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論文まとめ545回目 SCIENCE アラスカのウミガラス個体数が海洋熱波により約半数が死滅し、8年経過後も回復の兆しが見られないことを報告した研究!?など
科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。
さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、ついつい狭くなる視野を広げてくれます。
一口コメント
Neanderthal ancestry through time: Insights from genomes of ancient and present-day humans
時を超えたネアンデルタール人の遺伝的痕跡:古代人と現代人のゲノムからの洞察
「私たちのDNAの約1-2%はネアンデルタール人由来です。この研究では、59人の古代人と275人の現代人のゲノムを分析し、ネアンデルタール人との交雑がいつ、どのように起こったのかを明らかにしました。その結果、約47,000年前から約7,000年間にわたって、アフリカを出た現代人とネアンデルタール人が交雑していたことが分かりました。また、交雑後100世代ほどの間に、有利な遺伝子は残り、不利な遺伝子は淘汰されていったことも判明しました。」
Natural selection could determine whether Acropora corals persist under expected climate change
気候変動下でのミドリイシサンゴの存続は自然選択によって決まる可能性
「温暖化によってサンゴは白化して死んでしまいますが、中にはより熱に強いサンゴも存在します。この研究では、そのような熱耐性の高いサンゴが自然選択によって生き残り、次世代に受け継がれていくかどうかを、コンピューターシミュレーションで予測しました。その結果、温室効果ガスの削減で温暖化を2℃以内に抑えられれば、サンゴは適応できる可能性が高いことがわかりました。一方で削減が進まないと、適応が間に合わず絶滅する可能性が高いことも示されました。」
Catastrophic and persistent loss of common murres after a marine heatwave
海洋熱波後のウミガラスの壊滅的かつ持続的な個体数減少
「2014年から2016年にかけて起きた海洋熱波により、アラスカのウミガラス(海鳥の一種)の個体数が劇的に減少しました。13のコロニーで52-78%もの個体数が減少し、約400万羽という膨大な数の鳥が死亡したことが判明。これは近代における野生生物の大量死としては最大規模です。それから8年経った現在も回復の兆しは見られず、海洋生態系が大きく変化した可能性を示唆しています。」
Abyssal marine tectonics from the SWOT mission
深海底構造のSWOTミッションによる観測
「地球表面の71%を占める海洋の海底地形は、月や火星、金星よりも詳しく調べられていませんでした。これまでは船舶による音響測深や衛星による高度計測が使われてきましたが、それぞれ空間的なカバー範囲や解像度に限界がありました。新しいSWOT衛星は広範囲の海面高度を高精度で測定できる革新的なレーダー技術を使用し、わずか1年間の観測で8キロメートルの解像度での海底構造の検出を可能にしました。」
Autologous DNA mobilization and multiplication expedite natural products discovery from bacteria
自己DNA移動と増幅による細菌からの天然物発見の迅速化
「抗生物質の耐性遺伝子が細菌間で伝播する仕組みにヒントを得て、新しい遺伝子操作技術「ACTIMOT」を開発しました。この技術は、CRISPR-Cas9を使って細菌の染色体から目的の遺伝子群を切り出し、同じ細胞内のプラスミドに移し替えて増幅することができます。これにより、通常は生産量が少なく発見が困難な天然化合物の生産を大幅に向上させることが可能となり、4つの新規化合物群の発見につながりました。」
要約
現代人ゲノムに残るネアンデルタール人のDNAは、約47,000年前から7,000年間の交雑によるものだと判明
