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薬としてのデイリーヤマザキ「豆いっぱいよもぎ大福」

 「やらない」ことは多い。
一昨日の夢もそうで、殺し屋教室に向かうために急いでいたところで、自分の格好が気になってしまい、引き返すというものであった。

 私はレオタード姿であった。

 殺し屋教室がどんな場所なのかわからないが、光沢のある黄色いタイツの腰に青いスカーフを巻いた格好で行くのはどうなのか。襟もフレディマーキュリーがステージで着てそうなタンクトップよりだいぶ深めのU字で、なんならTシャツっぽいというより肌着っぽく、肌着っぽいというよりもレスリングの昔のユニフォームっぽい。もしかしたら殺し屋教室にはザンギエフとキャッツアイを煮詰めたようなひとたちが待ち受けてる可能性もゼロではないが、とりあえず、私には似合わないし、違う服が着たい。降りてきた階段を登りはじめたところで、目が覚めた。
 時刻は六時。私はよく寝た。よく寝た男であった。9時に寝たので9時間か。夢だった。よかった。
 妻が「風邪、大丈夫?」と聞いてくれた。
 「うん、ありがとう」
 朝起きるとすこぶる体調がよかった。喉に、あと左のこめかみに、あるかないかわからないくらいの小さな痛みがあるだけだ。前日の、喉だけでなく頭も喉も肘も膝も痛いなか、働かざるをえなかった状況に比べると、すんばらしく良い。
 土曜休みの日にもかかわらず、妻は起きてきて、一緒に朝ごはんを食べると言う。
 自分のカフェオレと、妻のコーヒーをいれて、OKのくるみパンを半分こする。外は雨だった。ふたりで食べて、仕事のために家を出た。
 睡眠はばっちりで、霧雨で静かな朝が気持ちがよかった。「ちゃんと寝る」ってなんて素晴らしいんだろう。すこし早めに出たこともあって、職場の最寄り駅からは、雨がふらないうちに移動ができた。働いているうちに、喉の痛みも頭の痛みもすっかり消えて、定時まであっという間だった。帰りは雨。でもいい。あと一日働けば休みだ。それにたぶん、明日はもっと体調がよくなるはず。
 家に着くと、おでんが待っていた。コウケンテツさんが昔のオレンジページにのせていたレシピで、大根と鳥もも肉のシンプルでおいしいやつだ。
 お薬もらってきたよ、と妻が言って、両手で差し出すように何かをくれた。何かなと思って見ると、明らかに薬とは思えないプラスチックの膨らみが、処方薬の白い紙袋に入ってる。まさか、これは。
 袋を開けてみると、やはりデイリーヤマザキの豆大福であった。20%オフのシールが貼ってある。
 「よもぎのやつ、初めて見たからさ」
 私が体調をくずしたり、しょんぼりしたりしていると、あんこの入ったものをくれるのが、妻の素敵でやさしいところの一つなので、「ありがとう!」と、おおいに感謝と喜びを伝えると、私の笑顔につられて、妻もにこにこしてうれしそうであった。
 ついでに久しぶりに、まじまじと顔を見てみると、いつも以上にきらきらして見える気がしたのだけど、大福をもらったせいか、夕飯に好物を作ってもらったせいかもしれないと思って何も言わないことにした。
 『恋せぬふたり』の最終回を見ながらごはん。
 よかった、とても。

 食後、「薬」を服用しようとすると、するどい視線を感じた。視線をたどると、長女が物欲しげに私の「薬」を見ている。 「食べる?」と聞くと長女は無言で何か言いたげであった。次女にも聞くと「いらない」という。
 すかさず、妻が「それはお父さんの薬だから」という。
 そう、限りなく豆大福に近いし、もう豆大福でしかないくらいに豆大福なのだが、「薬」なのである。それに、私は口がいやしい、食いしん坊なので、なんなら一人占めして食べたい気もしていた。が、いちおう父親のはしくれでもあるので、ぐっとこらえ、「いや、大丈夫だよ、一口たべる?」と聞く。
 長女は「いや、風邪のお薬だからね」とさびしげにつぶやいたが、どうやらあきらめきれないようで、食べものをもらえなかったチンパンジーのように指をくわえ、アピールをつづけていた。
 お父さんはこれを食べて九時に寝るらしいよ、と妻が言う。もうほぼほぼ治りかけなんです、とは言えず、申し訳ないような親として大人として独り占めしてはずかしいような気で豆大福をふたくち食べたが、三口目には罪悪感など消え失せて、豆大福のことしか考えられなくなっていた。
 「風邪、うつっちゃ悪いしね」
うん、うまい。デイリーヤマザキの特撰豆いっぱいよもぎ大福うまい。ほんとうまい。大福うまい。ごめん、長女。はむはむ。むしゃむしゃ。

 長女は小さいころ、次女のお薬シロップをほしがって、病院の先生に「帰ったら、おうちのハチミツをお薬にしてもらおうね」と優しく諭されていたことがあり、私が豆大福を食べ終わるころには、その話で盛り上がっていた。

 今度、風邪をひいたら「お薬」買ってくるね。

 妻の言葉に、長女はうれしさをかくしきれない様子だった。ちなみに、風邪に豆大福は効用があると思えないけど、あんこ好きの私にとっては少なくとも心の栄養にはなるのである。

 食後は、洗いものもお風呂掃除もやる元気があって、よもぎ豆大福パワーを実感した。もちろん個人の感想である。ちなみに、妻がきらきらしたように見えたのは偶然でも気のせいでもなく、美容院に行って整えてきたからだと判明した。
 正直に「なんか、きらきらして見えたんだけど、大福もらったせいかなと思ってた」というと、妻の笑い声が聞こえた。


 寝るのは9時半を過ぎてしまった。長女がパトロールに来て、9時すぎてるよと私に笑いかけたので、なんかうれしかった。

 「今度、風邪ひいたら豆大福買ってくるね」

お布団のなかで、天井を見ながら思った。

2024/10/05 土曜日

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