論文まとめ440回目 Nature 交感神経由来のNPYが熱産生性脂肪を維持し、肥満を保護する!?など
科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。
さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。
一口コメント
Synthesis of non-canonical amino acids through dehydrogenative tailoring
非天然アミノ酸の脱水素的調製による合成
「私たちの体を作るタンパク質の基本単位であるアミノ酸。自然界には20種類しかありませんが、この研究では光を使って普通のアミノ酸を特殊なアミノ酸に変える方法を開発しました。これにより、新薬開発や材料科学など幅広い分野で役立つ新しいアミノ酸を簡単に作れるようになりました。まるで魔法のように、光の力でアミノ酸を自在に変化させる技術は、生命科学の新たな扉を開く可能性を秘めています。」
Reductive alkyl-alkyl coupling from isolable nickel-alkyl complexes
単離可能なニッケル-アルキル錯体を用いた還元的アルキル-アルキルカップリング
「この研究では、これまで困難だった2つのアルキル基同士を結びつける反応を可能にしました。鍵となるのは、安定なニッケル-アルキル錯体です。この錯体を使うと、アミノ酸や医薬品などの複雑な分子を簡単に修飾できます。例えば、魚の臭い成分であるトリメチルアミンを、わずか2段階で高級香水の原料に変えることができるのです。この技術は、新しい機能性材料や医薬品の開発に大きく貢献する可能性があります。」
Electrocatalytic reductive deuteration of arenes and heteroarenes
芳香族および複素芳香族化合物の電気触媒的還元重水素化
「この研究では、電気を使って芳香族化合物(ベンゼンなどの環状分子)を重水素化することに成功しました。重水素は水素の重い同位体で、医薬品開発や材料科学で重要です。従来の方法では難しかった芳香族化合物の完全な重水素化が、simple な電気化学的手法で可能になりました。この方法を使えば、13種類の薬剤分子を高度に重水素化できることが示されました。環境にやさしく、コスト効率の良いこの手法は、新薬開発や代謝研究に大きな影響を与える可能性があります。」
Tuberculosis in otherwise healthy adults with inherited TNF deficiency
遺伝性TNF欠損症を持つその他健康な成人における結核
「私たちの体には、病原体から身を守る免疫システムがあります。その中でTNFというタンパク質は、結核菌と戦う重要な役割を担っています。今回の研究で、TNFを作れない遺伝子変異を持つ大人2人が発見されました。驚くべきことに、この2人は結核以外の感染症にはほとんどかかっていません。詳しく調べたところ、TNFがないと肺の中の特殊な細胞(マクロファージ)が酸素を使って結核菌を退治する能力が弱まることがわかりました。この発見は、TNFが結核菌と戦う上で極めて重要であり、他の多くの感染症に対してはさほど重要でないことを示しています。」
Sympathetic neuropeptide Y protects from obesity by sustaining thermogenic fat
交感神経由来のニューロペプチドYが熱産生性脂肪を維持することで肥満から保護する
「私たちの体には、エネルギーを消費して熱を作り出す「熱産生性脂肪」があります。この研究では、交感神経から分泌されるNPYというタンパク質が、この熱産生性脂肪を維持する重要な役割を果たしていることが分かりました。NPYは血管周囲の特殊な細胞を増やし、それが熱産生性脂肪の源になるのです。肥満になると、このNPYを出す神経が減ってしまいますが、逆にNPYを増やすことで、エネルギー消費を高め、肥満を防げる可能性があります。これは、食事制限に頼らない新しい肥満対策の道を開く可能性がある、とてもエキサイティングな発見です。」
Superconductivity under pressure in a chromium-based kagome metal
