やるやらないの境界
■モチベーション
「あーモチベーション上がんねー」「モチベーション上がんねーから終わり」よく聞く言葉。私も使います。でもこれは人として失格だと思う。
なぜなら?やり始めるには目標があり、それに向かって進む。途中で途切れるのは自分に問題がある。それを修正せずモチベーションと言う単語を多用するのはおかしい。
■持続できるできない
内的要因と外的要因があると思う。やるやらないのとっかかりはまず内的要因。自分で「やるぞ〜」って決めないと始まらない。それを持続できるか?どうか?は外的要因(自分は外乱とも呼ぶ)の多さ少なさ。つまり、いかに物事に集中できるかが鍵だと思う。
■鍵の多さ
外乱に打ち勝つ鍵をどれだけ持っていますか?一糸乱れぬ心があれば、レーザービームの様に目標に進みますよね。でもナカナカそんな人はいない。弱い光を如何に強く発し、弱くてもいつも間にか相手の網膜に焼き付けられるか?実は色んな鍵を人それぞれ身につけている。
それに気づいて「鍵の使い分け」をする奴は強いと思う。
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180725
はてなブログに投稿
したものを今回加筆修正せずに転記
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以下今回の投稿にあたって
今の気持ちを追記
・モチベーションは自分で管理するもの
・「あーモチベーションあがんねー」は個人の感情(暑い寒い)と同じ
・個人の負の感情を上書きしない
・一旦オファーは受ける
・後ろを振り返らず一気に走り抜ける