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論文まとめ421回目 Nature 光学システムの自己学習を実現し、深層光ニューラルネットワークの性能を大幅に向上させた画期的手法!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Dopamine reuptake and inhibitory mechanisms in human dopamine transporter
ヒトのドーパミントランスポーターにおけるドーパミン再取り込みと阻害メカニズム
「脳内の快楽物質「ドーパミン」の量を調節する重要なタンパク質、ドーパミントランスポーター(DAT)の構造が明らかになりました。DATはコカインなどの薬物の標的でもあります。研究チームは、DATが薬物や治療薬とどのように結合するかを原子レベルで解明。この発見は、より効果的で副作用の少ない薬の開発につながる可能性があります。特に、コカイン依存症の新しい治療法開発への道を開く可能性があり、社会的にも大きな意義があります。」

Fully forward mode training for optical neural networks
光ニューラルネットワークの完全順伝搬モード学習
「この研究は、光を使った人工知能の新しい学習方法を開発しました。従来の方法では、コンピューターで光の動きを正確に計算する必要があり、複雑な光学システムの性能向上が難しかったのです。しかし、この新しい方法では光学システム自体が学習を行うため、複雑な計算が不要になりました。その結果、これまでにない深い層構造の光ニューラルネットワークが実現し、画像認識などの性能が大幅に向上しました。さらに、散乱体を通した高精細イメージングや、見えない場所の物体の高速撮影など、様々な応用も可能になりました。」

Glycosphingolipid synthesis mediates immune evasion in KRAS-driven cancer
グリコスフィンゴ脂質の合成はKRAS駆動がんにおける免疫回避を媒介する
「がん細胞は、免疫システムから逃れるために様々な戦略を用います。この研究では、がん細胞が作り出す特殊な脂質、グリコスフィンゴ脂質が、免疫細胞からの攻撃を回避する鍵となっていることを発見しました。がん細胞がこの脂質を作れなくなると、免疫細胞に見つかりやすくなり、攻撃を受けやすくなります。さらに、この脂質の合成を薬で阻害すると、免疫療法の効果が高まることも分かりました。この発見は、がんの免疫療法をより効果的にする新しい方法につながる可能性があります。」

Highest ocean heat in four centuries places Great Barrier Reef in danger
過去400年で最高の海洋熱がグレートバリアリーフを危険にさらす
「グレートバリアリーフのサンゴは400年以上も海の温度変化を記録してきました。その記録を解析したところ、近年の海水温が過去400年で最高レベルに達していることが判明しました。特に2016年以降、大規模なサンゴ白化を引き起こすほどの高温が頻発しています。これは人間活動による気候変動の影響だと考えられます。このままでは、世界有数の生物多様性を誇るグレートバリアリーフの生態系が崩壊する危険性があります。サンゴたちが400年もの間記録してきた海の歴史が、今、重大な警告を発しているのです。」

ILC2-derived LIF licences progress from tissue to systemic immunity
ILC2由来のLIFが組織から全身性免疫への進展を許可する
「私たちの体には、ウイルスや花粉などの異物から身を守る免疫システムがあります。この研究では、肺での局所的な免疫反応が全身の免疫反応へと移行する仕組みが明らかになりました。鍵となるのは、ILC2という免疫細胞が分泌するLIFというタンパク質です。LIFは、免疫細胞を肺からリンパ節へと移動させる道しるべの役割を果たします。この発見は、アレルギーや感染症の新しい治療法開発につながる可能性があり、私たちの健康維持に重要な知見となります。」

Membrane prewetting by condensates promotes tight-junction belt formation
膜上の凝縮体による前濡れがタイトジャンクションベルトの形成を促進する
「私たちの体は多くの細胞でできています。これらの細胞が密着して組織を作るには、細胞同士をしっかりとつなぐ「タイトジャンクション」という構造が重要です。この研究では、タイトジャンクションが細胞の周りを取り囲むベルト状の構造を作る仕組みを解明しました。驚くべきことに、この過程は液体が表面に広がる「濡れ現象」と似ていることがわかりました。特定のタンパク質が集まって液滴のようになり、それが細胞膜に沿って広がることで、タイトジャンクションのベルトが形成されるのです。この発見は、生物学と物理学の境界を超えた新しい視点をもたらしています。」