圧力下でのクロムを含むカゴメ金属における超伝導
「カゴメ格子は三角形が連なった特殊な結晶構造で、そこに電子が閉じ込められると不思議な性質が現れます。今回、クロムを含むカゴメ金属CsCr3Sb5に高圧をかけたところ、電子同士が強く相互作用する状態で超伝導が発見されました。これは理論的に予言されていたものの、実験的には見つかっていなかった現象です。この発見により、強相関電子系の新しい超伝導体が見つかり、未知の量子状態の探索に新たな道が開かれました。」
要約
光触媒を用いた脱水素反応による新規非天然アミノ酸の合成法の開発
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07988-8
本研究では、光触媒を用いた選択的な脱水素反応により、通常のアミノ酸から構造的に多様な非天然アミノ酸を合成する新しい方法を開発しました。この手法は、特に脂肪族アミノ酸の非活性化C-H結合を変換する上で画期的であり、化学や生物学の分野で価値のある新規アミノ酸誘導体の効率的な合成を可能にします。
事前情報
アミノ酸は生物学と化学において重要な構成要素である
化学者は様々な構造を持つアミノ酸アナログの合成を目指している
極性や芳香族アミノ酸の修飾法は広く研究されているが、脂肪族アミノ酸の選択的な変換は課題であった
行ったこと
光化学的照射を駆動力とする選択的な触媒的脱水素反応を開発
この反応を用いて脂肪族アミノ酸から末端アルケン中間体を合成
得られた中間体をさらに官能基化して多様な非天然アミノ酸を合成
検証方法
様々な脂肪族アミノ酸に対して開発した脱水素反応を適用
得られた末端アルケン中間体の構造を分析
中間体からの官能基化反応を行い、生成物の構造と収率を評価
分かったこと
開発した方法により、選択的に脂肪族アミノ酸の非活性C-H結合を変換できる
この手法は幅広い基質に適用可能で、高い官能基許容性を示す
段階的な脱水素反応により、構造的に多様な非天然アミノ酸が合成可能
研究の面白く独創的なところ
光触媒を用いた脱水素反応という新しいアプローチを採用している
従来困難だった脂肪族アミノ酸の選択的変換を可能にした
段階的な反応設計により、多様な構造のアミノ酸合成を実現した
この研究のアプリケーション
新規医薬品候補化合物の合成
タンパク質工学における新しいビルディングブロックの提供
材料科学における新規機能性分子の設計
ペプチド化学における後期段階修飾法としての応用
著者と所属
Xin Gu - マサチューセッツ工科大学 化学科
Yu-An Zhang - マサチューセッツ工科大学 化学科
Alison E. Wendlandt - マサチューセッツ工科大学 化学科
詳しい解説
本研究は、アミノ酸の構造多様性を拡大する新しい合成手法を提案しています。自然界に存在する20種類のアミノ酸だけでなく、化学的に修飾された非天然アミノ酸は、医薬品開発や材料科学など幅広い分野で重要な役割を果たしています。
従来、極性や芳香族側鎖を持つアミノ酸の修飾は比較的容易でしたが、脂肪族アミノ酸の非活性C-H結合を選択的に変換することは困難でした。本研究では、光触媒を用いた脱水素反応という革新的なアプローチを採用し、この課題を解決しました。
具体的には、光化学的照射を駆動力とする触媒的脱水素反応を開発し、脂肪族アミノ酸から末端アルケン中間体を選択的に合成することに成功しました。この中間体は、さらなる官能基化反応により多様な非天然アミノ酸へと変換できます。
この方法の特徴は、高い選択性と幅広い基質適用性、そして官能基許容性にあります。従来の方法では困難だった脂肪族側鎖の選択的修飾が可能となり、構造的に多様な非天然アミノ酸を効率的に合成できるようになりました。
本研究の成果は、新規医薬品の開発やタンパク質工学、材料科学など幅広い分野に応用可能です。特に、複雑なペプチドやタンパク質の後期段階修飾にも適用できる可能性があり、生命科学研究に新たな道具を提供すると期待されます。
光触媒を用いたこの革新的なアプローチは、アミノ酸化学に新たな可能性をもたらし、今後の生命科学や材料科学の発展に大きく貢献する可能性を秘めています。
ニッケル-アルキル錯体を利用した新しい炭素-炭素結合形成反応の開発
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07987-9
