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タイサル!第28話「クリスマスにひとりで死にかけた話」

みなさんこんにちは、投稿中の原稿が2本とも査読で4ヶ月近く待たされていてイライラレベルがMAXの豊田です。

ベタの稚魚は元気に成長中です。

さて、前回は冷蔵庫のお話でしたが、今回は電子レンジを買うに至ったある事件のお話です。


事件のきかっけ

忘れもしません、2015年のクリスマス。

この年の9月からタイの田舎の調査地でひとりポツンとぼっち生活を送っていた私は、クリスマスの日も変わらずベニガオさんたちと森の中で過ごしていました。

職員さんに「ハッピークリスマス!(タイ発音では「ハッピークリッマッ」)」と言われても「今日もサルを見に行くよー」と返事し、哀れみの視線を背中に受けながら調査にでかけました。

その日の夕方、調査を終え部屋に帰ってきて、パソコンを開くと、こんなメールが届いていました。

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心臓が飛び出るかと思いました。

一応簡単に説明すると、日本学術振興会(通称:学振)とは、文部科学省所管の独立行政法人で、学術研究の助成、研究者の養成のための資金の支給などを行う機関です。研究者は、ここに研究計画を提出し、採択されるといわゆる「科研費」という研究資金がもらえます。

当時博士課程1年目の院生だった私は、学振の特別研究員DCに応募していました。特別研究員DCとは大学院生が応募できる事業で、「我が国の優れた若手研究者に対して、自由な発想のもとに主体的に研究課題等を選びながら研究に専念する機会を与え、研究者の養成・確保を図る制度(学振HPより)」です。研究課題を申請し、採択されると、研究奨励金(いわゆる給与)と研究費が3年ないし2年もらえます。

ベニガオザル研究開始当初の最大の難関は、研究資金獲得でした。私は指導教員とは全く違う地域の全く違う系統のベニガオザルを研究対象に選んだため、研究資金はすべて自力で確保せねばなりませんでした。修士の時に応募した申請書(DC1)は不採択だったのですが、私は腹をくくり、僅かな助成金と貯金を全額握りしめて渡タイ、自腹調査を開始したのでした。その年に出した2度目の申請書(DC2)は二次選考まで進み、10月に面接のため一時帰国をしました。このメールは、その面接審査の結果が開示されたという通知だったのです。

それまで幾度となく種々の申請書を出してきましたが、毎度「不採択」の連続でした。日本で霊長類学といえば花形はアフリカの類人猿研究。マカク属の、しかもベニガオザルなどという知名度もないマイナー種を対象としていた研究は、インパクトに欠けていました。

どーせまた今回も不採択だろうな、面接のための一時帰国費用、無駄金だったなぁ、と思いながら、システムにログインしたところ...

なんと、採択されていたのです!

私にとってはとんでもない朗報でした。これで翌年度から2年間、博士研究のために毎年研究費がもらえるのです。自腹研究ではまかないきれない遺伝分析の費用も捻出することができます。おまけに研究奨励金と言う名のお給料までもらえるようになるため、研究費が足りなくてもそこから工面することができます。なにより、見切り発車で全財産を投入して始めた「お手製の私費調査」が「ちゃんとした資金基盤のある研究」として本格的に軌道に乗って進み始めたのです。一気に研究の幅が広がり、将来が明るくなった瞬間でした。

先行投資は無駄ではなかった...!ひとり部屋の中を飛び回り、犬たちと部屋の周りを走り回り、大喜びでした。

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その日の夜に、事件は起きたのです。


カオムーデーンの罠

ぼっちの寂しいクリスマスの日に、国から大きなプレゼントを貰った私は、その日の夜はデータ整理もそこそこに切り上げ、ひとり祝杯をあげることとし、さっさとビールを飲み始めました。

適当に酔っ払ってきたところで夜ご飯を食べるのを忘れていたことに気づき、職員さんから受け取った夕飯を食べることにしました。

その日の夜ご飯は、カオムーデーンという料理。御飯の上に豚肉がのっていて、甘い赤色のタレをかけて食べる料理です。

実はこの時、ごはんのパックを空けた瞬間、ちょっと変なにおいがしました。


もしかしたら、腐っているかも...


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とはいえ、このカオムーデーンというのは、八角など様々な香辛料が使われているので、においも特徴的です。他に食べるものはありません。おまけに酔っ払っています。そして、ぼっち宴会の真っ最中。


判断力が鈍っていた私は、軽率にも「ま、えっか!」と食べてしまったのです。

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地獄の一週間のはじまり

酔いつぶれて寝落ちした私は、深夜に急激な寒気に襲われて目が覚めました。

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直感で、「あ、ヤバい」と感じました。

頭からサーっと血の気が引いていく感覚ののち、みるみる気持ち悪くなってきて、トイレに直行しました。

強烈な吐き気に襲われ、夜に食べたものを全部吐きました。

吐きまくって胃が空になる頃には腹痛に襲われ、今度はひたすら下痢に襲われました。

吐いては下痢、吐いては下痢、を一晩中繰り返した私は、朝方には意識が朦朧としていて、そのままトイレに倒れ込んでいました。高熱が出ていました。

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ようやく動けるようになった私は、なんとかシャワーを浴びて着替え、後はひたすら寝込みました。何も食べられず、水も飲めず、高熱にさいなまれながらずーっと寝ていました。吐いても吐いても胃液しか出ず、いよいよこれは死ぬかも、と思ったくらいでした。

一日寝込んでも一向に回復しなかったため、3日目にしてようやく最寄りの病院に運び込まれることとなりました。

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診断はもちろん食中毒。過度の脱水のため点滴をしてもらい、薬をもらって帰宅。その後1週間、寝込みました。


失敗から学ぶ

結局の所、食中毒を食らった原因は2つありました。

ひとつめは、その日たまたま職員さんが忙しかったため、朝食・昼食・夕食をまとめて朝買ってきて、一日室内に置いてあったからでした。そりゃいくらなんでも腐るやろ!