要約

ヒトのドーパミントランスポーターの構造と機能メカニズムの解明

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07796-0

本研究は、ヒトのドーパミントランスポーター(hDAT)の構造と機能メカニズムを詳細に解明したものです。研究チームは、hDATの異なる状態(基質結合状態、薬物結合状態など)の構造を決定し、ドーパミンの再取り込みや薬物による阻害のメカニズムを明らかにしました。

事前情報

  • ドーパミントランスポーターは、シナプス間隙のドーパミンを神経細胞内に取り込む膜タンパク質で、ドーパミン神経伝達の調節に重要な役割を果たす

  • コカインなどの精神刺激薬の主要な標的であり、注意欠陥多動性障害(ADHD)の治療薬であるメチルフェニデートの作用部位でもある

  • これまで、ヒトのドーパミントランスポーターの詳細な構造や薬物結合様式は不明だった

行ったこと

  • クライオ電子顕微鏡を用いて、hDATの以下の状態の構造を高解像度で決定:

    • 基質(ドーパミン)結合状態

    • ADHD治療薬メチルフェニデート結合状態

    • ドーパミン取り込み阻害薬GBR12909結合状態

    • ベンズトロピン結合状態

  • 各状態におけるhDATの構造変化や薬物結合様式を詳細に解析

  • 変異体解析により、重要なアミノ酸残基の機能を検証

検証方法

  • クライオ電子顕微鏡による構造解析

  • 放射性同位体標識ドーパミンを用いた取り込み実験

  • 点変異導入による機能解析

  • 分子動力学シミュレーション

分かったこと

  • hDATの基質結合部位や薬物結合部位の詳細な構造

  • ドーパミン再取り込み時のhDATの構造変化メカニズム

  • 各薬物の結合様式の違いと、それによるhDATの構造変化の違い

  • C末端領域が輸送活性に重要な役割を果たすこと

研究の面白く独創的なところ

  • 世界で初めてヒトのドーパミントランスポーターの高解像度構造を決定

  • 複数の薬物結合状態の構造を比較することで、薬物の作用メカニズムの違いを明らかにした

  • C末端領域の重要性を構造的・機能的に示した

この研究のアプリケーション

  • より効果的で副作用の少ないADHD治療薬の開発

  • コカイン依存症の新規治療薬開発

  • ドーパミン関連疾患の理解と治療法開発への応用

著者と所属

  • Yue Li - 中国科学院生物物理研究所

  • Xianping Wang - 中国科学院生物物理研究所

  • Yufei Meng - 中国科学院生物物理研究所

  • Yan Zhao - 中国科学院生物物理研究所

詳しい解説
本研究は、ヒトのドーパミントランスポーター(hDAT)の構造と機能メカニズムを詳細に解明した画期的な成果です。ドーパミントランスポーターは、シナプス間隙のドーパミンを神経細胞内に取り込むことで、ドーパミン神経伝達を調節する重要な膜タンパク質です。また、コカインなどの精神刺激薬の主要な標的であり、注意欠陥多動性障害(ADHD)の治療薬であるメチルフェニデートの作用部位でもあります。
研究チームは、クライオ電子顕微鏡技術を駆使して、hDATの異なる状態(基質結合状態、薬物結合状態など)の高解像度構造を決定しました。これにより、ドーパミンの再取り込みメカニズムや、異なる薬物がhDATに結合した際の構造変化を原子レベルで観察することに成功しました。
特に注目すべき点は、ADHDの治療薬であるメチルフェニデート、ドーパミン取り込み阻害薬GBR12909、そしてベンズトロピンという3つの異なる薬物の結合様式を比較したことです。これにより、各薬物がhDATに及ぼす影響の違いが明らかになりました。例えば、メチルフェニデートとGBR12909は異なる結合様式を示し、hDATの構造をそれぞれ外向きと内向きに固定することが分かりました。
また、これまであまり注目されていなかったhDATのC末端領域が、輸送活性に重要な役割を果たすことを構造的・機能的に示したことも大きな成果です。C末端領域は、hDATの構造を安定化させ、適切な輸送活性を維持するために重要であることが明らかになりました。
この研究成果は、ドーパミントランスポーターを標的とした創薬研究に大きな影響を与えると考えられます。例えば、より効果的で副作用の少ないADHD治療薬の開発や、コカイン依存症の新規治療薬開発への応用が期待されます。また、パーキンソン病などのドーパミン関連疾患の理解と治療法開発にも貢献する可能性があります。
総じて、本研究はヒトのドーパミントランスポーターの構造と機能に関する理解を大きく前進させ、神経科学や創薬研究に重要な知見をもたらしたと言えます。