この研究では、これまで困難とされてきた2つのアルキル電解質同士の選択的クロスカップリングを可能にする新しい方法が開発されました。この手法は、通常不安定で扱いが難しいニッケル-アルキル錯体を安定化させ、単離可能にしたことが特徴です。これにより、アミン、カルボン酸、ハロゲン化物など、一般的なアルキル化合物から多様な炭素-炭素結合を形成することが可能になりました。
事前情報
アルキル-アルキルクロスカップリングは、複雑な分子構築に重要だが難しい反応
既存の方法は特定の電解質に最適化されており、柔軟性に欠ける
アミン、カルボン酸、ハリドなどの一般的なアルキル化合物を直接利用するのは困難
行ったこと
安定なニッケル-アルキル錯体の合成と単離
様々なアルキル電解質を用いたクロスカップリング反応の開発
アミノ酸、天然物、医薬品、創薬関連化合物の修飾への応用
ニッケル-アルキル錯体の構造解析と反応機構の解明
検証方法
X線結晶構造解析による錯体の構造決定
立体化学プローブを用いた反応機構の解明
分光学的手法による反応中間体の観測
様々な基質を用いた反応スコープの検討
分かったこと
ニッケル-アルキル錯体が予想外に安定で単離可能
アルキルハライド、レドックス活性エステル、ピリジニウム塩から直接錯体形成が可能
2つ目のアルキル電解質とのカップリングが高選択的に進行
脱ハロゲン化、脱炭酸、脱アミノ化カップリングが可能
研究の面白く独創的なところ
これまで不可能だった反応を可能にした革新的な手法
錯体の単離により、反応機構の詳細な解明が可能に
多様な官能基を持つ複雑な分子の修飾が容易に
組み合わせ的なアプローチによる化学空間の拡大
この研究のアプリケーション
新規医薬品候補化合物の効率的な合成
天然物の構造修飾による新機能開発
機能性材料の新しい合成法の確立
複雑な有機分子の合成経路の簡略化
著者と所属
Samir Al Zubaydi - オハイオ州立大学 化学生化学部
Shivam Waske - オハイオ州立大学 化学生化学部
Volkan Akyildiz - オハイオ州立大学 化学生化学部、アタテュルク大学 理学部化学科
詳しい解説
この研究は、有機合成化学における長年の課題であったアルキル-アルキルクロスカップリング反応に新しい解決策をもたらしました。従来、2つのアルキル基を直接結合させることは困難とされ、特定の基質に最適化された方法しか存在しませんでした。しかし、本研究で開発された手法は、様々なアルキル電解質を柔軟に組み合わせることを可能にしています。
鍵となるのは、安定なニッケル-アルキル錯体の発見です。通常、このような錯体は不安定で扱いが難しいのですが、研究チームは適切な配位子を選択することで、単離可能な錯体の合成に成功しました。この錯体は、アルキルハライド、レドックス活性エステル、ピリジニウム塩など、様々なアルキル前駆体から直接形成することができます。
さらに重要なのは、この錯体が2つ目のアルキル電解質と選択的にカップリングすることです。これにより、脱ハロゲン化、脱炭酸、脱アミノ化を伴うカップリング反応が可能になりました。この手法の汎用性は、アミノ酸、天然物、医薬品、創薬関連化合物の迅速な構造修飾によって実証されています。
本研究はまた、合成的に重要なニッケル-アルキル錯体の有機金属化学に新たな知見をもたらしました。X線結晶構造解析、立体化学プローブ、分光学的研究を通じて、これらの錯体の構造や反応機構に関する詳細な情報が得られました。
この新しい手法は、医薬品開発、材料科学、天然物化学など、幅広い分野に応用可能です。複雑な有機分子の合成経路を大幅に簡略化し、これまで合成が困難だった化合物へのアクセスを可能にする可能性があります。また、組み合わせ的なアプローチにより、化学空間を大きく拡大し、新しい機能性分子の発見につながることが期待されます。
電気化学的手法を用いた芳香族化合物の重水素化による飽和重水素化合物の合成
電気化学的手法を用いて、芳香族および複素芳香族化合物を効率的に重水素化する新しい方法が開発された。この方法は、窒素ドープ電極と重水(D2O)を使用し、飽和重水素化炭素化合物を生成する。この手法は、13種類の高度に重水素化された薬物分子の合成に成功し、医薬品開発や代謝研究への応用が期待される。
事前情報
重水素化合物は医薬品化学や材料科学で広く応用されている
最近、Austedo、Donafenib、Sotyktunどの重水素化薬剤が承認された
