論文まとめ470回目 Nature 老化した神経幹細胞の機能を回復させる遺伝子を特定!?など
科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。
さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、ついつい狭くなる視野を広げてくれます。
一口コメント
CRISPR–Cas9 screens reveal regulators of ageing in neural stem cells
CRISPR-Cas9スクリーニングにより神経幹細胞の加齢制御因子が明らかに
「この研究では、老化した脳の神経幹細胞を若返らせる遺伝子を発見しました。研究チームは、ゲノム全体をスクリーニングして、老化した神経幹細胞の活性化を促進する遺伝子を特定しました。特に、グルコース取り込みに関わるGLUT4タンパク質をコードするSlc2a4遺伝子のノックアウトが、老化した神経幹細胞の機能を大幅に改善することがわかりました。この発見は、加齢に伴う認知機能の低下や神経再生能力の低下を改善する新しい治療法の開発につながる可能性があります。」
LYCHOS is a human hybrid of a plant-like PIN transporter and a GPCR
LYCHOSは植物型PIN輸送体とGPCRのハイブリッドである
「私たちの体の中には、植物の成長ホルモンを運ぶタンパク質と似た構造を持つタンパク質が存在することが分かりました。LYCHOSと呼ばれるこのタンパク質は、細胞内のコレステロール量を感知して細胞の成長を調節する重要な役割を担っています。植物由来の部分と動物由来の部分が融合したユニークな構造を持ち、コレステロールを感知すると細胞の成長を促進させる信号を出します。この発見は、細胞の成長制御メカニズムの理解を深め、将来的には関連疾患の治療法開発にもつながる可能性があります。」
RNA m5C oxidation by TET2 regulates chromatin state and leukaemogenesis
TET2によるRNAのm5C酸化がクロマチン状態と白血病発症を制御する
「私たちの体内には、DNA以外にもRNAという分子があります。このRNAにもDNAのようにメチル化という化学修飾が起こります。本研究では、TET2というタンパク質がRNAのメチル化を取り除くことで、白血病の発症を抑えていることを発見しました。TET2に異常があると、RNAのメチル化が過剰になり、遺伝子の発現パターンが乱れて白血病につながります。この仕組みを理解することで、TET2に異常のある白血病の新しい治療法開発につながる可能性があります。」
Calcium-permeable AMPA receptors govern PV neuron feature selectivity
カルシウム透過性AMPAレセプターがPV細胞の特徴選択性を制御する
「脳内の抑制性ニューロンであるPV細胞は、通常あまり選択的ではない反応を示します。この研究では、PV細胞に特徴的なカルシウム透過性AMPAレセプター(CP-AMPAR)が、その低選択性の原因であることを発見しました。CP-AMPARを除去すると、PV細胞は視覚野での方位選択性や海馬での場所選択性が向上しました。逆に、通常CP-AMPARをほとんど持たない興奮性ニューロンにCP-AMPARを発現させると選択性が低下しました。この発見は、ニューロンの計算特性が単一のイオンチャネルタイプによって制御されうることを示しています。」
Neural circuit mechanisms underlying context-specific halting in Drosophila
ショウジョウバエにおける状況特異的な停止の神経回路メカニズム
「ショウジョウバエが歩行を止める時、2つの異なる神経回路を使い分けていることが分かりました。1つ目は「歩行OFFメカニズム」で、歩行を促す神経を抑制して停止します。2つ目は「ブレーキメカニズム」で、足の関節を固定して急停止します。面白いことに、ハエは状況に応じてこれらを使い分けています。例えば餌を見つけた時は歩行OFFを、毛づくろいの時はブレーキを使います。こうしたメカニズムの解明は、他の動物の運動制御の理解にもつながる可能性があります。」
Whole-brain annotation and multi-connectome cell typing of Drosophila