光学システムの自己学習を実現し、深層光ニューラルネットワークの性能を大幅に向上させた画期的手法

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07687-4

光学システムを用いた機械学習の新しい手法「完全順伝搬モード(FFM)学習」を提案し、実験的に実証した研究。この手法により、光学ニューラルネットワーク(ONN)の性能が大幅に向上し、散乱媒質を通した高解像度イメージングや非直線視野の動的シーンの並列撮影などが可能になった。

事前情報

  • 光学コンピューティングは機械学習アプリケーションの速度とエネルギー効率を向上させる可能性がある

  • 現在のアプローチは、デジタルコンピュータ上でのシミュレーションに制限されている

  • 物理システム上で直接学習を実装する方法が理想的だが、大規模システムでの高精度・高効率な並列オンサイト学習の実現は課題となっている

行ったこと

  • 完全順伝搬モード(FFM)学習法を開発し、自由空間および集積光学システムで実証

  • 光学システムをパラメータ化されたオンサイトニューラルネットワークにマッピング

  • 空間対称性とローレンツ相反性を利用して、逆伝搬の必要性を排除

  • 測定された出力光場から勾配を計算し、勾配降下法でパラメータを更新

検証方法

  • 自由空間および集積フォトニック回路を用いたONNの学習と評価

  • 散乱媒質を通したイメージングの解像度評価

  • 非直線視野(NLOS)シーンの並列撮影と処理の実験

  • 非エルミート系における例外点探索の数値実験

分かったこと

  • FFM学習により、従来よりも深い層構造(8層以上)のONNが実現可能

  • 散乱媒質を通したイメージングで回折限界に近い解像度(65.6 μm)を達成

  • NLOSシーンの1ミリ秒露光での並列撮影、サブフォトン/ピクセルでの処理を実現

  • 非エルミート系のトポロジカルな特性を、物理モデルなしで自己設計可能

研究の面白く独創的なところ

  • 光学システム自体を微分可能なニューラルネットワークとして扱い、オンサイトで学習させる発想

  • 空間対称性を利用して逆伝搬を前方伝搬に置き換え、全ての計算を物理システム上で実行

  • 複雑な光学系のモデリングが不要になり、理論限界に近い性能を実現

この研究のアプリケーション

  • 高性能な光学ニューラルネットワークの実現

  • 散乱媒質を通した高解像度イメージング

  • 非直線視野の高速並列撮影・処理システム

  • トポロジカルフォトニクスの設計・解析

著者と所属
Zhiwei Xue, Tiankuang Zhou, Zhihao Xu (Department of Electronic Engineering, Tsinghua University)
Shaoliang Yu (Research Center for Intelligent Optoelectronic Computing, Zhejiang Laboratory)
Qionghai Dai, Lu Fang (Department of Electronic Engineering, Tsinghua University)

詳しい解説
本研究は、光学システムを用いた機械学習の新しいアプローチとして「完全順伝搬モード(FFM)学習」を提案しています。従来の光学ニューラルネットワーク(ONN)の学習では、デジタルコンピュータ上でのシミュレーションが必要でした。これは、複雑な光学系の正確なモデリングが困難であり、システムの不完全性により理想的な性能が得られないという問題がありました。
FFM学習では、光学システム自体をパラメータ化された微分可能なニューラルネットワークとして扱います。そして、空間対称性とローレンツ相反性を利用することで、通常のニューラルネットワーク学習で必要な逆伝搬計算を、全て順伝搬の光学操作で置き換えることに成功しました。これにより、複雑なモデリングが不要になり、システムの不完全性を自動的に補正しながら学習することが可能になりました。
研究チームは、この手法を自由空間光学系と集積フォトニック回路の両方で実証しました。その結果、従来は困難だった8層以上の深層ONNの実現や、散乱媒質を通した回折限界に近い高解像度イメージング、非直線視野シーンの超高速並列撮影など、様々な光学応用で大幅な性能向上を達成しました。
さらに興味深いのは、この手法が非エルミート系のトポロジカルな特性の探索にも応用できることです。物理モデルを使わずに、システムの対称性破壊を目標として学習させることで、例外点の自動探索が可能になりました。
FFM学習は、光学システムが本質的に微分可能な学習可能なニューラルアーキテクチャを具現化していることを示唆しています。これは、物理システムを用いた大規模で高効率な人工知能の実現に向けた新しい道を開くものであり、ムーアの法則後の時代における計算技術の発展に重要な貢献をもたらす可能性があります。