高い重水素含有率を持つ化合物の合成方法は多様に存在する
しかし、芳香族炭化水素の還元的重水素化による飽和環状化合物の合成は稀である
行ったこと
窒素ドープ電極とD2Oを用いた電気触媒的手法を開発
(ヘテロ)芳香族化合物の還元的重水素化および重水素化脱フッ素化を実施
13種類の高度に重水素化された薬物分子の合成に応用
メカニズム調査を行い、反応中間体を特定
検証方法
様々な芳香族および複素芳香族化合物に対する重水素化反応の適用
生成物の分析と重水素含有率の評価
電気化学的手法のスケールアップ実験
反応メカニズムの解明のための実験的調査
分かったこと
開発した方法で、飽和重水素化炭素化合物を効率的に合成できる
この手法は様々な芳香族および複素芳香族化合物に適用可能
13種類の薬物分子の高度重水素化に成功
窒素ドープRu電極上でD2Oの電気分解により生成されるRu-D種が、芳香族化合物を直接還元する重要な中間体である
研究の面白く独創的なところ
従来難しかった芳香族化合物の完全重水素化を、simple な電気化学的手法で実現
環境にやさしく、コスト効率の良い重水素化法の開発
薬物分子への直接適用が可能で、医薬品開発に大きな影響を与える可能性
この研究のアプリケーション
医薬品開発における重水素化薬剤の効率的な合成
代謝研究のための重水素ラベル化合物の製造
材料科学における重水素化材料の開発
有機合成化学における新しい重水素化手法の提供
著者と所属
Faxiang Bu - 武漢大学化学分子科学学院
Yuqi Deng - 武漢大学化学分子科学学院
Aiwen Lei - 武漢大学化学分子科学学院
詳しい解説
この研究は、芳香族および複素芳香族化合物の電気触媒的還元重水素化という新しい合成手法を提案しています。従来、芳香族化合物を完全に重水素化し、飽和環状化合物に変換することは困難でした。しかし、この研究では窒素ドープ電極と重水(D2O)を用いた電気化学的手法により、この変換を効率的に行うことに成功しました。
この方法の特筆すべき点は、その汎用性と効率性です。様々な芳香族化合物に適用可能で、高い重水素含有率を持つ生成物を得ることができます。さらに、13種類の薬物分子の高度重水素化にも成功しており、医薬品開発への直接的な応用が期待されます。
反応メカニズムの調査により、窒素ドープRu電極上でD2Oの電気分解によって生成されるRu-D種が、芳香族化合物を直接還元する重要な中間体であることが明らかになりました。この知見は、反応の効率化や新たな触媒設計への指針を与えるものです。
この研究の意義は、環境にやさしく、コスト効率の良い重水素化法を提供したことにあります。従来の方法に比べ、simple で直接的なアプローチであり、大規模な産業応用の可能性も秘めています。医薬品開発、代謝研究、材料科学など、幅広い分野での応用が期待され、今後の科学技術の発展に大きく貢献する可能性があります。
TNF欠損症は成人の再発性結核の新たな遺伝的原因であることが判明
本研究は、遺伝性TNF欠損症という新たな免疫不全症を特定し、これが成人の再発性結核の原因となることを示しました。TNF欠損患者2名の詳細な臨床的および免疫学的解析を通じて、TNFが肺胞マクロファージの活性酸素種(ROS)産生に重要であり、これが結核菌に対する防御に不可欠であることが明らかになりました。興味深いことに、TNF欠損は結核以外の感染症や炎症反応にはほとんど影響を与えませんでした。
事前情報
TNFは重要な炎症性サイトカインで、多くの免疫応答に関与すると考えられてきた
TNF阻害薬の使用は結核のリスク増加と関連している
結核は世界的に重要な感染症で、遺伝的要因が発症に影響することが知られている
行ったこと
TNF遺伝子に両アレル性のフレームシフト変異を持つ2名の成人患者(従姉妹関係)を同定
患者の臨床像、免疫表現型、細胞機能を詳細に解析
TNF欠損iPS細胞由来マクロファージを用いた解析
患者由来および健常者由来の肺胞マクロファージ様(AML)細胞の機能解析
検証方法
全エクソームシークエンシング、連鎖解析によるTNF変異の同定
フローサイトメトリー、単一細胞RNA-seq、サイトカインアッセイによる免疫細胞の解析
患者由来細胞およびTNF欠損iPS細胞由来マクロファージを用いたROS産生能の評価
結核菌およびリステリア菌に対する感染実験
