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裁判官の思考と国民感情のズレ:工藤会トップ事件とミステリー小説

【アンケート結果】

高等裁判所が死刑をやめたのはおかしい!=76.5%
高等裁判所が死刑をやめたのはただしい!=5.9%

このアンケートは特定の刑事事件について聞いたものです。

特定危険指定暴力団「工藤会」のトップ、地方裁判所では死刑判決。
しかし高等裁判所では無期懲役に変更されました。
(2024年3月12日)

この工藤会トップの事件についてどう思うのか?を聞いたわけです。

正確なアンケートは以下の通り。

簡単に言うと高裁の判決にほとんどの国民が納得していない

高裁の裁判官と大多数の国民にズレがあるんですね。

裁判官と大多数の国民のズレを現実世界で見た時、あるフィクション作品が頭に浮かびました。

それは鴨崎暖炉かもさきだんろさんの「密室黄金時代の殺人」と「密室狂乱時代の殺人」です。

この2つの作品はミステリー小説です。
トリックなどミステリーとしてかなりおもしろいですが、なにより設定がおもしろい

殺人事件において「現場が密室である限り、犯人は必ず無罪になる」との判例が出た。
現場が密室だと無罪になることが約束された日本では、密室殺人事件が激増する。

簡単に言えば「密室殺人を行い、その密室が破られなければ犯人は無罪になる」ということです。

これはミステリーとしてはかなり斬新です。
というのも本格ミステリーは「なんで犯人は密室を作ったんだよ?」という問題をずっと抱えてきたからです。

「なんで犯人は密室を作ったんだよ?」
ほんとうの理由は「読者が喜ぶから」なのですが、小説のストーリーでは無理やりでも理由を作らないといけません。

しかし「密室殺人を行い、その密室が破られなければ犯人は無罪になる」こと裁判所が認めた社会なら犯人が密室殺人を行う理由にも納得できます。

今回のnote記事は「密室黄金時代の殺人」「密室狂乱時代の殺人」をベースに実際の刑事事件について考えていきたいと思います。

刑事事件のことを考える題材にするだけなので「密室黄金時代の殺人」と「密室狂乱時代の殺人」のネタバレはありません

自己紹介が遅れましたが

公務員クエスト失敗おじさんの「ありのこ」

と申します。

公務員クエスト失敗とは「20年以上国家公務員をやっていたけど病気のため退職、今は当てもなく無職」という意味です。

国家公務員ですが出先機関(=現場)にいました。
法律を作る側ではなく法律を運用する側です。

今回のnote記事は法律の話になるので書いておきますが、私は中央大学法学部法律学科卒です。

司法試験に合格する頭脳はありませんが、法学部法律学科卒です。

私は「法学部法律学科を卒業して20年以上法律を運用する仕事をしてきた」人間です。

私がこのような経歴であることを最初に書いておきます。

それでは本題に入りましょう。


・密室無罪への道~「密室黄金時代の殺人」


「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」
東京地方裁判所裁判官・黒川ちよりの判決文より抜粋

この文章が「密室黄金時代の殺人」のドあたま、冒頭にバーーンと来ます。

インパクトがありますよね。


犯人が分かっているのに密室の謎だけが解けない
こんな状況の刑事裁判が「密室黄金時代の殺人」のp10~12にて描かれています。

検察側は「現場が密室であったことは、重要ではない」と主張。

弁護側はアリバイのことをを持ち出し「密室の場合に限って『どうにかして殺した』『やり方はわからないが、どうにかして殺した』と犯行の不可能性を黙殺するのはおかしい」と主張。

弁護側は「アリバイがあれば犯行は不可能だから無罪になる。密室だって犯行が不可能なんだから無罪のはずだ」ということです。

もっとはっきり言えば「被告を有罪にしたければアリバイを崩すように密室を崩すべきだ。それが検察の仕事だろう」という事です。

裁判の結果は先ほど引用した通りです。

「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」
東京地方裁判所裁判官・黒川ちよりの判決文より抜粋

これが判決文なので無罪判決です。

この判決が与えた影響はすさまじまかった。

第2審も1審を受けて無罪━、そして最高裁は検察側の上告を棄却した。

鴨崎暖炉「密室黄金時代の殺人」p11より引用

最高裁まで争い地裁の判決がそのまま確定
その判例が次のような事態を引き起こします。

この3年で302件の密室殺人事件が起きた。
それはこの国で1年に起こる殺人事件の3割が、密室殺人であることを意味している。

鴨崎暖炉「密室黄金時代の殺人」p12より引用

この判決の評判は物語において一貫して散々です。
「密室黄金時代の殺人」の終盤392ページには次のように記述されています。

そして信じられないことに、無罪判決が下された。
世間の常識とはかけ離れた、狂った判決だった。

鴨崎暖炉「密室黄金時代の殺人」p392より引用

「世間の常識とはかけ離れた」だの「狂った」だのこの裁判官も散々な言われようでした。

そしてシリーズ第2作目の「密室狂乱時代の殺人」に続きます。

・密室無罪の裁判官~「密室狂乱時代の殺人」

「密室狂乱時代の殺人」を最初から読んでいくといきなりびっくりします。

目次もくじを読んでミステリーでおなじみの「登場人物の一覧」へ。
いきなり登場人物のトップに

黒川くろかわちより(28)元東京地方裁判所裁判官

と書いてあります。

おまえ、登場するんかーい!?

