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文章を書くこと
自分の文章力・語彙力のなさに昔から気づいていたが、見て見ぬふりをしていた。しかし、近頃『ひとに説明する』ということが多く、その度に「うまく伝わらんなぁ」と思っている。
後輩に仕事の流れを説明し、若干の達成感を覚えながら「どうですか?いけそうですか?」と聞くと「あ……これってなんのための作業ですか?」と返ってくる。手段と結論だけだけ伝えて、目的を言い漏らしているのだ。
友達に「○○ってことがあって」と話すと「✕✕ってこと?」と首を傾げられる。完全に逆の意味で伝わっている。
社会人どころか日本人としてどうなんだ。さらにたちの悪いことに「喋るのが下手くそな自覚があるだけまだマシ」と思っている。
確かに無知の知とは言うが、無知の知はそこから先がきっと重要なのだ。己に知識がないことを知り、そこから勉学に励んだり周りのものを吸収しようと努力する。そうしてやっと真理に近づくことができるのだ。
なお私は「無知の知」が誰の言葉かを思い出せずに検索をかけた。ソクラテスだそうだ。大学で散々受けた哲学入門の授業が全く記憶に残っていない。母親が言った「先生が好きで受けてるだけでしょ」という半笑いの茶化しを思い出す。
話を戻す。
今「自分が喋るのが下手くそなことは知っている。知っているだけ」状態の私は行動を起こすべきだ。文章を読むのは大好きだし、書くのも嫌いじゃない。ショート・ショートを書くのも好きだ。書かないよりは書いた方がいい。習うより慣れろ。数打ちゃ当たる。最後はちょっと違う気もするが、とにかく数を書いて慣れたい。説明力をつけたい。それがこのnoteの開設理由だ。
結論を最後まで書かなかった時点で、もうすでに説明力がない。逆に考えれば、伸びしろしかないのかもしれないがポジティブすぎだろうか。
有澤おから