分かったこと
TNF欠損患者は再発性肺結核を呈するが、他の感染症にはほとんど罹患しない
TNF欠損は主要な免疫細胞サブセットの発達に影響を与えない
TNF欠損マクロファージ(特にGM-CSF存在下で分化したもの)ではROS産生が顕著に低下
TNF-TNFR1シグナルがマクロファージのROS産生に重要
TNF欠損AML細胞は結核菌に対する制御能が低下
この研究の面白く独創的なところ
遺伝性TNF完全欠損症という新たな免疫不全症を世界で初めて同定した
TNFが結核に対する防御に特異的に重要であり、他の多くの免疫機能には冗長であることを示した
TNFがマクロファージのROS産生を介して結核菌防御に寄与するメカニズムを解明した
この研究のアプリケーション
TNFを標的とした、より選択的な結核治療法の開発につながる可能性
結核に対する新たな治療標的としてのマクロファージROS産生経路の同定
TNF阻害薬使用時の結核リスク評価の改善
著者と所属
Andrés A. Arias (University of Antioquia, Colombia; Rockefeller University, USA)
Anna-Lena Neehus (INSERM, France; Imagine Institute, France)
Masato Ogishi (Rockefeller University, USA)
Jean-Laurent Casanova (Rockefeller University, USA; INSERM, France; Imagine Institute, France; Howard Hughes Medical Institute, USA)
詳しい解説
本研究は、遺伝性TNF完全欠損症という新たな免疫不全症を世界で初めて同定し、これが成人の再発性結核の原因となることを示した画期的な研究です。
研究チームは、再発性肺結核を呈するコロンビア人の従姉妹2名を対象に遺伝学的解析を行い、両者がTNF遺伝子に同一の両アレル性フレームシフト変異を持つことを発見しました。この変異によりTNFタンパク質の産生が完全に失われていることが確認されました。
興味深いことに、これらの患者は結核以外の重篤な感染症にはほとんど罹患していませんでした。詳細な免疫学的解析の結果、TNF欠損は主要な免疫細胞サブセットの発達や機能にはほとんど影響を与えないことが明らかになりました。しかし、GM-CSF存在下で分化したマクロファージ、特に肺胞マクロファージ様(AML)細胞において、活性酸素種(ROS)の産生が顕著に低下していることが判明しました。
さらに、TNF欠損iPS細胞由来マクロファージを用いた解析により、TNF-TNFR1シグナルがマクロファージのROS産生に重要であることが示されました。また、患者由来のAML細胞は結核菌に対する制御能が低下していました。
これらの知見は、TNFが肺胞マクロファージのROS産生を介して結核菌に対する防御に特異的に重要な役割を果たしていることを示しています。一方で、TNFは他の多くの免疫機能には冗長であることも明らかになりました。
本研究は、TNFの生理学的役割に関する従来の理解を覆すとともに、結核に対するより選択的な治療法開発の可能性を提示しています。また、TNF阻害薬使用時の結核リスク評価の改善にも貢献する可能性があります。
交感神経由来のNPYが熱産生性脂肪を維持し、肥満を保護する
ヒトのNPY遺伝子の変異は、食事パターンの変化ではなく高BMIと関連していることが示されています。この研究は、交感神経系由来のNPYが、脳由来のNPYとは逆に、体重に対して保護的な効果を持つことを示しています。
事前情報
NPYは脳では食欲を刺激するが、全身のNPY受容体のノックアウトは食欲減少にもかかわらず肥満を引き起こす
ヒトのNPY遺伝子変異は、食事パターンの変化ではなく高BMIと関連している
交感神経系でのNPYの役割は不明だった
行ったこと
脂肪組織におけるNPY+交感神経の分布と標的細胞の同定
交感神経特異的NPYノックアウトマウスの作製と解析
NPYの壁細胞(mural cell)への作用の解析
高脂肪食誘導性肥満がNPY+神経に与える影響の検討
検証方法
脂肪組織の透明化と免疫染色による3D画像解析
単一細胞RNA-seq解析
交感神経特異的NPYノックアウトマウスの代謝表現型解析