KRAS駆動がんにおいて、グリコスフィンゴ脂質の合成が免疫回避に重要な役割を果たす

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07787-1

がん細胞が免疫システムから逃れるために用いる戦略の1つとして、グリコスフィンゴ脂質の合成が重要であることを明らかにした研究です。この脂質合成経路を阻害すると、がん細胞は免疫細胞に対してより脆弱になり、腫瘍の増殖が抑制されることが示されました。

事前情報

  • がん細胞は様々な方法で脂質代謝を変化させて成長や環境適応を行う

  • 脂質代謝は細胞膜の生理機能、シグナル伝達、エネルギー産生に重要な役割を果たす

  • スフィンゴ脂質合成経路の重要性は知られていたが、がんの免疫回避における役割は不明だった

行ったこと

  • 機能的ゲノミクスとリピドミクスを用いて、がん細胞の免疫回避に必要な脂質代謝経路を同定

  • スフィンゴ脂質合成酵素のノックアウト細胞を作製し、in vitroおよびin vivoで解析

  • スフィンゴ脂質欠乏がもたらす免疫応答の変化を解析

  • グリコスフィンゴ脂質合成阻害剤と免疫チェックポイント阻害剤の併用効果を検証

検証方法

  • CRISPR-Cas9を用いたスクリーニングによる重要代謝経路の同定

  • リピドミクス解析による脂質プロファイルの変化の測定

  • 同系マウスモデルを用いた腫瘍増殖実験

  • フローサイトメトリーによる免疫細胞の解析

  • RNA-seqによる遺伝子発現解析

  • 免疫細胞との共培養実験

  • 薬理学的阻害実験

分かったこと

  • スフィンゴ脂質合成は培養条件下や免疫不全マウスでのがん細胞増殖には必須ではない

  • しかし、免疫能のある同系マウスモデルでは、スフィンゴ脂質合成が腫瘍増殖に必要

  • スフィンゴ脂質合成の阻害は、NK細胞やCD8+ T細胞によるがん細胞の増殖抑制効果を増強

  • グリコスフィンゴ脂質の欠乏は、IFNγ受容体サブユニット1(IFNGR1)の細胞表面レベルを上昇させる

  • IFNGR1の上昇は、IFNγによる増殖抑制と炎症性シグナルを増強

  • グリコスフィンゴ脂質合成の薬理学的阻害は、免疫チェックポイント阻害療法との相乗効果を示す

研究の面白く独創的なところ

  • がん細胞の免疫回避メカニズムとして、これまであまり注目されていなかったグリコスフィンゴ脂質の重要性を明らかにした

  • 脂質代謝と免疫応答の関連を詳細に解明し、新たながん治療戦略の可能性を示した

  • 培養条件下では必須でない代謝経路が、生体内では重要な役割を果たすことを示した

この研究のアプリケーション

  • グリコスフィンゴ脂質合成を標的とした新規がん免疫療法の開発

  • 既存の免疫チェックポイント阻害剤との併用による治療効果の向上

  • がん細胞の免疫回避メカニズムの理解に基づく、より効果的な治療法の設計

  • 脂質代謝を標的とした新しいがん治療アプローチの開発

著者と所属

  • Mariluz Soula - Laboratory of Metabolic Regulation and Genetics, The Rockefeller University, New York, NY, USA

  • Gokhan Unlu - Laboratory of Metabolic Regulation and Genetics, The Rockefeller University, New York, NY, USA

  • Kıvanç Birsoy - Laboratory of Metabolic Regulation and Genetics, The Rockefeller University, New York, NY, USA

