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NeuroAIとは
本記事では、アラヤのニューロAI事業部の名称であるNeuroAIについてご紹介します。
近年、2017年のTransformer登場以降人工知能(AI)研究は急速に発展し、特に2022年末のChatGPT登場以降社会での注目度が高まり、従来のディープラーニング手法を基盤とした大規模言語モデル(LLM)による医療・ビジネス・学術領域で進歩が加速しています。
しかし、目覚ましい発展を遂げている現在のAIにも、訓練データ量や消費電力をはじめとした多くの課題が存在します。
NeuroAIは近年急速に注目を集めており、5年ほど前まではほとんど聞かれなかったこの言葉が、今やワークショップや学術プログラムが多数立ち上がるホットな研究領域となっています。
NeuroAIはその名の通り、AIと神経科学(Neuroscience)の学際的な融合領域を指します。
その大きな特徴に以下の2点のように双方向のアプローチを取る点が挙げられます。
脳の知見を活かしてAIモデルを改良し、人間のような知能に近づけるアプローチ (Neuro-inspired AI)
AI技術(特にニューラルネットワーク)を用いて脳の働きをモデル化・解析し、神経回路が情報処理する仕組みを理解するアプローチ (AI-oriented neuroscience)
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このように「脳からAIを学び、AIで脳を理解する」という好循環により、両分野の発展を加速することがNeuroAIの狙いです。
この記事ではNeuroAIの特徴や目指されている利点を整理し、期待されている社会的・産業的インパクトと課題についてまとめます。
1.NeuroAIの歴史的背景
これまでもAIと神経科学の共進化がAI開発の重要な推進力となってきました [Doya et al., 2022]。
1940年代のvon Neumannによるコンピュータアーキテクチャの考案から、1960年代のHubel & Wieselの視覚処理回路研究に基づく畳み込みニューラルネットワークの開発が進みました。
さらに、1970年代以降のRescorla & Wagnerの行動学習のモデル化は、Sutton & Bartoによる強化学習の誕生を経て、ニューラルネットワークとの融合を果たし、デミス・ハサビスらGoogle DeepMindによるAlphaGoなどの囲碁で世界チャンピオンを打ち負かすAIの基盤である深層強化学習の開発をもたらしました。
現在のAIシステムは、チェスや碁や試験などの様々な認知的な課題では人間を上回る性能を持ちますが、4歳児にも劣る基本的な感覚運動能力、予測不可能な環境での適応能力の欠如という課題を抱えていると指摘する研究者グループも存在しています [Zador et al., 2023]。
このようなAIと神経科学の共進化は、脳の仕組みをAIに組み込むことによって進んできました。
それに対してNeuroAIでは、訓練済みのDNNモデルを利用することで、脳とAIの刺激に対する内部表現の対応関係やAI自体の内部表現などを定量的に解析することが可能になってきています [神谷, 2023]。 これがAIと神経科学の共進化の新たな展開であると考えられています。
2.NeuroAIが目指す3つの重要な機能
NeuroAIは特にどのような神経科学の知見を活かそうとしているのでしょうか?
ZadorらによるとNeuroAIにおいて、脳には柔軟な学習能力、身体性を持つ知能、エネルギーの効率性という3つの目指すべき機能があるとしています [Zador et al., 2023]。
柔軟な学習能力
動物の特筆すべき能力として、新たなタスクのために過去の知識を応用できることや、それにより過去のタスクを忘れてしまったりしないことなどが挙げられます。
一方で現在のAIシステムには学習の仕方をAIに学ばせるメタ学習や既存のモデルに新しいタスクを学ばせる転移学習といった手法が存在し、様々な認知課題で人間を上回る性能を示すことがありますが、学習には大量のデータと訓練が必要です。さらに、学習したタスクの規則が少し変更されただけでも性能が大きく低下する「脆弱性」を持っています。
例えば、現代のAIはビデオゲームなどで人間のパフォーマンスを簡単に上回ることができますが、小さな変化に非常に敏感です。ゲームのルールを少し変更したり、入力のピクセルを数個変更したりするだけで、致命的なパフォーマンスの低下につながる可能性が指摘されています [Huang et al., 2017]。
身体性を持つ知能
Zadorらは、生物の感覚運動能力を評価の中心に据えた身体化チューリングテスト (Embodied Turing Test)の提案をしています。これは、従来の言語能力中心の評価から、生物が持つ基本的な感覚運動能力の評価へと焦点を移すものです。例えば、ビーバーの巣作りや、リスの木登りなど、種特異的な行動の再現を目指しています。
現在のLLMの言語能力を、視覚・聴覚・運動など他のモダリティと統合することで、言語だけでなく行動や感覚と連動した汎用AIシステムの実現が可能となります。
ヒトや動物の知性は感覚運動等に裏付けされており、その感覚運動を通した内部モデルの獲得を目指しています。このように脳の活動だけでなく感覚運動に関わるデータ取得、生体センシングも重要になっています。例えば、動物の行動トラッキングで知られているDeepLabCutもBertarelli Foundationの統合神経科学講座のマッケンジー・マティス教授のチームによって開発されています※1 [Matis et al., 2018]。