そしてふたつめは、私が夕飯を受け取ってからすぐに食べないからです。そうすると、受け取ってから数時間室温で置いておくことになります。実はこの時、部屋にはまだ電子レンジがありませんでした。そのため、冷蔵庫に入れてしまうと冷えて固まってしまうので、その日食べるご飯は基本室内に放置でした。

このカオムーデーンに関しては、すぐに食べていたところで結果は同じだったと思いますが、今回に限らず、普段から夕食はすぐに食べないことがしばしばありました。

たかだか1000バーツもしない電子レンジをケチったばかりに...

電子レンジを買わなければ、またいつか食中毒を食らう...

そう悟った私は、回復後、すぐに電子レンジの購入を決意したのです。


電子レンジを購入して変わったこと

電子レンジの導入で、調査地での食生活が激変しました。

まず、もらったご飯はすぐに冷蔵庫に入れて保管できるようになりました。食べる時に温めることができるようになったためです。

そして、冷凍食品やコンビニのお弁当を買っておくという選択肢が増えました。それまで私のご飯は基本買ってきてもらったものだけで、他の選択肢はせいぜいカップ麺程度でした。もし、買ってきてもらったものが「アヤシイ」と思ったら、冷凍食品なり買い置きのセブン弁当を食べるというリスク回避行動が可能になりました。

食中毒を機に電子レンジを購入したことで、週に一回、セブンにお買い物に行ってお弁当を買いだめしたり、makro(タイの業務用スーパー)で冷凍の唐揚げやシュウマイを買って備蓄するようになり、お買い物も楽しめるようになりました。

冷蔵庫と電子レンジという最強コンボのおかげで、より安全で、いろんなバリエーションのある、楽しい食生活を手に入れたのでした。


この事件以降、私の調査地での夕食候補から「カオムーデーン」は永久追放となります。カオムーデーンと聞いただけでお腹が痛くなり、あの甘い赤いタレを見ただけで吐き気がするようになったからです。

「ドクターにはカオムーデーンを出してはいけない」

というルールが、いつの間にか職員さんに浸透しました。


調査中に「あぁ、このまま死ぬかも」と思ったのは、今の所この事件だけです。当然、野外調査は常に危険と隣り合わせですので、後から振り返れば「あの時死んでいてもおかしくなかった」という突発的な出来事はちょくちょくあるのですが、時間をかけて死を覚悟した経験はこれだけです。今後もう二度とないことを祈るばかりです...

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タイサル!シリーズ過去の配信アーカイブはこちらから↓

連載コラム「タイでサル調査!研究奮闘記」配信開始のお知らせ
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n28a1dc0c9402
第1話「海外調査の生活拠点」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n985accf6fef3
第2話「調査地で楽しむタイ料理!食事編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n5444528ab0bb
第3話「シャワーも命がけ!?お水事情その①」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nf5bcd9a17bc1
第4話「シャワーも命がけ!?お水事情その②」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7c4f68bf12d1
第5話「シャワーも命がけ!?お水事情その③」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n56d26d529251
第6話「泥水との激戦を終えて」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n375ca4ab7be2
第7話「調査生活のオトモ!タイの犬たち」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7968f75aea75
第8話「その日のことはその日のうちに!調査の1日のルーティンワーク」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nfdac8fac1ec6
第9話「忘れ物確認ヨシ!調査時の装備について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n4fef7eb2e320
第10話「写真へのこだわり」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/na4da37e13e8d
第11話「誰だ誰だかわからない!個体識別の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1648bde20bab
第12話「ゲシュタルト崩壊!全頭識別への道」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n24c3478ea661
第13話「サルたちの名前の付け方の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nb6a8e6119ced
第14話「タイの仏教文化とサルたちの関係について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n9a7a6814730d
第15話「タンブン行為で私が心配していること」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nd1360f5568af
第16話「タイ生活の必需品、プラクルアンとは?」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n6bcc5b875bb5

タイ南北調査特集はこちらから↓
第17話「南北調査シリーズ開始&YouTubeチャンネル開設のお知らせ」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ncab1c13b6bf9
第18話「南部調査その①:Puckerを拝みに...キタブタオザル編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n5d3df0969439
第19話「南部調査その②:白いメガネが印象的!ダスキールトン編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/na32091a5b055
第20話「南部調査その③:見慣れたサルのはずなのに...ベニガオザル編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n3488e5942c1a
第21話「南部調査その④:アナタどこにでもいるわね!カニクイザル編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n219720155be3
第22話「北部調査その①:黄金の赤ちゃんを求めて〜ファイヤールトン編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ndeb079c8825c
第23話「北部調査その②:ガイコツの隣でうんち拾い...アッサムモンキー編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/naf23f701a677
第24話「南北調査おまけ:噂のココナッツモンキーを求めて−モンキースクール編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nfb50e551aa1a

第25話から調査地シリーズに戻ります↓
第25話「年に一度の風物詩!コウモリ集団飛翔の撮影秘話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n0b4911b372e2
第26話「気づけば部屋が虫だらけ!マレーンマオ大量発生の悲劇」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n264fade216ea
第27話「思い出いっぱい!タイで購入したmy冷蔵庫の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n071966d6f39a

番外編の過去の配信アーカイブはこちらから↓
私論:「ココナッツモンキー」は動物虐待なのか?
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ne6add28fc064
遺跡の街ロッブリーに住むカニクイザルの歴史
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1679cb4029b2

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イラストレーターのはなさわさんのサイトはこちらです。
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