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すぐそこにある荒野。そして34冊の冒険書

探検や冒険とはなんだろうか。
思い浮かべるのは、遠く隔絶された地に向かい、身体的能力を限界まで駆使し、ある地点から別の地点への踏破に挑んだり、山の頂きに立ったりしながら、何かを発見していくことではないだろうか。しかし、私はある時から、冒険というものは、時として自分たちのすぐそばにあると考えるようになった。

去年、河出書房新社のIさんから突然メールがあり、今後「世界探検全集」というものを出します、世界の名著が続々復刊します、ひいては、そのうちの一冊に対し、本の前段「ナビゲーション」なるものを書きませんか、という問い合わせがあった。

即座に浮かんだことは「なんとかうまく断ろう!」ということ。
なにしろ、他のナビゲーターとして名前が上がっている人は、荻田泰永さんとか、角幡唯介さんとか、関野吉晴さんなど、日本を代表する冒険家・探検家、もしくは、長年そういったことをテーマに書いてきた作家ばかりだ。それなのになんで私? もしかしたら、来世では冒険家になりたいとか書いているせいだろうか。いやいやいや、それは来世の話なんです。実のところ私は、腕立て伏せは頑張っても1回しかできないし、東京の冬ですら寒くて床暖房つけてしまう。ただ単に探検や冒険について書かれた本を読むことを趣味とするひ弱な人間である。冒険、全然向いてない。無理なんです、すみません!と誠意を持ってお断りのメールを書いた。その理由ももちろんちゃんと書いた。
すると2時間後にはさらにIさんからメールが届いた。

今回の全集は「探検」の意味や意義を現代的に考え直すこと、現代的に開いていくことを意識しながら企画を進めておりました。(中略)
他ジャンルの方にもご寄稿いただき、「探検」の意味を広げていくことができたらと考えておりました。

現代的に問い直す・・・なるほど。ふむふむ。
別に自分が冒険家じゃなくてもいいのね。
メールをよく読むと、私が本に書いてきたこともある種の冒険なのではないか的なことが書いてあった。

確かに私自身は、冒険に出たくても出られない自分との折り合いをつけるために、冒険家の活動や内面を取材し、冒険本を読み漁り、他者の中を旅することによって自分も旅をしているようなところがあった。もしかしたら、この全集を読む多くの人が私のような人かもしれない。自分自身はいわゆる身体的に遠くにいき、ギリギリのところを旅していくようないわゆる「冒険」には出ないけれど、自分だけの形で人生の冒険をしている人たちが好きだった。

うむむ、それならばなにか書けるかもしれません、よろしくお願いします、とお返事した。私に与えられた一冊は「黄河源流からロプ湖」。

実は31歳のとき、一度だけタクラマカン砂漠を超えて、ロプ湖周辺まで行ったことがあった。ロプ湖はかの有名な彷徨える湖、ロプノールのこと。私は椎名誠さんも参加したロプノール遠征隊のドキュメンタリーが大好きで、高校生の頃は録画したものを何度も再生して見たものだった。
そうして、縁あって私も、中国シルクロードを通り、砂漠を車で走り、ロプ湖近くまで旅をした。とはいえ、私が行った2003年ごろは椎名さんの時代とは全く異なり、油田開発のために砂漠に舗装一直線に道路が走っていたので、快適な旅である。もちろん砂漠は広大で時間はかかったが、「冒険」というほどの旅でなかった。しかし、とても面白いこともあった。「ロプ人」の最後の生き残りという108歳のおじいさんに出会ったのだ。なかなか印象深い体験だったので、ナビゲーションではその時のことを書くことにした。なにしろ探検家プルジョワルスキーが会いに行ったのもロプ人だったので誠に好都合だった。
しかし、すごい。編集者Iさんは私がロプ人に会ったことがあるなどは全く想像せずに原稿を依頼したそうなので、ものすごい動物的勘だったと言えるかも。


次にIさんからメールがあったのはこの夏のことである。
世界探検全集を全て予約した人には特典として
別巻「今、探検とは?(仮)」を作成して届けるという企画があるという。その中で「ブックガイド」を書いてほしいというのが今回の依頼だった。いわゆる極地探検をテーマとした正統派探検・冒険もののブックガイドは他の人が書くので、私なりの探検、冒険の解釈の元にして本を17冊選んで良いとのことだった。

前回と違って、喜んでお引き受けした。
冒頭にも書いたけれ、どある時から私は、冒険は、実は自分たちのすぐそばにあると考えるようになっていたから。
極端な話、地理的に移動できなくても、体が動かなくても、自分だけのフロンティアを求めて荒野を突き進むとき、それはその人にとって冒険になるのではないだろうか。自分でも持て余すような奇妙な衝動に突き動かされ、金銭的な見返りも求めず、他者の冷ややかな視線も、世間の批判も、人生を棒に振るリスクも顧みず、世界の複雑さの渦にその身を投げ込んだたとき、その冒険は生まれる。