初代培養壁細胞を用いたin vitro実験
高脂肪食負荷実験
分かったこと
NPY+交感神経は脂肪組織の血管周囲に局在し、壁細胞を標的としている
NPYは壁細胞の増殖を促進し、熱産生性脂肪細胞の前駆細胞プールを維持する
交感神経NPYのノックアウトは、褐色脂肪の白色化、熱産生能の低下、エネルギー消費量の減少を引き起こす
高脂肪食誘導性肥満はNPY+交感神経を減少させ、壁細胞の減少を引き起こす
交感神経NPYのノックアウトマウスは、通常食でも加齢性肥満を呈し、高脂肪食での肥満がより顕著になる
研究の面白く独創的なところ
末梢のNPYが中枢のNPYとは逆に体重増加を抑制するという、一見矛盾する作用を解明した点
交感神経由来のNPYが熱産生性脂肪の前駆細胞を維持するという新しいメカニズムを発見した点
肥満によるNPY+交感神経の減少が、さらなる肥満を加速させる悪循環を形成する可能性を示した点
この研究のアプリケーション
NPYシグナルを標的とした新しい肥満治療法の開発
肥満予防のための交感神経機能の維持・改善方法の開発
熱産生性脂肪組織を増やすための新しいアプローチの開発
ヒトのNPY遺伝子変異と肥満リスクの関連性の理解と個別化医療への応用
著者と所属
Yitao Zhu, Lu Yao, Ana I. Domingos - Department of Physiology, Anatomy and Genetics, University of Oxford, Oxford, UK
Ana L. Gallo-Ferraz, Bruna Bombassaro, Licio A. Velloso - Laboratory of Cell Signaling, Obesity and Comorbidities Research Center, University of Campinas, Campinas, Brazil
Ichitaro Abe, Shingo Kajimura - Beth Israel Deaconess Medical Center, Division of Endocrinology, Diabetes & Metabolism, Harvard Medical School, Boston, MA, USA
詳しい解説
この研究は、交感神経系から分泌されるニューロペプチドY(NPY)が、熱産生性脂肪組織の維持と肥満の予防に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
研究チームは、まず脂肪組織の3D画像解析を行い、NPYを含む交感神経線維が血管周囲に局在していることを発見しました。さらに、単一細胞RNA-seq解析により、これらのNPY+神経の主な標的が壁細胞(mural cell)であることを特定しました。壁細胞は、熱産生性脂肪細胞の前駆細胞としても知られています。
in vitro実験では、NPYが壁細胞の増殖を促進し、熱産生性脂肪細胞への分化能を維持することが示されました。これは、NPYが熱産生性脂肪組織の前駆細胞プールを維持する重要な因子であることを示唆しています。
研究チームは次に、交感神経特異的にNPYをノックアウトしたマウスを作製し、その代謝表現型を解析しました。このマウスでは、褐色脂肪組織の白色化、熱産生能の低下、エネルギー消費量の減少が観察されました。さらに、このマウスは通常食でも加齢性肥満を呈し、高脂肪食での肥満がより顕著になりました。重要なのは、これらの変化が食欲の増加を伴わずに起こったことです。
高脂肪食誘導性肥満モデルを用いた実験では、肥満によってNPY+交感神経が減少し、壁細胞も減少することが明らかになりました。これは、肥満がNPY+神経の減少を介して壁細胞の減少を引き起こし、さらなる肥満を加速させるという悪循環を形成する可能性を示唆しています。
この研究の独創的な点は、末梢のNPYが中枢のNPYとは逆に体重増加を抑制するという、一見矛盾する作用を解明したことです。また、交感神経由来のNPYが熱産生性脂肪の前駆細胞を維持するという新しいメカニズムを発見したことも重要です。
この研究結果は、NPYシグナルを標的とした新しい肥満治療法の開発や、熱産生性脂肪組織を増やすための新しいアプローチの開発につながる可能性があります。また、ヒトのNPY遺伝子変異と肥満リスクの関連性の理解にも貢献し、個別化医療への応用も期待されます。