ショウジョウバエの全脳アノテーションとマルチコネクトームを用いた細胞型分類
「ショウジョウバエの脳には約14万個の神経細胞があります。この研究では、それらすべての細胞の形や接続を詳しく調べ、8453種類の細胞タイプに分類しました。さらに、2匹のハエの脳を比較して、どの細胞同士がつながっているかを調べました。その結果、脳の配線にはばらつきがあるものの、全体としては驚くほど一貫性があることがわかりました。例えば、10個以上のシナプスでつながっている細胞同士は、別のハエでも90%以上の確率で同じようにつながっていました。この研究は、ハエの脳の設計図を明らかにし、記憶や学習のしくみを理解する手がかりになります。」
要約
CRISPR-Cas9を用いた遺伝子スクリーニングにより、老化した神経幹細胞の機能を回復させる遺伝子を特定した
この研究では、CRISPR-Cas9を用いたゲノムワイドスクリーニングにより、若齢および老齢マウスの神経幹細胞(NSC)の活性化を制御する遺伝子を同定しました。in vitroスクリーニングで300以上の遺伝子をノックアウトすると、老齢NSCの活性化が促進されることがわかりました。また、in vivoスクリーニング手法を開発し、24の遺伝子ノックアウトが老齢NSCの活性化と新生ニューロン産生を促進することを発見しました。特に、グルコーストランスポーターGLUT4をコードするSlc2a4遺伝子のノックアウトが、老齢NSCの活性化と神経新生を顕著に改善しました。老齢NSCは若齢NSCの2倍のグルコース取り込み量を示し、Slc2a4ノックアウトや一時的なグルコース飢餓により活性化が促進されました。この研究は、加齢に伴う神経幹細胞機能低下のメカニズムを解明し、再生能力を改善する新たな標的を提供しています。
事前情報
神経幹細胞(NSC)は脳の再生能力に重要だが、加齢とともに機能が低下する
NSCの活性化を制御する遺伝子の包括的な理解は不足していた
老化したNSCの機能を改善する遺伝子操作の特定は課題だった
行ったこと
若齢・老齢マウスのNSC培養系でCRISPR-Cas9ゲノムワイドスクリーニングを実施
老齢マウスの脳内でのin vivo CRISPRスクリーニング手法を開発
Slc2a4 (GLUT4)ノックアウトの効果を詳細に解析
NSCのグルコース代謝を若齢・老齢で比較
検証方法
In vitroスクリーニング: NSC培養系でのCRISPR-Cas9スクリーニング
In vivoスクリーニング: 側脳室へのウイルス注入によるCRISPRライブラリー導入
免疫蛍光染色による新生ニューロンの定量
グルコース取り込み量、代謝活性の測定
分かったこと
300以上の遺伝子ノックアウトが老齢NSCの活性化を促進
24の遺伝子ノックアウトが in vivo で老齢NSCの活性化と神経新生を促進
Slc2a4 (GLUT4)ノックアウトが顕著に老齢NSCの機能を改善
老齢NSCは若齢の2倍のグルコース取り込み量を示す
グルコース制限が老齢NSCの活性化を促進
研究の面白く独創的なところ
初めて老化したNSCに対するゲノムワイドCRISPRスクリーニングを実施
老齢マウス脳内でのin vivo CRISPRスクリーニング手法を開発
グルコース代謝制御が老化NSC機能改善の鍵であることを発見
この研究のアプリケーション
加齢に伴う認知機能低下や神経変性疾患の新規治療法開発
脳の再生能力を高める薬剤の開発
他の組織・臓器の幹細胞老化研究への応用
著者と所属
Tyson J. Ruetz - スタンフォード大学遺伝学部
Angela N. Pogson - スタンフォード大学遺伝学部、発生生物学大学院プログラム
Anne Brunet - スタンフォード大学遺伝学部、グレン老化生物学センター、ウー・ツァイ神経科学研究所
詳しい解説
本研究は、神経幹細胞(NSC)の加齢に伴う機能低下のメカニズムを解明し、その機能を回復させる遺伝子を特定することに成功しました。
研究チームは、まず若齢(3-4ヶ月齢)と老齢(18-21ヶ月齢)マウスから採取したNSCを用いて、CRISPR-Cas9によるゲノムワイドスクリーニングを行いました。このスクリーニングでは、約23,000の遺伝子それぞれに対して10種類のsgRNAを設計し、合計約245,000のsgRNAライブラリーを使用しています。その結果、300以上の遺伝子をノックアウトすると、特に老齢NSCの活性化が促進されることが分かりました。