詳しい解説
本研究は、がん細胞の免疫回避メカニズムにおけるグリコスフィンゴ脂質の重要性を明らかにした画期的な成果です。
研究チームは、まずCRISPR-Cas9を用いたスクリーニングにより、がん細胞の生存に重要な代謝経路を探索しました。その結果、スフィンゴ脂質合成経路が同定されました。興味深いことに、この経路は培養条件下や免疫不全マウスでのがん細胞増殖には必須ではありませんでしたが、免疫能のある同系マウスモデルでは腫瘍増殖に必要であることが分かりました。
詳細な解析により、スフィンゴ脂質合成の阻害がNK細胞やCD8+ T細胞によるがん細胞の増殖抑制効果を増強することが明らかになりました。メカニズムとして、グリコスフィンゴ脂質の欠乏がIFNγ受容体サブユニット1(IFNGR1)の細胞表面レベルを上昇させ、IFNγシグナルを増強することが示されました。
さらに、グリコスフィンゴ脂質合成の薬理学的阻害が、免疫チェックポイント阻害療法との相乗効果を示すことも明らかになりました。これは、既存の免疫療法の効果を高める新たな戦略となる可能性があります。
この研究は、がん細胞の脂質代謝と免疫回避の関連を詳細に解明し、新たながん治療戦略の可能性を示した点で非常に重要です。特に、培養条件下では必須でない代謝経路が、生体内では重要な役割を果たすことを示した点は注目に値します。これは、がん研究における in vivo 実験の重要性を改めて示すものと言えるでしょう。
今後、グリコスフィンゴ脂質合成を標的とした新規がん免疫療法の開発や、既存の免疫チェックポイント阻害剤との併用療法の開発など、この発見を基にした新たな治療法の研究が進むことが期待されます。


大規模サンゴ白化を引き起こす高海水温が過去400年で最高を記録

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07672-x

グレートバリアリーフ周辺の海域(コーラル海)の1月-3月の海面温度が、過去400年で最高レベルに達していることが明らかになりました。特に2016年、2017年、2020年、2022年、2024年は記録的な高温となり、大規模なサンゴの白化現象を引き起こしました。研究チームは、サンゴの骨格に含まれる化学物質を分析することで、1618年まで遡って海水温を復元しました。その結果、20世紀以降の温暖化傾向が顕著であり、近年の高温が異常であることが確認されました。また、気候モデルシミュレーションによって、この温暖化が人間活動による影響であることも示されました。

事前情報

  • グレートバリアリーフでは2016年以降、大規模なサンゴの白化現象が頻発している

  • サンゴの骨格に含まれる化学物質は、過去の海洋環境を記録している

  • 人為的な気候変動がサンゴ礁に与える影響が懸念されている

行ったこと

  • サンゴの骨格からストロンチウム/カルシウム比と酸素同位体比を測定し、過去の海水温を復元

  • 気候モデルシミュレーションを用いて、人為的影響の程度を評価

  • 復元された過去の海水温と近年の観測データを比較分析

検証方法

  • 22のサンゴの化学データを用いて1618年から1995年までの海水温を統計的に復元

  • 復元結果の信頼性を疑似プロキシ実験や感度分析で評価

  • 気候モデルの自然変動のみのシミュレーションと人為影響を含むシミュレーションを比較

分かったこと

  • 2016年以降の高温イベントは過去400年で最高レベル

  • 20世紀以降、特に1960年代から顕著な温暖化傾向が見られる

  • 気候モデル分析により、近年の温暖化は人為的影響によるものと結論づけられた

  • 現在の温暖化傾向が続けば、グレートバリアリーフの生態系機能が脅かされる

この研究の面白く独創的なところ

  • サンゴの化学データを用いて400年以上前までの海水温を高精度で復元した点

  • 長期的な海水温変動の中で近年の異常な高温を定量的に示した点

  • 気候モデル実験と組み合わせることで、人為的影響を明確に示した点

この研究のアプリケーション

  • グレートバリアリーフの保全策立案への科学的根拠の提供

  • 気候変動がサンゴ礁生態系に与える影響の長期的評価

  • 世界遺産の危機遺産リスト掲載に関する判断材料の提供

  • 気候変動対策の緊急性を訴えるための科学的エビデンス

著者と所属

  • Benjamin J. Henley (ウーロンゴン大学、メルボルン大学)