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adq3010
現代人ゲノムに含まれるネアンデルタール人由来のDNAを300人以上の古代人と現代人で分析し、交雑の時期や自然選択の影響を解明した研究です。
事前情報
現代人の遺伝子の1-2%はネアンデルタール人由来
交雑の時期や自然選択の影響については不明な点が多かった
古代DNA分析技術の進歩により、過去の遺伝的変化を追跡できるようになった
行ったこと
59人の古代人と275人の現代人のゲノムを分析
ネアンデルタール人由来のDNA断片を特定し、時代や地域による分布を調査
統計的手法で交雑時期と自然選択の影響を推定
検証方法
ネアンデルタール人のゲノムと現代アフリカ人のゲノムを参照配列として使用
DNA断片の長さと分布から交雑時期を推定
ゲノム上の位置による頻度の違いから自然選択の影響を分析
分かったこと
交雑は約50,500年前から43,500年前の間に集中
交雑後約100世代で急速な自然選択が働いた
有利な遺伝子は残り、不利な遺伝子は除去された
研究の面白く独創的なところ
古代DNA分析により、過去5万年にわたる遺伝的変化を追跡
交雑が単一の長期的なイベントだったことを示した
自然選択の影響が予想以上に急速だったことを発見
この研究のアプリケーション
人類進化の理解の深化
遺伝子流入が集団に与える影響の理解
現代人の遺伝的多様性の起源の解明
著者と所属
Leonardo N. M. Iasi マックスプランク進化人類学研究所
Manjusha Chintalapati - カリフォルニア大学バークレー校
Priya Moorjani - カリフォルニア大学バークレー校
詳しい解説
この研究は、現代人ゲノムに含まれるネアンデルタール人由来のDNAを、過去5万年にわたって追跡した画期的な研究です。分析の結果、ネアンデルタール人との交雑は約50,500年前から43,500年前の間に集中して起こり、その後の約100世代という比較的短期間で、有利な遺伝子は保持され、不利な遺伝子は除去されるという急速な自然選択が働いたことが明らかになりました。この発見は、現代人の遺伝的多様性の起源をより深く理解する上で重要な知見を提供しています。
気候変動下でのサンゴの自然選択による適応可能性と限界を解明した画期的研究
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adl6480
気候変動によるサンゴの大量死が懸念される中、サンゴが自然選択を通じて適応できるかを生態学的・進化的モデルで検証した研究。温暖化を2℃以内に抑えられれば、サンゴは適応できる可能性が示された一方、それ以上の温暖化では絶滅リスクが高まることが明らかになった。
事前情報
サンゴ礁は海水温上昇に極めて脆弱で、わずか1-2℃の上昇でも白化が起こる
海洋熱波の頻度と強度は気候変動で増加傾向
サンゴの熱耐性には個体差があり、遺伝的基盤を持つことが示唆されている
行ったこと
パラオの95のサンゴ礁を対象に、ミドリイシサンゴの生態学的・進化的シミュレーションモデルを構築
異なる温室効果ガス排出シナリオ下での、サンゴの適応と個体群動態を予測
熱耐性の遺伝率の影響を検証
検証方法
サンゴの個体群動態、熱耐性の遺伝、生態学的連結性を組み込んだモデルを開発
IPCCの異なる排出シナリオ(SSP1-2.6、SSP2-4.5、SSP5-8.5)を使用
熱耐性の遺伝率を0から1まで変化させて感度分析を実施
分かったこと
2℃目標達成なら93-99%の確率でサンゴ個体群が存続可能
中程度の排出シナリオでは75-99%の存続確率
最悪シナリオでは2057-2070年までに局所絶滅の可能性
適応の速度は約2℃-週/10年で、高排出シナリオでの昇温速度(3-4℃-週/10年)に追いつけない
研究の面白く独創的なところ
サンゴの生態と進化を統合した初めての包括的モデル
熱耐性の遺伝的基盤に基づく適応可能性の定量的評価
気候モデルの不確実性も考慮した堅牢な予測
この研究のアプリケーション
気候変動対策の科学的根拠として活用可能
サンゴ礁保全戦略の立案に貢献
遺伝的多様性を考慮したサンゴ礁の保護区設計に応用可能
著者と所属
Liam Lachs Newcastle University & University of British Columbia