次に、研究チームは老齢マウスの脳内でCRISPRスクリーニングを行うための新しい手法を開発しました。この手法では、sgRNAを発現するレンチウイルスを直接側脳室に注入し、5週間後に嗅球でsgRNAの濃縮を解析します。この in vivo スクリーニングにより、24の遺伝子ノックアウトが老齢NSCの活性化と新生ニューロン産生を促進することが明らかになりました。
特に注目すべきは、インスリン依存性グルコーストランスポーターGLUT4をコードするSlc2a4遺伝子のノックアウトが、in vitro と in vivo の両方で一貫して老齢NSCの機能を改善したことです。Slc2a4ノックアウトにより、老齢マウスの嗅球における新生ニューロンの数が2倍以上に増加しました。
さらなる解析により、老齢NSCは若齢NSCの約2倍のグルコースを取り込んでいることが分かりました。興味深いことに、Slc2a4ノックアウトや一時的なグルコース飢餓処理により、老齢NSCの活性化が促進されました。これらの結果は、加齢に伴うNSCのグルコース代謝の変化が、その機能低下に関与している可能性を示唆しています。
本研究は、NSCの加齢メカニズムに新たな洞察を与えるとともに、加齢に伴う認知機能低下や神経変性疾患の新しい治療アプローチの開発につながる可能性があります。また、開発されたin vivo CRISPRスクリーニング手法は、他の組織や臓器の幹細胞研究にも応用できる可能性があり、幅広い影響が期待されます。
LYCHOSはGPCRとPIN輸送体のハイブリッド型タンパク質でコレステロール感知を介してmTORC1を制御する
LYCHOSは、リソソームに存在するタンパク質で、コレステロールセンサーとして機能し、mTORC1の活性化を制御する。しかし、その構造と機能の詳細は不明だった。
事前情報
LYCHOSはリソソームに存在するタンパク質で、コレステロールセンサーとして機能する
LYCHOSはmTORC1の活性化を制御する
LYCHOSの構造と機能の詳細は不明だった
行ったこと
クライオ電子顕微鏡を用いてLYCHOSの高解像度構造を決定した
表面プラズモン共鳴法やSSM電気生理学的測定を用いて、LYCHOSのIAA結合能を調べた
LYCHOSの変異体を作製し、コレステロール結合部位を同定した
mTORC1活性を測定するFRETバイオセンサーを用いて、LYCHOSのコレステロール感知能を評価した
検証方法
クライオ電子顕微鏡による構造解析
表面プラズモン共鳴法による結合実験
SSM電気生理学的測定
FRETバイオセンサーを用いたmTORC1活性測定
部位特異的変異導入による機能解析
分かったこと
LYCHOSは植物のPIN輸送体に類似した輸送体ドメインとGPCRドメインのハイブリッド構造を持つ
LYCHOSはIAAに結合するが、輸送活性は示さない
コレステロール結合部位はGPCRドメインと輸送体ドメインの界面に存在する
コレステロール結合には、Phe352をゲートとする2段階のメカニズムが関与する
LYCHOSの輸送体ドメインはコレステロール感知とmTORC1活性化に重要な役割を果たす
研究の面白く独創的なところ
植物型輸送体とGPCRのハイブリッド構造を持つ新規タンパク質の発見
植物ホルモン輸送体の構造が、ヒトのコレステロールセンサーに応用されている点
コレステロール結合に関与する2段階のゲーティングメカニズムの解明
輸送体ドメインとGPCRドメインの協調的な機能の発見
この研究のアプリケーション
mTORC1シグナル伝達経路を標的とした新たな治療法の開発
コレステロール代謝異常に関連する疾患の理解と治療法開発
細胞成長制御メカニズムの解明と応用
GPCRとトランスポーターのハイブリッド分子設計への応用
著者と所属
Charles Bayly-Jones (モナシュ大学、シドニー大学)
Christopher J. Lupton (モナシュ大学)
Alastair C. Keen (モナシュ大学)
詳しい解説
本研究は、ヒトのリソソームに存在するLYCHOSタンパク質の構造と機能を詳細に解明したものです。LYCHOSは、コレステロールセンサーとして機能し、細胞の成長を制御するmTORC1シグナル伝達経路を調節することが知られていましたが、その分子メカニズムは不明でした。
研究チームは、クライオ電子顕微鏡を用いてLYCHOSの高解像度構造を決定しました。その結果、LYCHOSが植物のPIN輸送体に類似した輸送体ドメインとGタンパク質共役受容体(GPCR)ドメインのハイブリッド構造を持つことが明らかになりました。これは、植物由来の構造がヒトのタンパク質に組み込まれているという、非常にユニークな発見です。
