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昔、ゲームユーザーのインサイトを求めてさまよった話
トライバルメディアハウスの社内勉強会TPA(Tribal Professional Academy)で、消費者行動論とマーケティングリサーチの本を読んでいる。
消費者行動についての研究成果の概要を把握し、そこから実際に消費者行動を理解するための各種リサーチを学ぶということをやっているのだが、その中にたびたび出てくるのが「インサイト」だ。
インサイトとは、ひと言でいえば消費者の「ホンネ」。それは、消費者に購買行動を起こさせる「心のホット・ボタン」だ。ここを押されると消費者は思わず行動を起こす。場合によっては、習慣さえも変える。だから、インサイトを見つけ出し、マーケティング活動によってその「ホット・ボタン」を押すことができれば、売り上げを大きく伸ばすことができる。いままでの常識にとらわれて閉塞している状況を、一気に打開する力を持っているのだ。
:【インサイト】より
上記の「インサイト」を含む計6冊の本を読んで、私が過去にソーシャルゲームのディレクターをしていた時のことを思い出したので、今日はその話を書くことにする。
値引きしか売上を上げる方法を知らなかった
その頃、私が在籍していた会社では全盛期を迎えていたソーシャルゲームへの新規参入を行ったばかりだった。
その前の会社が潰れたことによって転がり込んだ会社で私は人生で初めて「ゲームを作る人」、ゲームプランナーになっていた。
しかしそれは私だけではなかった。
社内にゲームを作ったことがある人間など一人もいなかったのだ。
誰も正解はおろか勝ち筋すら見えていない中リリースされたゲームは、集客も売上も計画には程遠かった。
いったんリリースから3ヶ月目での売上目標達成をマイルストーンに置いていた私たちのチームは、3ヶ月めにしてガチャのレアキャラ出現率を大幅に引き上げるキャンペーンを実施して、なんとか売上目標を達成することに成功した。
※少しだけ説明すると、ソーシャルゲームのガチャというのはそのガチャで排出されるキャラクターのレア度によって出現確率が違い、レアリティが高い(当時はR<SR<SSRという三段階のレア度にするのがメジャーだった)ほどゲーム内のパラメータが高く、イラストとしてのクオリティも高い仕様になっていた。ユーザーはより高いレア度のキャラクターを求めてガチャを何回も引くのである。
したがって、ガチャのレアキャラ出現率を上げるということは、すなわち通常の商品における値引きを意味する。
私たちのチームのディレクターは無事にミッションをクリアして次なるゲームの開発に移り、私がディレクターを引き継ぐことになった。
引き継いだ初月、売上は惨憺たる状況だった。
当然である。
デパートでバーゲンセールの翌月の売上がどうなるかは考えることもなくわかる、というだけの話だった。
そう、私が引き継いだゲームは焼け野原になっていたのだ。
前のディレクターは無能で無責任だったのか?
否、彼はそれまでに私が見てきた20代の中でも最も有能で誠実で強い責任感を持っていた。
ただ、彼を含めて誰も(もちろん私も)、もっとましな施策を提案することができなかったのだ。
誰も、なぜユーザーがガチャを回すのかを理解していなかった。
運営批判率100%の掲示板
私たちのゲームは会社としてゲーム事業への参入を決定してからおおよそ3ヶ月ほどで形にしたもので、そのためゲームとしては「当時のソーシャルゲームに必ず付いていた最低限の機能は一通り付いているが、それ以外は何の変哲もないギャルゲー(アニメ絵の女の子しか出てこないゲーム)だった。
ゲームをリリースすると用意されるプラットフォーム上のユーザー用の掲示板には、いつも辛辣なコメントが並び、気がつけば三桁のコメントの全てが運営に批判的という、気の滅入る場所になっていた。
それでも、貴重なユーザーの声である。
読まないわけにはいかず、私たちは毎日そこにアクセスしていた。
面白かったのは、彼らの大部分がゲームを続けていたということだ。
批判でもなんでも、そこにコメントがあるということは何も書き込まれないよりも遥かにマシであるということに私たちは気付いてきた。
そう、「愛の反対は、憎しみではなく無関心」なのだ。
しかしなぜ……彼らはゲームを続けてくれているのだろうか?
