阪田知樹×高木竜馬 「VS」東京芸術劇場

本日は阪田知樹さんと高木竜馬さんの「VS」@東京芸術劇場。ここのところ、エマール、シフという大御所のリサイタルを聴いた流れでの日本の”若手”。これがもう実に素晴らしかった。

以前、レコ芸連載「青春18ディスク」でインタビューをした時に、阪田さんは往年のピアニストはもちろんヴァイオリニストやオペラなどにも明るく、知る人ぞ知る古き佳き音源を聴きまくっていて、とにかく西洋音楽への深い愛情とそれに基づく生きた知識が溢れ出てきて、とても楽しくお話を拝聴しました。やはり彼のそうした厚みある音楽的体験は、音楽作りのすべてにまざまざと表れ出るものだなぁと実感しました。

今回のプログラミングは阪田さんによるもので、タールベルクとリストをテーマとしたそのコンセプトと選曲センスはもちろんのこと、「VS」の共演に選ばれたお相手が高木竜馬さんというのも、演奏を聴いて本当に納得。

高木さんの基調となる音色は、深くしっかりと芯があり、そして輪郭のはっきりとした響きだけれど、決して耳に刺さるようなエッジィな音ではない。...というのはあくまで基調であって、そこからの音色のヴァリエーションが豊かにあり、ハーモニーの牽引力に沿ったダイナミクスで自在に色味が変わる。声部の描き分けも明瞭。「愛の夢」に、リストの後期の交響詩、あるいはワーグナー的な色味をそこはかとなく感じさせ、あれだけ聴かせられるのは、音楽的な構築の基礎力がしっかりとあるからだろう。そこから察するに、高木さんもきっと志向してこられたのは「ピアノ音楽」なんてところじゃなく、きっと西洋音楽の歴史的・体系的な視野をきちんと身につけるだけの、好奇心と愛情をもって音楽にあたってこられたんじゃないかな。あくまで推測ですが。(じつは先日、インタビューのチャンスがあったのですが、日程が合わずお引き受けできない案件がありました。残念)

驚き感激したポイントがありすぎて書ききれないのですが、あえて絞れば、2台ピアノでのお二人の演奏が、たとえばユニゾンでいくところだったり、見栄を切るような音型(タターン!タターン!みたいな)を同時に奏するような場面で、アタックがまったく乱れず揃いまくるというところ。「3本の手」と言われたようなタールベルクの技巧じゃないけれど、その逆というか、実質二人の「4本の手」で弾いているのに、一人の2本の手で弾いているかのように、とにかくアタックが気持ち良くかっこよく揃う。お二人とも、音楽的な根拠に基づく解釈と、無理のない自然な音楽的タイミングを心得ている証拠だろう。

とかく音数の多い技巧的な作品は、弾いているだけで「精一杯」感が滲み出てしまって、内容的になんともダサい演奏になると目も当てられないのだが、このお二人はそんな場面は皆無。

トークでは「なんとか最後までできた」とか言っていたけど、ぜーんぜん! 表現的にも技巧的にも、まだまだ余裕あった(少なくともそう聞こえ、みえた)。それが恐ろしくも頼もしく、楽しそうで素敵だった。

ところで、阪田さんのスターな感じの輝きはすごかった! ステージに登場した瞬間「リスト来た!」って思いました(笑)。よく見ればお衣装も髪型もリストみたい。でも「寄せてる」いやらしさはなくてとても自然。華のある人なのだなぁ。

高木さんの真面目堅実な雰囲気も実に素敵で、なのに音楽が柔軟で奥深いって、あれはズルいですね(笑)。

大満足の公演でした!

■曲目
タールベルク/2つのノクターン 作品35より 第1番 大夜想曲 嬰ヘ長調 *
リスト/愛の夢 S541/R211 より 第3番 夜想曲 変イ長調 **
タールベルク/ロッシーニ:歌劇「エジプトのモーゼ」の主題による幻想曲 作品33 **
リスト/ベッリーニ:歌劇「ノルマ」の回想 S394/R133 *
リスト(一部タールベルク、ヘルツ作曲)/ ヘクサメロン(演奏会用小品) - 「清教徒」の行進曲による華麗な大変奏曲 S392/R131
リスト/2台ピアノの為の悲愴協奏曲 S258/R356

阪田Solo *
髙木Solo **

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