  • Helen V. McGregor (ウーロンゴン大学)

  • Andrew D. King (メルボルン大学)

詳しい解説
本研究は、グレートバリアリーフ周辺のコーラル海における海水温の長期変動を明らかにし、近年の温暖化傾向とその影響を評価したものです。研究チームは、サンゴの骨格に含まれるストロンチウム/カルシウム比と酸素同位体比を分析することで、1618年まで遡って1月から3月の海水温を復元しました。これらの化学的指標は海水温と強い相関関係があることが知られています。
復元された400年以上の海水温データを分析した結果、20世紀以降、特に1960年代から顕著な温暖化傾向が見られることが明らかになりました。さらに、2016年、2017年、2020年、2022年、2024年の海水温は、過去400年で最も高いレベルに達していることが判明しました。これらの年には実際に大規模なサンゴの白化現象が観察されており、復元された海水温データとよく一致しています。
研究チームは、この温暖化傾向が自然変動によるものなのか、人為的な影響によるものなのかを判断するため、気候モデルシミュレーションも行いました。自然変動のみを考慮したシミュレーションと、温室効果ガスの増加などの人為的影響を含めたシミュレーションを比較した結果、観測された温暖化傾向は人為的な影響がなければ説明できないことが示されました。
これらの結果は、グレートバリアリーフが直面している危機の深刻さを示しています。サンゴは海水温の上昇に敏感で、わずか1〜2℃の上昇でも白化現象を引き起こす可能性があります。頻繁な高温イベントは、サンゴが回復する時間を与えず、生態系全体に長期的なダメージを与える恐れがあります。
本研究は、過去400年という長期的な視点から現在の海洋温暖化を評価した点で画期的です。これにより、近年の温暖化が異常であることを明確に示すことができました。また、サンゴのデータと気候モデルを組み合わせることで、人為的な影響を定量的に評価した点も新しいアプローチといえます。
この研究結果は、グレートバリアリーフの保全に向けた緊急の対策の必要性を科学的に裏付けるものです。世界遺産としての価値を維持するためには、地球規模での温室効果ガス排出削減が不可欠であることを示唆しています。同時に、サンゴの回復力を高めるための局所的な保護策も重要となるでしょう。
サンゴ礁は、生物多様性の宝庫であるだけでなく、沿岸防護や観光資源としても重要な役割を果たしています。本研究は、気候変動がこれらの生態系サービスに与える影響を評価する上でも貴重な知見を提供しています。今後は、この研究をベースに、より詳細な将来予測や適応策の検討が進むことが期待されます。


ILC2由来のLIFが肺の免疫応答を全身性の免疫応答へと移行させる鍵となることを解明

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07746-w

ILC2由来のLIFが肺の局所免疫応答を全身性の免疫応答へと移行させる鍵となることを解明した研究です。LIFはCCL21の産生を促進し、CCR7陽性免疫細胞のリンパ節への移動を制御します。LIFが欠損すると、ウイルス感染時には肺での局所的な抗ウイルス応答が増強される一方で、アレルゲン暴露時には肺に異所性リンパ組織が形成され、全身性の免疫応答が低下することが示されました。