これもせっかくの機会なので、過去に自分の価値観をゆさぶり、未知へとつき動かしてくれたような数々の本のリストを作ろうと決意した。本を閉じて、知らない世界へと足を一歩踏み出したあの日。もう少し遠くへ、いや、もっともっと遠くへと足を運ぶきっかけとなった本の数々。

17冊というのはけっこうな数だが、同時に17冊しか選べないのか・・・とも思った。とりあえず、まずは暫定リストを作るところから始めた。ビジネス書や人文書、研究書も基準を満たしていれば躊躇なくリストに加える。過去30年ほどで読んだ本に加え、最近の本も入れる。さらには新たな本も読んでみたくなり、積読だった本を次々と読破した。さらに、家の近所にある『蔵書室ふもと』(編集者の夫妻が家族で営む私設図書館)に行き、そこの本も積極的に借りて読みまくった。


蔵書室「ふもと」の一角

ずっと前に読んだ本に関しては、「面白かった!」という印象だけが残っており、内容をすっかり忘れてしまったので、紹介文を書くためにはもう一度読む必要があった。ある程度最近読んだ本に関しては、ざっと目を通すだけにしよう、と思っていたのに、ページを開くとあまりに面白いので、もう一回頭から最後まで読んでしまう。そんなことが繰り返され、しばらくの間ひたすら本の渦の中にぐるぐると取り巻かれて、他の仕事が全くできずに大いに困った。いやあ、面白い本が多すぎる。幸せな時間だった。こうして加えたり削ったりを繰り返してできたのが、以下の暫定リストである。




1.     『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』タラ・ウェストーバー 
2.      『もの食う人々』辺見庸
3.      『砂漠の女ディリー』 ワリス・ディリー
4.     『ヤバい社会学 一日だけのギャング・リーダー』スディール・ヴェンカテッシュ
5.    『狼の群れと暮らした男』ショーン エリス, ペニー ジューノ他
6.    『ムラブリ 文字も暦も持たない狩猟採集民から言語学者が教わったこと』伊藤雄馬
7.     『西南シルクロードは密林に消える』高野秀行
8.     『空白の五マイル』 角幡唯介
9.    『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』中村哲
10.   『ムハマド・ユヌス自伝』ムハマド・ユヌス
11.   『香川にモスクができるまで』岡内大三
12.  『 森の聖者 自然保護の父ジョン・ミューア』加藤則芳
13.  『Born to Run走るために生まれた』クリストファー・マクドゥーガル
14.   『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』ロバート・ムーア
15.   『無人島に生きる十六人』須川邦彦
16.  『ネオ・ヒューマン 究極の自由を得る未来』ピーター・スコット・モーガン
17.  『夜明けまえ、山の影で エベレストに挑んだシスターフッドの物語 』シルヴィア・ヴァスケス=ラヴァド
18.   『イエティ 雪男伝説を歩き明かす』ダニエル・C・テイラー
19 『カメラを止めて書きます』 ヤン・ヨンヒ
20. 『戒厳令下チリ潜入記―ある映画監督の冒険』 ガルシア・マルケス
21.   『アララト山 方舟伝説と僕』 フランク ヴェスターマン
22.  『サイゴンから来た妻と娘』近藤紘一
23.   『若き数学者のアメリカ』藤原正彦
24.   『多様性の科学』マシュー・サイド
25.   『マネー・ボール』マイケル・ルイス
26.   『精霊たちの家』イサベル アジェンデ
27.   『第三の極地──エヴェレスト、その夢と死と謎』マーク・シノット
28.   『数学の大統一に挑む』エドワード・フレンケル
29.  『べリング・キャット ――デジタルハンター、国家の嘘を暴く』エリオット・ヒギンズ』エリオット・ヒギンズ
30.   『セブンイヤーズインチベット』ハインリヒ・ハラー
31.   『流れる星は生きている』藤原てい
32.   『人間の土地へ』小松由佳
33.  『あなたを選んでくれるもの』ミランダ・ジュライ
34.   『カラシニコフ』松本仁一



最終的には、この中から17冊を選んだ。悩みに悩んだ。何を選んだのかは実際の別冊を見てもらえたら。200文字くらいの解説もついているので、詳しくはそちらを。上記の35冊は自信を持って素晴らしい本だと言えるので、どれを読んでもきっと後悔がないはず。


冒険のない人生なんてつまらない。いつだって、未知に向かって一歩を踏みだしたい。目指す場所は自分にとってのフロンティアである。

最後に、もしこれらの本を読んでみようかなという方がいたら、amazonでポチるんじゃなくて、どこか近くの書店に注文しに行って欲しい。そこにはきっとこのリスト以外のたくさんの素晴らしい本が揃っていると思うから。


「エルマーのぼうけん」展からの1枚

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