※1 DeepLabCut
エネルギー効率性
生物の脳は、近年のLLMと比較して非常に高いエネルギー効率で動作します。例えば、GPT-3の学習には1000MWh以上が必要な一方、人間の脳は20W程度を維持することで知られます。この違いを生む要因は2つのレベルにあると考えられます。
・ソフトウェア:LLMは、テキストなどの時系列情報を高度に並列化された自己注意機構で処理します。一方で脳はより再帰処理の性質を帯び、時系列情報のうち重要でない部分をそもそも処理しない、といった効率化をしていると考えられています。
・ハードウェア:人工ニューラルネットワーク(ANN)はすべてのニューロンが連続値を持ち高度な行列計算を繰り返しますが、脳の神経細胞は非常にスパースで刺激に応答する神経発火(スパイク)によって情報処理を行うと考えられています。活動頻度の高いニューロンでも毎秒100+回程度の発火にとどまり、高いエネルギー効率を実現しています。
さらに、脳型のネットワーク構造や、実際の神経細胞に近い計算モデルを採用したり、ヘッブ学習やスパイクタイミング依存可塑性(STDP)などといった局所的な学習則と可塑性を利用したり、神経細胞を模倣した動きをするニューロモーフィック・チップを利用しメモリと計算の統合を行ったりすることで、高いエネルギー効率性を実現させようとするIntelなどの企業も出てきています。※2。
※2 インテル 世界最⼤規模のニューロモーフィック‧システムを構築して サ ステナビリティーの⾼いAIを実現(閲覧日:2025年2月14日)
NeuroAIは、これらの特徴により、生物が持つ省エネルギーな学習や適応力をAIに組み込むことを目指します。
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3.NeuroAIによる新たな進歩の可能性
NeuroAIによって、現在のAIと脳の長所を統合し、マルチモーダルデータによる身体化、相互検証と解釈性の向上などの補完的効果も期待されています。
マルチモーダルデータによる身体情報の組み込み
LLMの言語能力を、視覚・聴覚・運動など他のモダリティと統合することで、ヒトや動物で可能になるような言語だけでなく行動や感覚と連動した汎用AIシステムの実現が可能となります。これにより、現在のAIが苦手とする行動や感覚に強みを持つAIと言語に特化したAIの融合によるシームレスな連動が期待されます。
たとえば、LLMが高次の推論を行い、その出力をニューロモーフィックな制御システムが実世界での動作に反映する、といったアプローチが考えられます。
相互検証と解釈の向上
NeuroAI的な手法により、LLMなど訓練済みのモデルの内部表現を脳の情報処理と対応付けて解析することで、ブラックボックスであるLLMの解釈性を高める試みがあります [Sucholutsky et al., 2024]。すでに、訓練済みのモデルと脳の情報表現が一致するのかを確かめる分野として表現アライメントという分野の取り組みも始まっており、機械学習における著名な国際学会 The International Conference on Learning Representations (ICLR) でも2024年からワークショップが開催されています※3 。
※3 ICLR 2025 Workshop on Representational Alignment (Re-Align)
また、訓練済みのモデルの内部表現を脳の解析手法等を用いてリバースエンジニアリングする研究領域、機械論的解釈可能性 (mechanistic interpretability)[Bereska & Gavves, 2024]も進められています。これにより、AIがどのように計算の実行や概念の学習をしているかを通して、AIの予想外の動きや暴走を防ぐ取り組みも始まっています。
脳のデジタルツインとBMI(ブレインーマシン・インターフェイス)
将来的には、NeuroAIによる脳活動のモデル化とLLMの言語生成能力を組み合わせ、神経信号からの意図解読や言語出力を実現するシステムが、医療やリハビリテーションの分野で大きなインパクトを与える可能性もあります。
すでに、脳波などの脳活動を抽出しLLMを組み合わせることでより柔軟に意図を読み取ったりPC操作をしたりする取り組みも始まっています。今後、脳のモデル化が進むことで産業領域でも広がっていくかもしれません。
4.研究の課題と展望
すでに機械学習分野で著名な学会であるNeurIPS (Conference on Neural Information Processing Systems)だけでなくアメリカ国立衛生研究所(National Institutes of Health, NIH)でワークショップが複数回開されるなど、NeuroAIの注目度も高まっています※4&5。しかし、分野の発展には、エコシステムの育成が不可欠と指摘されています。
※4 NeuroAI: Fusing Neuroscience and AI for Intelligent Solutions Workshop
※5 2024 BRAIN NeuroAI Workshop
Luppiらは、NeuroAIが発展していくために必要な取り組みを人材育成、インフラ整備、研究支援体制の三つの観点でまとめています [Luppi et al., 2024]。
人材育成
NeuroAIを進めていくためにはどのような知識や経験が必要なのでしょうか?