私たちのユーザーは何を求めているのか
リリースから半年が経とうとしていた。
ガチャのレアキャラ出現率を大幅に引き上げるキャンペーン後、売上は回復の傾向を一向に見せなかった。
ユーザー数は減少の一途をたどり、残ったユーザーもガチャを回さなくなっていた。
私たちの会社は状況を打開するために、このゲームを他のプラットフォームや、当時流行りの入口にあったスマートフォンアプリに移植していた。
面を増やすことでプロジェクトの売上を引き上げようとしたわけだ。
しかし、根本的な問題を解決しなければ真の状況打開に至らないことは明らかだった。
私たちのユーザーは何を求めているのか。
それがわからなければ新たなプラットフォームに参入したとしても、売るための手段はガチャキャンペーンという値引きしかなく、値引きされた価格で最高レア度のキャラクターを何体か手に入れたユーザーはガチャを回さなくなるのだ。
◯◯がいなかったら、こんなゲームはやめている
ある日気付いたというべきだろうか、腹落ちしたというべきだろうか。
運営批判しか書かれていない掲示板のコメントの中に時折「◯◯がいなかったら、こんなゲームはやめている」という趣旨のことばがあった。
それは特定の人物ではなく複数のユーザーが書いており、◯◯に入る名前も様々だった。
典型的には、ゲームの仕様へのダメ出しや運営への罵倒が何行か続いたあと最後に、捨て台詞のように書かれることがあるというものだ。
私は当初、コメントの本体かに思えたゲームや運営への批判に目が行っていたので、この捨てゼリフのようなことばの意味を理解していなかった。
しかしある日やっと気付いたのだ。
◯◯に入る名前は、ゲーム内のキャラクター名だった。
特定の人気キャラに集中しているというわけでもなく、指名の対象はバラエティに富んでいた。
彼らは総じてキャラクターのイラストのクオリティにも厳しい意見を言っていたが、しかしその中にもお気に入りのキャラクターがいて、その子だけはユーザー本人にとってだけは別だったのである。
私たちのゲームのユーザーは、面白いゲームシステムも、そのゲーム内で無双できる強パラメータのキャラクターも求めていなかった。
そういった要素を重視するユーザーは一度試しにプレイしてみたとしても早々に離脱していったのだろう。
ただゲームに飽きて離脱する前に自分のお気に入りのキャラを見つけられたユーザーだけが、ゲームを続けてくれていた。
倍増した売上計画
年末が近づいていた。
当時の会社は12月決算だったので12月の売上は特に重要だった。
しかし状況は厳しかった。
新作ゲームはよくある話で順調に開発が遅れ、11月に予定されていたリリースは12月の頭に延期され、ついには12月の最終週へと再延期された。
気がつくと私のプロジェクトが背負う12月の売上は、私がディレクターを引き継いだ夏の終り頃の計画から倍増していた。
なんとかしなければならなかった。
なんとかして、お気に入りのキャラを見つけてゲームを続けてくれているユーザーに価値を届ける方法を見つけて実行に移さねば。
私はその頃、毎日数字を見ていた。
オンラインゲームというサービスの特筆すべき点として、ユーザーの行動データが取れる範囲が他の商品・サービスと比べて極めて広いということがあげられる。
同じネットサービスでも、例えばeコマースなら需要が喚起されるのはサイトに訪れる前のリアルな生活や、ネット上の他の場所で得た経験や知識に起因する要素が非常に大きいが、オンラインゲームにおける代表的な商材であるキャラクターやアイテムに対する需要はゲーム内で作られる。
(イベントを進めたいが体力ゲージがゼロになったので回復アイテムを購入する、他ユーザーとのユーザー間バトルに勝ちたいので強力なキャラクターを入手できる可能性があるガチャを回す、といったことだ)
したがって、世間一般のほとんどの商材に比べてゲーム内商材は、その売上が発生した理由についての仮説を立てるための行動データを大変取得しやすかったのである。
そんなわけでオンラインゲームサービスを運営する仕事の定石として、私もイベントやキャンペーンにおけるユーザーの行動データと購買データを突き合わせてヒントを得ようと必死だった。
