【北イタリアひとり旅:第2章】Ep.7/15-b 『ふたりのヴェネチアン』
自惚れているかもしれないけれど、間違いなく、5度目のヴェネチアはわたしを歓迎してくれているのだと思います。寝台特急がヴェネチア・サンタ・ルチア駅に定刻どおり到着したことも予想外でしたが、まさにいま日が出ようとせんばかりの頃に、カナルグランデを一望できるスカルツィ橋の真ん中に立つことができたのですから、寝台個室の硬いマットレスに文句を言っている場合ではありませんでした。
カメラのダイヤルをカチカチ回しながら、わたしはこの日の出をどんなふうに記録として残したいのか、考えます。朝6時のヴェネチアはさすがに静かで、ゆっくり呼吸を整えながら、カメラの最適な設定を模索しつつ、1枚1枚、丁寧に。
さて、ヴェネチア・サンタ・ルチア駅に着いてからブラーノ島へ向かうまでの道中、わたしはふたりのヴェネチアンと出会うことになります。わたしがヴェネチアンと呼んでいるだけで、もしかすると彼らはヴェネチアには住んでいないのかもしれませんが、その姿を見て"この方はヴェネチアンだろう"と思ったわたしを信じるほかありません。ともかく、わたしはこのふたりについて記しておく必要があるでしょう。
ひとり目は、スカルツィ橋でセルフィを撮る女性。6時すぎのヴェネチアに気品ある女性がひとり橋の上にいるというのは、いささか異様な光景に思われましたが、なるほど。彼女はきっとヴェネチアに住む貴族の末裔で、観光客のいない早朝を狙って、お忍びで街を散歩しているに違いない。そう思ってしまうくらいには、優雅で流麗で、そしてヴェネチアの街に溶け込んでいる女性でした。
ふたり目は、船で見かけたおじいさん。優しいまなざしから、時折みせる強いまなざしまで、さまざまな表情を持ち合わせたおじいさんを眺めながら、およそ1時間の船旅は飽きるはずもなく。
さて、旅はまだ始まったばかりだというのに、いましがた撮った写真よりも良いと思える写真を、果たして、今後の旅路で撮ることができるでしょうか。光に照らされたおじいちゃんの突き刺さるまなざしは、何処へ。もちろん、知るよしもありませんけれど。揺れる船の上で旅日記帳を開くことを想定していませんでしたから、まるでわたしにしか解読できないような汚い字ではありましたが、それでも、記しておいて良かったと思います。この先数百枚は撮るであろう写真を見返す時に、この文章は、きっと手掛かりになるはずです。
アナウンスのイタリア語はこれっぽっちも聞き取れやしませんでしたが、まもなくブラーノ島に到着することは、確かなようです。船に乗るみなが、降りる支度をしています。
鼻に潮っけを感じなが、ひとつ深呼吸。わたしも降りる準備をしなきゃ。
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