Yves-Marie Bozec - The University of Queensland
Peter J. Mumby - The University of Queensland & Palau International Coral Reef Center
詳しい解説
この研究は、気候変動下でのサンゴの存続可能性を、自然選択による適応の観点から検証した画期的な研究です。特に注目すべきは、サンゴの生態学的特性と進化的プロセスを統合したモデルを構築し、異なる気候変動シナリオ下での予測を行った点です。結果は、温暖化を2℃以内に抑制できれば、サンゴは自然選択を通じて適応できる可能性が高いことを示しています。しかし、それ以上の温暖化では適応が追いつかず、個体群の存続が危ぶまれることも明らかになりました。この知見は、気候変動対策の重要性を科学的に裏付けるとともに、サンゴ礁の保全戦略に重要な示唆を与えています。
海洋熱波により400万羽のウミガラスが死滅し、個体数が半減して回復の兆しが見られない深刻な事態
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adq4330
アラスカのウミガラス個体数が海洋熱波により約半数が死滅し、8年経過後も回復の兆しが見られないことを報告した研究。
事前情報
海洋熱波は海洋生態系に深刻な影響を与え、一次生産から高次捕食者まで影響する
海鳥の死亡は熱波と関連して観察されるが、個体群への影響は十分に理解されていない
ウミガラスは北太平洋の重要な海鳥である
行ったこと
2008-2014年(熱波前)と2016-2022年(熱波後)のウミガラスの個体数を13コロニーで比較
個体数減少の規模を推定
回復状況の評価を実施
検証方法
13のコロニーでの長期的な個体数モニタリングデータを解析
ベイズ統計モデルを使用して個体数変動を推定
熱波前後の個体数を比較
分かったこと
熱波後、ウミガラスの個体数が52-78%減少
約400万羽が死亡したと推定
2022年時点でも個体数の回復は見られない
研究の面白く独創的なところ
近代最大規模の野生生物大量死を定量的に評価
海洋熱波の長期的影響を実証
生態系の不可逆的な変化の可能性を示唆
この研究のアプリケーション
気候変動が海洋生態系に与える影響の予測
海鳥保護政策への活用
海洋生態系の健全性指標としての活用
著者と所属
Heather M. Renner アラスカ海洋野生生物保護区
John F. Piatt - 世界ウミスズメ会議
Julia K. Parrish - ワシントン大学水産科学部
詳しい解説
本研究は、2014-2016年の海洋熱波がアラスカのウミガラス個体群に与えた壊滅的な影響とその後の回復失敗を明らかにしました。約400万羽という前例のない規模の大量死は、気候変動が海洋生態系に与える深刻な影響を示しています。8年経過後も回復が見られないことは、生態系が新しい平衡状態に移行した可能性を示唆し、今後の保護活動や気候変動対策の重要性を強調しています。
SWOTミッションによる1年間の観測データから、過去30年の衛星観測よりも詳細な海底地形図の作成に成功
https://www.science.org/doi/10.1126/science.ads4472
NASA-CNESの共同Surface Water and Ocean Topography (SWOT)ミッションによる1年間の観測データを使用して、従来の30年分の衛星観測データよりも詳細な海底地形図の作成に成功した研究。
事前情報
地球表面の71%を占める海洋の海底地形は、月や火星、金星と比べて詳細な地図化が遅れている
これまでは船舶による音響測深や従来の衛星による高度計測が主な観測手段だった
それぞれの手法には空間的カバー範囲や解像度の限界があった
行ったこと
SWOT衛星による位相干渉型広視野レーダー高度計を用いた海面高度の高精度測定
1年間の観測データを使用した海洋重力場の解析
8キロメートルの空間解像度での海底構造の検出
検証方法
SWOTレベル2海洋データバージョンCの解析
従来の30年分の衛星観測データとの比較
海底地形図作成アルゴリズムの開発と検証
分かったこと
1年間のSWOTデータで30年分の従来型衛星データよりも詳細な海底地形情報が得られた
8キロメートルの空間解像度で海底構造を検出できることが実証された
深海底の地形や構造をより正確に把握できるようになった