シリーズ2冊目「密室狂乱時代の殺人」の「登場人物の一覧」のあとにはグレードアップして

「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある。だから現場が密室である限り、犯人は必ず無罪になる
東京地方裁判所裁判官・黒川ちよりの判決文より抜粋

と書いてあります。

太字は引用者(=私)がつけました。
この太字部分はシリーズ1作目「密室黄金時代の殺人」には書いてなかった部分です。

黒川ちよりの判決により日本がどうなったのか?
「密室黄金時代の殺人」で書かれていた状況が「密室狂乱時代の殺人」でも書かれています。

当時の東京地方裁判所裁判官━、黒川ちよりが犯した暴挙。
それにより日本は年に100件以上の密室殺人が起こる密室黄金時代を迎え、

鴨崎暖炉「密室狂乱時代の殺人」p60より引用

この判決により無罪狙いで年100件以上の密室殺人が起きてしまっている

年間100件以上の密室殺人を引き起こすことになってしまったことで黒川ちよりはひどい目に遭います

「黒川ちよりだ。職業はいちおう弁護士だが、とある事情で業界から干されているから、ほとんど無職みたいなものだな。元々は東京地方裁判所で裁判官をしていたんだが、2年前に一身上の都合で退職することになったんだ」

鴨崎暖炉「密室狂乱時代の殺人」p56より引用

「おかげで私の人生は台無しだ。忘れているなら、ちゃんと思い出せ。当時の私の叩かれっぷりを」
確かに、それはとんでもなく酷いものだった。
『黒川ちより カス』『黒川ちより 無能』。
そんな検索ワードがネット中と飛び交っていた。
間違いなく彼女は、日本の司法の歴史上でもっとも炎上した裁判官だろう。
まぁ、彼女が下した判決を考えれば、ある意味、仕方がないと言えるのだけど。

鴨崎暖炉「密室狂乱時代の殺人」p310より引用

このように黒川ちよりは「袋叩きにされて当然」の裁判官と言う扱いを受けています。

しかし黒川ちよりはほんとうに「袋叩きにされて当然」の裁判官だったのしょうか?

・疑わしきは被告人の利益(疑わしきは罰せず)

法学部で法律を学ぶと叩き込まれることがいくつかあります。
その中の1つが刑法(刑事訴訟法)の「疑わしきは被告人の利益」≒「疑わしきは罰せず」です。

「疑わしきは被告人の利益」と「疑わしきは罰せず」は微妙に違って使うこともあるのですが、ここでは深く考えないことにします。
(同じ意味で使うこともあるのでややこしい・・・)

「疑わしきは被告人の利益」については第二東京弁護士会のサイトより引用します。

「無罪推定の原則」を受けて、刑事裁判においては、検察官が被告人の犯罪を証明できなければ、有罪とすることができません

被告人の側から見れば、被告人が無実を証明する必要はなく、裁判で自ら無罪であるという説明をする義務もない、ということになります。

犯罪事実が、法廷に提出された証拠だけでは、あったともなかったとも確信できないときは、被告人に有利な方向で判断しなければなりません

これを、「疑わしきは被告人の利益に」の原則といいます。

太字は引用者(=私)がつけました

刑事裁判立証責任はすべて検察にあります。
検察が「この人が犯人です」「この人はこれだけ重い刑罰を科すべきです」を証明しないといけません

弁護士が無罪を立証するのではなく検察が有罪を立証するのです。
すべて検察が立証しなければならない。
検察が立証に失敗すれば裁判官は無罪を出さなければならない。

被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決無罪の言渡をしなければならない

刑事訴訟法第336条(太字は私がつけました)

裁判官は検察が犯罪の証明に失敗したら無罪にしなければならない
しなければならない」とは裁判官の義務だと刑事訴訟法は言っているわけです。

・密室を解けない検察官~「密室のパラドックス」理論

検察は密室の謎が解けなかったため「密室のパラドックス」理論を打ち出しました。

「密室のパラドックス」理論は「密室の謎を解かなくても有罪にしてよい」という結論を出すための理論です。

「密室のパラドックス」理論のことを細かく書きませんが黒川ちよりは「密室のパラドックス」理論を認めませんでした

「でも、そんなのおかしいだろう?」とちより先生は言った。
「この世界のすべての人間に犯行が不可能なのだとしたら、この世界のすべての人間を無罪にすべきなんだ」
彼女の言うことも、また正しい。