肥満は現代社会における重大な健康問題の一つですが、この研究は食事制限に頼らない新しい肥満対策の可能性を示唆しており、今後の肥満研究や治療法開発に大きな影響を与える可能性があります。
圧力下でクロムを含むカゴメ金属に強相関電子系の超伝導が出現
CsCr3Sb5という新しいクロムを含むカゴメ金属において、高圧下で超伝導が発見された。この物質は強い電子相関と磁気的フラストレーションを示し、フェルミ準位近くに特徴的なフラットバンドを持つ。常圧下では55Kで構造相転移と磁気相転移を示すが、圧力下でこれらの転移は抑制され、3.65-8.0 GPaの圧力範囲で超伝導が出現する。最高の超伝導転移温度Tc=6.4 Kは、密度波的秩序が完全に抑制される4.2 GPaで観測された。
事前情報
カゴメ格子系での強相関電子による超伝導は理論的に予言されていたが、実験的実現は困難だった
最近発見されたバナジウムを含むカゴメ金属は非磁性で相関が弱く、理論的に予言された超伝導とは異なる
行ったこと
CsCr3Sb5の単結晶を合成し、常圧下での物性を測定
高圧下での電気抵抗、交流磁化率、NMR測定を実施
第一原理計算による電子状態の解析
検証方法
X線回折による結晶構造解析
電気抵抗、磁化率、ホール効果測定による物性評価
NMRによる局所的な電子状態の観測
ピストン型および立方アンビルセルを用いた高圧下物性測定
密度汎関数理論に基づく電子構造計算
分かったこと
CsCr3Sb5は常圧下で55 Kにて構造相転移と磁気相転移を示す
高圧下で密度波的秩序が抑制され、3.65-8.0 GPaの圧力範囲で超伝導が出現
最高のTc=6.4 Kは密度波的秩序が完全に抑制される4.2 GPaで観測された
超伝導相の常伝導状態は非フェルミ液体的な振る舞いを示す
理論計算からフェルミ準位近くにフラットバンドの存在が示唆された
研究の面白く独創的なところ
強相関電子系のカゴメ金属超伝導体を初めて実現した
密度波的秩序と超伝導の競合・共存関係を明らかにした
量子臨界点近傍での非従来型超伝導の可能性を示唆した
カゴメ格子特有のフラットバンドと超伝導の関連を示した
この研究のアプリケーション
強相関電子系における新奇超伝導メカニズムの解明
トポロジカル超伝導など新しい量子状態の探索
カゴメ格子を用いた量子デバイスの開発
高温超伝導体開発への新たな指針の提供
著者と所属
Yi Liu (浙江大学物理学部)
Zi-Yi Liu (中国科学院物理研究所)
Jin-Ke Bao (杭州師範大学物理学部)
詳しい解説
本研究は、強相関電子系のカゴメ金属における超伝導の実験的実現を報告した画期的な成果です。カゴメ格子は幾何学的フラストレーションを持つ特殊な結晶構造で、そこに存在する電子は強い相関効果を示すことが期待されます。これまで理論的には強相関電子によるエキゾチックな超伝導の可能性が指摘されていましたが、実験的な実現は困難でした。
研究グループは、クロムを含む新しいカゴメ金属CsCr3Sb5を合成し、その物性を詳細に調べました。常圧下では55 K付近で構造相転移と磁気相転移が観測されましたが、高圧を加えるとこれらの秩序が抑制され、3.65-8.0 GPaの圧力範囲で超伝導が出現しました。超伝導転移温度Tcは圧力とともに上昇し、4.2 GPaで最大値6.4 Kに達しました。この圧力は密度波的秩序が完全に抑制される点に対応しており、量子臨界点近傍での超伝導の出現を示唆しています。
さらに、超伝導相の常伝導状態が非フェルミ液体的な振る舞いを示すことが明らかになりました。これは強相関電子系に特徴的な現象で、非従来型の超伝導メカニズムの可能性を示唆しています。理論計算からは、フェルミ準位近くにカゴメ格子特有のフラットバンドの存在が示唆され、これが超伝導の発現に重要な役割を果たしている可能性があります。
この研究成果は、強相関電子系のカゴメ金属における超伝導の実現という長年の課題に答えを出しただけでなく、密度波的秩序と超伝導の競合・共存関係や量子臨界現象など、固体物理学の根本的な問題に新たな知見をもたらしました。今後、この系を舞台に新奇な量子状態の探索や、高温超伝導の実現に向けた研究が進展することが期待されます。
最後に
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