研究の面白く独創的なところ
新しい広視野レーダー技術により、短期間で高精度な海底地形図作成を実現
従来の30年分のデータを1年で上回る成果を達成
海底地形図作成の新しい可能性を開いた
この研究のアプリケーション
水深図作成の精度向上
プレートテクトニクスの再構成
海中航行の安全性向上
深海での混合現象の理解促進
著者と所属
Yao Yu スクリプス海洋研究所、カリフォルニア大学サンディエゴ校
David T. Sandwell - スクリプス海洋研究所、カリフォルニア大学サンディエゴ校
Gerald Dibarboure - フランス国立宇宙研究センター(CNES)
詳しい解説
本研究は、NASA-CNESの共同ミッションであるSWOTによる革新的な海洋観測の成果を報告しています。従来の衛星観測では30年かかっていた詳細な海底地形図の作成を、わずか1年間の観測データで上回る精度で実現しました。位相干渉型広視野レーダー高度計という新技術により、8キロメートルという高い空間解像度での海底構造の検出が可能となり、海洋学や地球科学の研究に大きな進展をもたらすことが期待されています。
CRISPR-Cas9を用いた遺伝子クラスターの増幅技術により、バクテリアから新規天然化合物を効率的に発見できる手法を開発
https://www.science.org/doi/10.1126/science.abq7333
細菌の染色体上の生合成遺伝子クラスターを同一細胞内のプラスミドに移し、増幅する新技術「ACTIMOT」を開発し、これまで発見が困難だった4種類の新規天然化合物群の同定に成功した研究。
事前情報
抗生物質耐性遺伝子の伝播は、遺伝子の移動化、再配置、水平伝達という多段階のプロセスで起こる
細菌のゲノムには多くの未知の天然物生合成遺伝子クラスターが存在する
多くの生合成遺伝子クラスターは通常条件下では活性が低く、化合物の検出が困難
行ったこと
CRISPR-Cas9を利用した細胞内DNA移動・増幅システム「ACTIMOT」の開発
4つの生合成遺伝子クラスターへの適用実験
新規化合物の単離・構造決定
検証方法
開発したシステムの実証実験として放線菌S. coelicolorのアクチノロージン生合成遺伝子クラスターで検証
3つの異なる放線菌種の未知の生合成遺伝子クラスターへの応用
生産された化合物の単離・構造解析
分かったこと
ACTIMOTシステムにより目的の遺伝子クラスターを効率的に増幅できることを確認
4つの新規化合物群(アビディスタチン類、アビディリポペプチド類、モビリペプチン類、アクチモチン類)を発見
アクチモチンJは医薬品タファミディスと同程度のトランスサイレチン安定化活性を示した
研究の面白く独創的なところ
抗生物質耐性遺伝子の伝播機構からヒントを得た新しい遺伝子操作技術の開発
同一細胞内での遺伝子移動・増幅という独自のアプローチ
大きなDNA断片を扱う従来の分子生物学的手法の制限を克服
この研究のアプリケーション
新規天然化合物の効率的な探索
医薬品候補化合物の発見
生合成遺伝子クラスターの機能解析
工業生産のための生産性向上
著者と所属
Feng Xie サールラント製薬研究所ヘルムホルツ感染研究センター
Rolf Müller - サールラント製薬研究所ヘルムホルツ感染研究センター
Chengzhang Fu - サールラント製薬研究所ヘルムホルツ感染研究センター
詳しい解説
本研究は、抗生物質耐性遺伝子の伝播メカニズムを模倣した革新的な遺伝子操作技術「ACTIMOT」の開発を報告しています。この技術はCRISPR-Cas9システムを利用して、細菌の染色体上の大きな遺伝子クラスターを切り出し、同じ細胞内のプラスミドへと移動させて増幅することができます。これにより、通常は発現量が少なく検出が困難な天然化合物の生産量を大幅に向上させることが可能となりました。
研究チームはこの技術を用いて4つの新規天然化合物群を発見しました。特に、アクチモチンJという化合物は、アミロイドーシスの治療薬として使用されているタファミディスと同程度の活性を示し、医薬品としての可能性を示唆しています。
この技術は、これまで未利用だった細菌の二次代謝産物の探索を加速し、新規医薬品候補の発見につながる可能性を持っています。
最後に
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