鴨崎暖炉「密室狂乱時代の殺人」p309より引用

黒川ちよりは被告を殺人犯だと確信してたが無罪判決を出したと言います。
無罪判決を出した理由について黒川ちよりは次のように述べています。

すると、ちより先生は苦い表情を見せた後で、「法の厳密性に基づいたまでだよ」と口にした。
「裁判官というのは、概ね真面目な人間ばかりなんだが、私はその中でも特に真面目なんだ。

(中略)

だから、自分が納得できない判決は絶対に出したくない。
だからこそ、無罪判決を下さざるを得なかったんだ。
裁判で検察が提示した理論━、あれにどうしても納得できなかったから」

鴨崎暖炉「密室狂乱時代の殺人」p307より引用

疑わしきは罰せずを元にして、刑事訴訟法を元にして黒川ちよりは無罪判決を出した
むしろ裁判官として当たり前のことをしただけに見えます。

もし袋叩きにするのなら検察じゃないの?」と私は思ってしまいます。

検察が有罪の立証に失敗したから裁判官が無罪判決を出さなければならなかったのでしょう、と。

黒川ちよりは地方裁判所の裁判官です。
高裁を経て最高裁までもつれた上での無罪判決確定です。

裁判官が悪いとするのならむしろ高裁や最高裁の裁判官が責められるべきではないでしょうか?

地裁の判決に問題があるのなら高裁や最高裁で変更すればよいですから。

現実の世界で「地裁の判決が高裁で変更される」ケースが最近起こりました。

それがこのnote記事の冒頭で取り上げた「工藤会」トップの事件です。

・推認せず無罪の裁判官~工藤会トップ無期懲役 


工藤会トップ・野村悟被告の刑事裁判では「死刑判決が無期懲役に変更された」と報道されています。

分かりやすいですし、結論としては間違っていないのですが途中経過が抜けていると思います。

こっちの見出しの方が正確だと思います。

工藤会トップ、二審は無期懲役 元漁協組合長射殺は無罪―一審死刑を破棄・福岡高裁

工藤会トップ・野村被告は4つの事件で起訴されています。

地方裁判所4つとも有罪で死刑。
高等裁判所3つを有罪、1つを無罪で無期懲役。

この1つの無罪判決が効いて死刑から無期懲役に変更されています。

無罪になったのは1998年の射殺事件です。

アンケート結果は圧倒的に「地裁判決のように死刑にしろ」が多かったです。

しかし「1998年の射殺事件を有罪としたのが無理やりだった」という主張もあります。

この立場からすれば高裁の判決が正しいことになります。

4つの事件で起訴されていますが、無罪になった射殺事件だけかなり昔の事件です。

他の3つの事件が2012年~2014年。
射殺事件だけは1998年に発生。

逮捕されたのが2014年。
事件発生から逮捕まで15年以上経っています。

時間が経ちすぎたことが致命傷になったという指摘もあります。

時間が経ちすぎて検察の立証がうまくいかなかった
そんな昔すぎることは裁判官として「推認」できない

高裁の裁判官がこのように考えた、と。

黒川ちよりが世間の常識とはかけ離れていても無罪判決を出したのに似ているように見えます。

最高裁に上告したそうです。
最高裁ではどのような判決になるのでしょうか?

工藤会トップについてのアンケートは大きく差がつきました。
他方、真っ二つに割れたアンケートがあります。

ガーシー被告の裁判です。

本当に見事に「執行猶予で良い」と「刑務所に行くべきだ」が真っ二つに割れました。

・執行猶予のガーシー被告

ガーシー被告に「懲役3年、執行猶予5年」の判決が下りました。
2024年3月14日のことです。

工藤会トップの判決と日付が近いですね。

ギリギリ執行猶予が付いた感じです。

ガーシー被告は地裁で確定するのか高裁へもつれるのかわかりません。

もし執行猶予が確定したら「ネットであれだけ誹謗中傷しまくっても執行猶予がつくんだ!やったもん勝ちじゃん!!!」となる危険性を心配します。

刑務所に行かないんだったらネットでの誹謗中傷やっちゃおうぜ、と。

普通の人はそんな風に考えないでしょうが、普通じゃない人がネットでの誹謗中傷をするのですから。

黒川ちより裁判官の判決が密室殺人を引き起こしまくったように、ガーシー被告執行猶予判決がネットでの誹謗中傷を引き起こす・・・なんてならないことを祈ります。

私は「ネットでの誹謗中傷に抑止力が働く社会になった良い」と思っていますので。

ブログ記事は以上です。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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