事前情報

  • ILC2(2型自然リンパ球)は、肺などの粘膜組織に存在する自然免疫細胞の一種

  • LIF(白血病抑制因子)は、多機能性サイトカインの一つ

  • CCL21とCCR7は、免疫細胞の移動を制御するケモカインとその受容体

行ったこと

  • ILC2特異的にLIFを欠損させたマウスの作製

  • ウイルス感染モデルとアレルゲン暴露モデルでの免疫応答の解析

  • リンパ管内皮細胞(LEC)のCCL21産生に対するLIFの影響の検討

  • 免疫細胞のリンパ節への移動におけるLIFの役割の解析

検証方法

  • フローサイトメトリーによる免疫細胞の解析

  • ELISAによるサイトカイン濃度の測定

  • qPCRによる遺伝子発現解析

  • 組織学的解析

  • In vitroでのLEC培養実験

分かったこと

  • ILC2由来のLIFがLECのCCL21産生を誘導する

  • LIFはpDCのCCR7発現を促進する

  • LIF欠損マウスでは、ウイルス感染時に肺での抗ウイルス応答が増強する

  • LIF欠損マウスでは、アレルゲン暴露時に肺に異所性リンパ組織(iBALT)が形成される

  • LIF欠損マウスでは、リンパ節での免疫細胞数が減少し、全身性の免疫応答が低下する

研究の面白く独創的なところ

  • ILC2由来のLIFという新たな因子が、局所免疫から全身性免疫への移行を制御することを発見

  • LIFが欠損すると、ウイルス感染とアレルギー反応で異なる影響が現れることを示した

  • 免疫細胞の移動を制御するメカニズムの新たな側面を明らかにした

この研究のアプリケーション

  • アレルギー疾患や感染症の新しい治療法開発につながる可能性

  • ワクチンの効果を高める新たな戦略の開発

  • 自己免疫疾患の病態解明と治療法開発への応用

著者と所属

  • Mayuri Gogoi - MRC Laboratory of Molecular Biology, Cambridge, UK

  • Paula A. Clark - MRC Laboratory of Molecular Biology, Cambridge, UK

  • Andrew N. J. McKenzie - MRC Laboratory of Molecular Biology, Cambridge, UK

詳しい解説
本研究は、ILC2由来のLIFが局所免疫応答から全身性免疫応答への移行を制御する重要な因子であることを明らかにしました。
LIFは、リンパ管内皮細胞(LEC)に作用してCCL21の産生を促進します。CCL21は、CCR7を発現する免疫細胞をリンパ節へと誘導するケモカインです。また、LIFは形質細胞様樹状細胞(pDC)のCCR7発現も直接促進します。
LIF欠損マウスでは、ウイルス感染時に肺での抗ウイルス応答が増強される一方で、リンパ節への免疫細胞の移動が減少し、全身性の免疫応答が低下しました。これは、LIFが局所免疫と全身性免疫のバランスを調整していることを示唆しています。
アレルゲン暴露実験では、LIF欠損マウスの肺に異所性リンパ組織(iBALT)が形成されました。これは、免疫細胞がリンパ節に移動できず、肺に留まった結果と考えられます。
この研究結果は、局所免疫から全身性免疫への移行メカニズムの理解を深め、様々な免疫関連疾患の新しい治療戦略の開発につながる可能性があります。例えば、LIFの機能を調節することで、ワクチンの効果を高めたり、アレルギー反応を制御したりする新たなアプローチが考えられます。
また、この研究は免疫系の複雑なバランス調整メカニズムの一端を明らかにしており、免疫学の基礎研究としても重要な意義を持ちます。今後は、ヒトにおけるLIFの機能や、他の免疫細胞との相互作用など、さらなる研究の発展が期待されます。


生体膜上でのタンパク質の濡れ現象により、細胞間接着構造であるタイトジャンクションのベルト状形成が促進される

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07726-0

タイトジャンクションは上皮組織のバリア機能を担う重要な細胞間接着構造である。この研究では、タイトジャンクションの主要構成タンパク質であるZO-1が、細胞接着部位で凝縮体を形成し、その後細胞の頂端側界面に沿って伸長することで連続的なベルト状構造を形成することを明らかにした。この過程は物理学的には「前濡れ転移」として説明できることを示した。また、頂端側極性タンパク質PATJがZO-1凝縮体と頂端側膜との相互作用を仲介し、ベルト形成に必須であることを明らかにした。