LYCHOSは植物ホルモンであるインドール酢酸(IAA)に結合する能力を保持していましたが、実際にIAAを輸送する活性は示しませんでした。一方、コレステロールの結合部位はGPCRドメインと輸送体ドメインの界面に存在することが分かりました。
さらに、コレステロール結合には2段階のメカニズムが関与することが明らかになりました。まず、Phe352残基がゲートとして機能し、次にGPCRドメインが移動してコレステロールの結合を可能にします。この複雑なメカニズムにより、LYCHOSは精密にコレステロール濃度を感知できると考えられます。
機能解析の結果、LYCHOSの輸送体ドメインがコレステロール感知とmTORC1活性化に重要な役割を果たすことが示されました。これは、輸送体ドメインとGPCRドメインが協調的に機能していることを示唆しています。
この研究成果は、細胞の成長制御メカニズムの理解を深めるだけでなく、mTORC1シグナル伝達経路を標的とした新たな治療法の開発や、コレステロール代謝異常に関連する疾患の理解と治療に貢献する可能性があります。また、GPCRとトランスポーターのハイブリッド分子設計など、新たなタンパク質工学の方向性を示唆しています。
TET2によるRNAのm5C酸化が白血病の発症を抑制する
TET2タンパク質によるRNAのm5C (5-メチルシトシン) 酸化が、クロマチン構造や遺伝子発現を制御し、白血病の発症を抑制することを明らかにした研究。
事前情報
TET2は白血病抑制遺伝子として知られているが、そのメカニズムは不明だった
TET2はDNAの脱メチル化を行うことが知られていたが、RNAへの作用は不明だった
クロマチン関連RNAの修飾が遺伝子発現を制御することが示唆されていた
行ったこと
マウス胚性幹細胞やヒト白血病細胞を用いて、TET2のRNAへの作用を解析した
TET2欠損細胞でのクロマチン構造やRNAメチル化の変化を調べた
TET2によるRNA m5C酸化の標的や、下流の制御因子を同定した
TET2欠損マウスの造血幹細胞での異常を解析した
検証方法
RNA免疫沈降法やメチル化シークエンシング法によるRNAメチル化解析
ATAC-seqやCUT&Tagによるクロマチン構造解析
ノックダウンや過剰発現実験による機能解析
マウス造血幹細胞の移植実験
分かったこと
TET2はクロマチン関連RNAのm5Cを酸化し、脱メチル化する
TET2欠損によりRNAのm5Cが増加し、クロマチンが開いた状態になる
MBD6タンパク質がm5C修飾RNAに結合し、H2AK119ubの脱ユビキチン化を促進する
TET2欠損細胞ではMBD6依存的な遺伝子活性化が起こる
MBD6をノックダウンすることで、TET2欠損による造血幹細胞の異常が改善される
この研究の面白く独創的なところ
TET2のRNAメチル化制御機能を初めて明らかにした
クロマチン関連RNAのメチル化制御が白血病発症を抑制するという新しいメカニズムを発見した
TET2変異白血病の治療標的としてMBD6を同定した
この研究のアプリケーション
TET2変異白血病の新規治療法開発
クロマチン関連RNAの修飾制御を標的とした新しいがん治療戦略の開発
RNA修飾による遺伝子発現制御機構の理解と応用
著者と所属
Zhongyu Zou, Xiaoyang Dou, Ying Li, Chuan He (シカゴ大学)
Mingjiang Xu (テキサス大学サンアントニオ健康科学センター)
詳しい解説
本研究は、白血病抑制遺伝子として知られるTET2の新たな機能を明らかにしました。TET2は従来、DNAの脱メチル化酵素として知られていましたが、本研究ではRNAのメチル化も制御していることが分かりました。
具体的には、TET2はクロマチン関連RNA (caRNA) の5-メチルシトシン (m5C) を酸化することで、脱メチル化を促進します。TET2が欠損すると、caRNAのm5Cが増加し、これがMBD6タンパク質の結合を促進します。MBD6はヒストンH2AK119のユビキチン化を外す酵素複合体 (PR-DUB) をリクルートし、結果としてクロマチンが開いた状態になり、遺伝子発現が活性化されます。
この機構は特に反復配列RNAで顕著に見られ、TET2欠損細胞では内在性レトロウイルス様配列の発現が上昇していました。これらの異常な遺伝子発現パターンが、造血幹細胞の自己複製能の亢進や分化異常を引き起こし、白血病の発症につながると考えられます。
実際に、TET2欠損マウスの造血幹細胞では自己複製能の亢進や異常な分化が見られましたが、MBD6をノックダウンすることでこれらの異常が改善されました。さらに、ヒトの白血病細胞株を用いた実験でも、TET2変異細胞ではMBD6のノックダウンが増殖を抑制することが示されました。