現在、AIと神経科学に精通した専門知識を両方持つ人材は少なく、学際的な教育プログラムが不足しており、学習過程でも産業界の経験を積む機会が少ないことが大きな問題とされています。
大学や大学院で学際的カリキュラム(AIと神経科学の融合カリキュラム)を整備したり、インターンシップの機会を増やし、産業界との連携を強めたりすることで、NeuroAIのエコシステムを拡大させていくことが必要となるでしょう。
他にもオンライン教材の充実化が進められており、コミュニティ主導のオンラインコースであるNeuromatch AcademyではNeuroAIのコースも開始しています※6。
インフラ整備
NeuroAIの取り組みには、GPUなどの計算資源や大規模なデータへのアクセスが必要不可欠です。しかし、機関ごとにこれらの資源は分散しており、プライバシーや知的財産の関係からオープンデータの公開も遅れているようです。
これらに対処するために、研究データやモデル、計算環境を共同利用できるクラウドプラットフォームやデータやコードを積極的に公開して整備し、誰もがアクセスできるようにすることが考えられます。
すでに、Openneuro※7などデータが共有されるようなレポジトリの整備やデータ解析のためのツールであるbrainlife.io※8[Hayashi et al., 2024]など、脳データ解析のプラットフォーム構築もすでに始まっており、今後はこういった解析環境の整備も重要になってくるでしょう。
さらに、マウスの脳データを複数の研究機関で連携し取得する取り組みとして知られるInternational Brain Laboratory※9では、同じ実験プロトコルを共有し、データアクセスについても積極的に行う取り組みも始まっています※7。
※7 OpenNeuro
※8 brainlife.io
※9 International Brain Laboratory
このように、オープンサイエンスの徹底による研究の加速を促し、共有資源の活用は環境負荷の低減を行っていくことが重要になります。
研究支援体制
最後は、研究資金や助成金制度や、キャリアパスなどの研究支援の体制の問題です。
NeuroAI分野向けの専用資金が乏しい。Luppiらの調査では51%の訓練生がNeuroAI専用の資金を受けておらず、25%は資金不足が研究の主要な障壁と回答しています。
さらに現在NeuroAIの専門職ポストがほとんどなく、若手は神経科学か情報科学などの分野に居場所を求めることが多いようです。
政策的にNeuroAI研究を支援する公的助成やファンドを創設し、学際研究を継続的に支えることも重要です。大学・企業からの共同出資やコンソーシアム型の資金プールを作り、計算資源やデータ収集への助成を行うことも重要になるとLuppiらは指摘しています。
Luppiらは、NeuroAI等を学ぶことができる教材や組織などのリンクも公開しています。本格的に学びたい方はこういった教材から学べることも多いでしょう※10。
5.まとめ
この文章では、NeuroAIについてその背景と技術的特徴からその社会的インパクトや課題についてまとめました。アラヤでは、NeuroAIによって、ヒトと動物などの自然の脳から学び、AIのさらなる効率的な学習や汎用性の獲得を目指します。
よりエネルギー効率が高いAIが開発されれば、軽量だが汎用的なAIが増加し、ヒトができることはますます多くなっていくことでしょう。
NeuroAIを実現していくためには、学術機関のみならず産業界との連携も重要になるでしょう。現在、アラヤでは、研究開発部を中心にBMIや新たなAIアーキテクチャの研究開発を進めています※11。
NeuroAI事業部では、脳データを含む生体データを取得・解析することで事業開発の支援、解析プラットフォームの構築、医療機器プログラム開発を通じてNeuroAI構築の事業基盤を構築しています※12-13。
※11 アラヤリサーチ
※12 脳神経科学 研究・支援サービス NeuroHatch
※13 ARAYA Research DX
脳から学び新たなAIを作る未来をアラヤは目指しています。
<執筆者>
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濱田 太陽 Ph.D.
株式会社アラヤ NeuroAI事業部 ニューロテックチーム/チームリーダー
沖縄科学技術大学院大学(OIST)科学技術研究科博士課程修了
2022年より、Moonshot R&Dプログラム (目標9)「逆境の中でも前向きに生きられる社会の実現」(山田PMグループ)のPrincipal Investigatorとして前向き状態に関するモデル化に従事
研究テーマは好奇心の神経計算メカニズムの解明や大規模神経活動の原理解明
AIとニューロサイエンスが生み出す未来のために社会実装に日々明け暮れている
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野辺 宣翔
株式会社アラヤ NeuroAI事業部 ニューロテックチーム/シニアリサーチャー
東京大学大学院で神経生物学の修士号を取得
同大学院博士課程/アラヤインターン生を経て
2022年に研究員・商品開発スタッフとしてアラヤに正式入社
主な研究テーマは
1.非侵襲的神経記録と機械学習を用いたBCIなどのニューロテック製品の開発
2.差分神経モデルを用いた人間の知能・意識の源泉の探索
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蓬田 幸人 MD, Ph.D.
株式会社アラヤ NeuroAI事業部/部長
東北大学医学系研究科にて博士号(医学)を取得
その後玉川大学脳科学研究所にて日本学術振興会特別研究員、嘱託研究員、特任准教授、国立精神経・医療研究センターにて室長として機能的MRIを中心とした脳機能イメージング研究に従事
2021年8月にアラヤへ入社し、ニューロテック領域の事業開発に取り組んでいる
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ニューロテックによる研究開発支援サービスNeuroHatchを提供しています。
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