

「自立」には身体的・精神的・職業的・経済的等の自立がある。それと対比するように、「依存的自立」がある。「依存的自立」には互助の考え方が素地にあるとされている。

東京大学先端科学技術研究センター准教授、熊谷晋一朗氏。「自立とは、依存先を増やすこと。」と述べている。「自立を支えているものは依存する、物や人、場がたくさんあること」としている。この考え方こそが、「依存的自立である」

「依存的自立」は助けてくれる仲間やバリアフリー(環境の)、お店の店員や駅員に助けてもらう等の活用。エンパワーメントやサービスを駆使して、日常生活を豊かにする。と言う素晴らしい考え方だが、一歩読み方を間違えればとんでもないことになるのではないだろうか。例えば、医師を含めた医療従事者が初めから、「依存」ありきで治療するようなことになれば、治療にならなくなってくる。

「サービス依存を助長することが、自立への道なのだ~。」とばかりに、サービス過多(家族や本人が望むがままの必要以上の介護サービスの提供)にして、本人や家族の満足度を上げれば、本人の努力を阻害し、寝たきりを助長しかねないのではないだろうか。

互助の精神で、優しい気持ちいっぱい介護サービスをふんだんに当て込んで、自宅で寝泊まりすることを「自立」と言う人もいるが、医療畑の私としては、首をかしげざるを得ない。

熊谷氏は、ひとえに凄い人である。あれだけの障害を持っておられる中、精神的・職業的・経済的自立をされている。つまり、身体的自立の部分で、どうしても越えられない身体的に困難な部分を医療従事者からの情報を自ら分析し熟知した上での、「依存的自立」なのである。

「依存的自立」とは、今は服を着替えるのに自分一人でやったら2時間かかるので、手伝ってもらって5分で済めば、それだけたくさん仕事(活動)ができるじゃないか~。

ってことです。(これは、これでとっても大切)

しかし、2時間かかる着替えを1時間にする努力・工夫も必要だし、5分で着替えられたのであれば、その浮いた時間で何をするのかがもっと重要になる。

介護士や家族に5分で着替えさせてもらって、後はベッドの上で寝ているだけ。これでは、寝たきりに自ら飛び込んでいくようなものである。

「依存的自立」の言葉だけのニュアンスで、「それでもいいのか~」となってしまっては、日本は寝たきり島になってしまうのではないだろうか?

私的には、今の生活を支える「依存的自立」と将来の生活を見据えた「自立」の二本立てでリハビリテーション治療(医学的リハ)は進めていけばいい。対極的に捉える必要はなく、どっちもやることが大切なのではないだろうかと思う。

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