この研究結果は、TET2変異白血病の新たな治療標的としてMBD6を提示しています。MBD6やその下流の経路を阻害することで、TET2変異白血病を選択的に治療できる可能性があります。また、クロマチン関連RNAの修飾制御という新しい遺伝子発現制御機構の重要性を示しており、今後のがん研究や治療開発に大きな影響を与えると考えられます。
カルシウム透過性AMPAレセプターがPV細胞の特徴選択性を低下させる
PV細胞におけるカルシウム透過性AMPAレセプター(CP-AMPAR)の発現が、その低選択性反応の原因であることを示した研究。CP-AMPARを除去するとPV細胞の特徴選択性が向上し、逆に興奮性細胞にCP-AMPARを発現させると選択性が低下した。
事前情報
PV細胞は大脳皮質の主要な抑制性ニューロンの1つで、通常低い特徴選択性を示す
PV細胞はCP-AMPARを多く発現しているが、その機能的意義は不明だった
興奮性ニューロンは通常CP-AMPARをほとんど発現していない
行ったこと
PV細胞特異的にGluA2サブユニットを過剰発現させ、CP-AMPARを除去した遺伝子改変マウスを作製
2光子カルシウムイメージングを用いて視覚野PV細胞の方位選択性を評価
海馬PV細胞の空間選択性も評価
GluA2ノックアウトマウスを用いて興奮性ニューロンにCP-AMPARを発現させた影響を調べた
電気生理学的解析や数理モデリングを行い、メカニズムを検討
検証方法
遺伝子改変マウスや遺伝子導入を用いてCP-AMPARの発現を操作
2光子カルシウムイメージングによる in vivo での神経活動計測
パッチクランプ法による電気生理学的解析
RNAシーケンシングによる遺伝子発現解析
数理モデリングによるメカニズムの検証
分かったこと
PV細胞からCP-AMPARを除去すると、視覚野での方位選択性と海馬での場所選択性が向上した
興奮性ニューロンにCP-AMPARを発現させると、方位選択性が低下した
CP-AMPAR除去によりPV細胞の内因性興奮性が上昇し、長期抑圧が増強された
数理モデリングにより、CP-AMPARの内向き整流特性と可塑性変化が選択性に影響することが示唆された
この研究の面白く独創的なところ
単一のイオンチャネルタイプ(CP-AMPAR)がニューロンの計算特性を制御しうることを示した
PV細胞の低選択性という特徴的な性質の分子メカニズムを解明した
視覚野と海馬という異なる脳領域で共通のメカニズムが働いていることを示した
電気生理学、イメージング、遺伝学、数理モデリングなど多角的なアプローチを用いている
この研究のアプリケーション
神経回路の情報処理原理の理解につながる
PV細胞の機能異常が関与する精神・神経疾患の病態解明や治療法開発に寄与する可能性
人工神経回路の設計に応用できる可能性がある
脳の計算原理に基づいた新しい機械学習アルゴリズムの開発につながる可能性
著者と所属
Ingie Hong (Johns Hopkins University School of Medicine)
Juhyun Kim (Johns Hopkins University School of Medicine)
Thomas Hainmueller (University of Freiburg)
Richard L. Huganir (Johns Hopkins University School of Medicine)
詳しい解説
この研究は、大脳皮質の主要な抑制性ニューロンであるパルブアルブミン陽性(PV)細胞の特徴的な性質である低選択性の分子メカニズムを解明したものです。PV細胞は通常、視覚刺激などに対して非選択的な反応を示しますが、その理由は長年不明でした。
研究チームは、PV細胞に特異的に発現しているカルシウム透過性AMPAレセプター(CP-AMPAR)に着目しました。遺伝子改変技術を用いてPV細胞のCP-AMPARを除去したところ、視覚野PV細胞の方位選択性が向上しました。さらに、海馬PV細胞の空間選択性も向上することを発見しました。
逆に、通常CP-AMPARをほとんど発現していない興奮性ニューロンにCP-AMPARを発現させると、方位選択性が低下しました。これらの結果は、CP-AMPARの存在がPV細胞の低選択性を引き起こしていることを示しています。
電気生理学的解析や数理モデリングにより、CP-AMPARの内向き整流特性や可塑性への影響が、この選択性制御に関与していることが示唆されました。この発見は、単一のイオンチャネルタイプがニューロンの計算特性を大きく左右しうることを示した点で非常に興味深いものです。