事前情報

  • タイトジャンクションは上皮組織のバリア機能を担う重要な細胞間接着構造である

  • ZO-1はタイトジャンクションの主要構成タンパク質である

  • タイトジャンクションがどのようにして連続的なベルト状構造を形成するのかは不明だった

行ったこと

  • カルシウムスイッチアッセイを用いて、タイトジャンクション形成過程の時系列解析を行った

  • APEX2近接標識法とプロテオミクス解析により、タイトジャンクション形成過程での分子集合を調べた

  • 生細胞イメージングにより、ZO-1凝縮体の動態を観察した

  • STED超解像顕微鏡を用いて、タイトジャンクションの微細構造を観察した

  • PATJのノックアウト細胞を作製し、タイトジャンクション形成への影響を調べた

  • 物理学的モデルを構築し、数値シミュレーションを行った

検証方法

  • APEX2近接標識法とプロテオミクス解析による分子集合の時系列解析

  • 内在性タンパク質のノックインによる生細胞イメージング

  • CRISPR-Cas9によるPATJノックアウト細胞の作製と解析

  • STED超解像顕微鏡による微細構造観察

  • 物理学的モデルの構築と数値シミュレーション

分かったこと

  • ZO-1は細胞接着部位で凝縮体を形成し、その後頂端側界面に沿って伸長する

  • PATJはZO-1凝縮体の伸長過程で集積し、頂端側膜との相互作用を仲介する

  • PATJノックアウトにより、ZO-1凝縮体の伸長が阻害され、連続的なベルト形成が妨げられる

  • ZO-1凝縮体の伸長過程は物理学的に「前濡れ転移」として説明できる

  • 前濡れ転移の速度はZO-1の頂端側界面への結合親和性に依存する

研究の面白く独創的なところ

  • タイトジャンクションベルト形成を物理学的な「前濡れ転移」として説明した点

  • 生物学と物理学を融合させ、細胞構造形成の新しい理解をもたらした点

  • PATJが頂端側極性とタイトジャンクション形成を結びつける重要な因子であることを示した点

この研究のアプリケーション

  • タイトジャンクションの形成機構の理解に基づく、上皮バリア機能の制御法の開発

  • 細胞極性とタイトジャンクション形成の関連性に基づく、がん治療法の開発

  • 生体膜上のタンパク質凝縮体の制御による、細胞機能の操作技術の開発

  • 物理学的モデルを用いた細胞構造形成のシミュレーション技術の確立

著者と所属

  • Karina Pombo-García - Max Planck Institute of Molecular Cell Biology and Genetics, Dresden, Germany

  • Omar Adame-Arana - Max Planck Institute for the Physics of Complex Systems, Dresden, Germany

  • Frank Jülicher - Max Planck Institute for the Physics of Complex Systems, Dresden, Germany

  • Alf Honigmann - Max Planck Institute of Molecular Cell Biology and Genetics, Dresden, Germany

詳しい解説
この研究は、上皮組織のバリア機能を担う重要な細胞間接着構造であるタイトジャンクションの形成メカニズムを解明したものです。タイトジャンクションは細胞の頂端側を取り囲むベルト状の構造を形成しますが、その形成過程は長年の謎でした。
研究チームは、タイトジャンクションの主要構成タンパク質であるZO-1に着目し、その動態を詳細に解析しました。カルシウムスイッチアッセイを用いて、タイトジャンクション形成を同期的に誘導し、APEX2近接標識法とプロテオミクス解析を組み合わせることで、形成過程での分子集合を時系列で追跡しました。その結果、ZO-1が最初に細胞接着部位で凝縮体を形成し、その後頂端側界面に沿って伸長していくことが明らかになりました。
さらに、生細胞イメージングとSTED超解像顕微鏡観察により、ZO-1凝縮体の動態と微細構造を可視化しました。興味深いことに、頂端側極性タンパク質であるPATJがZO-1凝縮体の伸長過程で集積し、頂端側膜との相互作用を仲介していることが分かりました。PATJをノックアウトすると、ZO-1凝縮体の伸長が阻害され、連続的なベルト形成が妨げられました。
これらの観察結果を説明するため、研究チームは物理学的モデルを構築しました。ZO-1凝縮体の伸長過程が「前濡れ転移」として説明できることを示し、数値シミュレーションによりその妥当性を確認しました。前濡れ転移の速度はZO-1の頂端側界面への結合親和性に依存することが明らかになり、PATJがこの結合親和性を高めることで伸長を促進していると考えられます。
この研究の独創性は、生物学的現象を物理学的な枠組みで捉え直した点にあります。タイトジャンクションベルトの形成を、生体膜上でのタンパク質凝縮体の濡れ現象として説明することで、細胞構造形成の新しい理解をもたらしました。また、PATJが頂端側極性とタイトジャンクション形成を結びつける重要な因子であることを示し、細胞極性とバリア機能の関連性に新たな光を当てました。
この研究成果は、上皮バリア機能の制御法開発やがん治療法の開発など、様々な医学的応用につながる可能性があります。また、生体膜上のタンパク質凝縮体の制御による細胞機能の操作技術や、物理学的モデルを用いた細胞構造形成のシミュレーション技術の確立にも貢献すると期待されます。



最後に
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