その日だけ売上が上がるガチャ
そんな中、一つのデータが目に止まった。
それは新たに移植したプラットフォームのガチャの売上だった。
そのプラットフォームは移植したものの、プラットフォーム自体のアクティブユーザー数が少なかったこともあり、プロデューサー直轄で早々に運営の効率化と実験的な施策のテストに切り替えて使われていた。
そのプラットフォームの常設のガチャの売上が明らかに上がる日が2週間に1日だけあった。
本来ゲーム内で需要を喚起するはずのイベントスケジュールと全く無縁に。
そのガチャでは実験的に最上位のレア度のキャラクターのうち特定のキャラのみが出やすい設定になっていた。
その特定のキャラが切り替わる日が2週間に1回あり、その日だけガチャが多く引かれていた。
クリスマス
そのガチャのデータは、掲示板で得た「自分のお気に入りのキャラを見つけられたユーザーだけが、ゲームを続けてくれている」という仮説と整合性があった。
当時人生における最高度の激務で疲弊していた私は、ここでとてもシンプルな仮説を立てた。
「出やすいキャラが切り替わる日にだけガチャが回るのなら、毎日出やすいキャラを変えれば、毎日そのキャラごとのファンがガチャを回してくれるのでは?」
毎日ガチャを切り替えるというのは当時の私たちのゲームの仕組みとしては非常に重い開発になるという見積もりが提示されたが、プロデューサーは私の提案に賛同し必要なエンジニアをアサインしてくれた。
12月はクリスマスがあるから、掲示板でのコメントなどを参考にしながら人気がありそうなキャラクターをピックアップしてサンタバージョンのイラストを大量に発注した。
それまで1つのガチャのために用意するクリエイティブは1種類だったのがピックアップキャラの数だけ必要になったため、クリエイティブ点数は単純に十数倍にふくれあがった。
12月の1ヶ月間、多くのメンバーに助けられながら、私はそれまでで最も丁寧に作った日毎の売上計画と実績との予実を追い続けた。
年明けに確認した売上実績は、倍増した売上計画を120%達成していた。
多くのユーザーが、自分のお気に入りのキャラのサンタ衣装のためにガチャを回してくれていた。
仮説は、証明された。
デジタル・アイドル・エージェンシー
ユーザーのインサイトを見出したことにより、私たちのゲームのARPU(1ユーザーあたりの平均売上)は倍増していた。
そして素晴らしいことに、それは(さすがに翌月は若干凹んだが)以降も続き、私がそのゲームを離れた後も、知る限り元の水準に戻ることは一度もなかった。
ユーザーのインサイトについての仮説の検証成功は、ゲーム自体のコンセプトの再定義にもつながった。
私たちのゲーム運営は、中世風のファンタジー世界でお気に入りのキャラクターと旅をする経験を提供するデジタルな芸能事務所になった。
私たちは事務所に所属するアイドル(=キャラクター)をゲーム内のイベントなどを通じてプロモーションし、露出をコントロールし、定期的に新たなアイドルをデビューさせるようになっていった。
このゲームは誰もが知る大ヒットタイトルにはなれなかったが、根強いファンに支えられ、他の多くのタイトルが2~3年で運営終了していく中、今年で8年目を迎えようとしている。
終わりに:学ぶことで人生は棚卸しされる
今回、消費者行動とマーケティングリサーチについて学んだことに基づいて私がやったことを振り返るなら、「掲示板に集まった定性データに基づいてユーザーのインサイトについての仮説を立て、そのインサイトにヒットさせるための施策をユーザーの行動データの定量的な分析に基づいて立て、それを実施することで仮説の検証を行った」と整理できるだろう。
しかし、当時の私は無我夢中だった。
このような新たな学びを得ての振り返りの機会がなければ、私は自分が一体どんな意味のあることをしたのかを知ることなく、一生を終えていたかもしれない。
仕事というのはだいたいこちらの準備が整うまで待ってくれたりはしないので、必死で走りながら考えていくものだけど、学び続けることで後から自分の経験に新たな意味と未来に続く示唆を得られたりするものだから、これからも仕事と学びは並走させ続けたい。