この研究成果は、神経回路の情報処理原理の理解を深めるだけでなく、PV細胞の機能異常が関与する精神・神経疾患の病態解明や治療法開発、さらには脳の計算原理に基づいた新しい人工知能技術の開発にもつながる可能性があります。
ショウジョウバエの停止行動の2つの神経メカニズムを解明し、それらが状況特異的に使い分けられることを発見した研究
ショウジョウバエの歩行停止を制御する2つの神経メカニズムを同定し、それらが状況依存的に使い分けられることを発見した研究です。神経回路の包括的な解析と、行動実験、カルシウムイメージングなどを組み合わせて、停止行動の制御機構を明らかにしました。
事前情報
ショウジョウバエの歩行制御メカニズムについては多くの研究があるが、停止のメカニズムはあまり分かっていなかった
脳や神経系全体の結合様式(コネクトーム)データが近年利用可能になった
特定の神経を操作する遺伝学的手法が発達している
行ったこと
コネクトームデータを活用した神経回路モデリング
遺伝学的手法を用いた特定神経の活性化・不活性化実験
高解像度のキネマティクス解析による歩行・停止パターンの詳細な定量
カルシウムイメージングによる神経活動の可視化
検証方法
コネクトームに基づく計算モデルで予測された神経回路の機能を、遺伝学的操作実験で検証
自由歩行や拘束下での歩行など、様々な条件下で行動解析を実施
神経活動と行動の相関を詳細に分析
分かったこと
停止を制御する2つの主要なメカニズムを同定:
「歩行OFFメカニズム」: 歩行促進神経を抑制
「ブレーキメカニズム」: 足の関節を固定
これらのメカニズムは状況依存的に使い分けられる:
採餌時は主に歩行OFFメカニズムを使用
毛づくろい時は主にブレーキメカニズムを使用
停止を制御する新規神経(FG、BB、BRK)を同定し、その機能を解明
この研究の面白く独創的なところ
コネクトームデータと行動実験を組み合わせた包括的アプローチ
停止行動の制御に複数のメカニズムが関与し、状況依存的に使い分けられることを発見
歩行と停止の制御が密接に関連していることを示唆
哺乳類を含む他の動物種での類似メカニズムの存在を示唆
この研究のアプリケーション
他の動物種における運動制御メカニズムの理解への応用
神経疾患に関連する運動障害の理解と治療法開発への貢献
ロボット工学における効率的な運動制御アルゴリズムの開発への応用
行動の文脈依存的制御に関する一般原理の解明
著者と所属
Neha Sapkal Max Planck Florida Institute for Neuroscience
Nino Mancini - Max Planck Florida Institute for Neuroscience
Divya Sthanu Kumar - Max Planck Florida Institute for Neuroscience
Salil S. Bidaye - Max Planck Florida Institute for Neuroscience
詳しい解説
本研究は、ショウジョウバエの歩行停止を制御する神経メカニズムを包括的に解明しました。研究チームは、最新のコネクトームデータを活用した計算モデリングと、精密な行動実験、神経活動イメージングを組み合わせることで、2つの主要な停止メカニズムを同定しました。
1つ目は「歩行OFFメカニズム」と呼ばれ、歩行を促進する神経回路を抑制することで停止を引き起こします。このメカニズムは、FGとBBという2つの新規に同定された神経によって制御されています。FGとBBは、それぞれ前進歩行と回転運動を促進する神経を選択的に抑制することが分かりました。
2つ目は「ブレーキメカニズム」と呼ばれ、BRKという新規に同定された神経によって制御されています。BRKは、脊髄に相当する腹部神経索で作用し、足の関節を固定することで急速な停止を可能にします。
興味深いことに、これらのメカニズムは状況に応じて使い分けられていることが明らかになりました。例えば、採餌時には主に歩行OFFメカニズムが使用され、ハエは餌の近くでゆっくりと停止します。一方、毛づくろい時には主にブレーキメカニズムが使用され、ハエは体を安定させながら急速に停止します。
この研究は、単純な行動に見える「停止」が実は複雑な神経メカニズムによって制御されていることを示しています。また、行動の文脈依存的制御という観点から、神経系がどのように柔軟な行動を生み出しているかについての洞察を提供しています。
さらに、この研究で明らかになったメカニズムは、哺乳類を含む他の動物種にも存在する可能性があり、運動制御の一般原理の解明につながる可能性があります。また、神経疾患に関連する運動障害の理解や、ロボット工学における効率的な運動制御アルゴリズムの開発など、幅広い分野への応用が期待されます。
ショウジョウバエの脳全体の神経細胞をタイプ分けし、接続パターンを解明
ショウジョウバエの脳全体の神経細胞をタイプ分けし、複数の個体間で接続パターンを比較することで、脳の構造と機能の理解を大きく前進させた研究。
事前情報
ショウジョウバエの脳には約14万個の神経細胞がある
これまで単一個体の部分的なコネクトームデータしかなかった
神経細胞の分類や接続パターンの個体間比較は限定的だった
行ったこと
2匹のショウジョウバエの全脳コネクトームデータを取得
機械学習と専門家による確認を組み合わせて全神経細胞を分類
複数個体間で神経細胞の形態と接続パターンを比較
細胞タイプの定義や接続の信頼性に関する基準を確立
検証方法
形態的類似性(NBLAST)と接続パターンの類似性を用いた細胞タイプの同定
左右半球および個体間での神経細胞数や接続の比較
技術的ノイズと生物学的変動を区別するモデル化
キノコ体回路の詳細な解析による細胞数の違いの影響調査
分かったこと
全脳の神経細胞を8453種類の細胞タイプに分類できた
細胞タイプの59%は1細胞/半球の「シングルトン」だった
10シナプス以上の強い接続は90%以上の確率で個体間で保存されていた
接続の重みの30%以下の差は技術的ノイズで説明できる
キノコ体のγm細胞は個体間で数が大きく異なるが、機能的に補償されていた
この研究の面白く独創的なところ
全脳規模でのマルチコネクトーム比較を初めて実現
複数個体間の比較に基づく堅牢な細胞タイプ定義方法の確立
技術的ノイズと生物学的変動を区別する新しい手法の開発
神経回路の個体差とその機能的補償メカニズムの発見
この研究のアプリケーション
より大規模な脳のコネクトーム研究への方法論の応用
神経発生や可塑性研究への基盤データの提供
脳機能シミュレーションモデルの精緻化
神経疾患研究への応用可能性
著者と所属
Philipp Schlegel MRC分子生物学研究所 神経生物学部門、ケンブリッジ大学動物学部
Yijie Yin - ケンブリッジ大学動物学部
Alexander S. Bates - ハーバード医科大学 神経生物学部門
Gregory S. X. E. Jefferis - MRC分子生物学研究所 神経生物学部門、ケンブリッジ大学動物学部
詳しい解説
本研究は、ショウジョウバエの脳全体のコネクトーム(神経接続の全体図)を複数の個体で取得し、詳細に分析した画期的な成果です。研究チームは、約14万個の神経細胞すべてを8453種類の細胞タイプに分類することに成功しました。これは、これまでで最も包括的な脳の細胞タイプカタログとなります。
研究の特筆すべき点は、複数の個体間でコネクトームを比較したことです。これにより、脳の配線がどの程度一貫しているか、また個体差がどの程度あるかを明らかにしました。例えば、10個以上のシナプスで接続している神経細胞ペアは、90%以上の確率で別の個体でも同様に接続していることがわかりました。この知見は、どの神経接続が機能的に重要である可能性が高いかを示唆しています。
また、研究チームは技術的なノイズと生物学的な変動を区別する新しい手法を開発しました。これにより、観察された接続の重みの差が30%以下の場合、技術的なノイズで説明できることがわかりました。この基準は、今後のコネクトーム研究で接続の違いを解釈する上で重要なガイドラインとなるでしょう。
興味深いことに、キノコ体と呼ばれる記憶や学習に関わる脳領域では、特定の神経細胞(γm細胞)の数が個体間で大きく異なることが発見されました。しかし、詳細な解析により、この細胞数の違いを機能的に補償するメカニズムが存在することが明らかになりました。この発見は、脳が個体差を許容しつつも機能を維持する仕組みを示唆しており、脳の柔軟性と頑健性の理解に新たな視点を提供しています。
本研究は、ショウジョウバエの脳の構造と機能の理解を大きく前進させただけでなく、より複雑な脳のコネクトーム研究にも応用可能な方法論を確立しました。今後、この研究成果は神経発生、可塑性、疾患研究など、幅広い神経科学分野に影響を与えることが期待されます。
最後に
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