【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第15話
『それに貴女のその外見。後宮では並み以下です。後宮に入宮する前に礼儀作法に加え、外見も磨かねばなりませんね。唯一の救いは年が若く、上手くいけば化ける可能性がなくはない事でしょう』
まずは小娘が自信のありそうな外見を真っ先に貶していく。これ見よがしに大きなため息も吐いておいた。
小娘がこれから住まう場所は後宮だ。貴妃や嬪にただの美女はいない。皆、絶世と呼ぶべき美女揃い。
中でも皇帝から唯一の愛を傾けられている皇貴妃は、御年二十五歳とは思えぬ程に凛としながら可憐な容姿。三嬪ですら太刀打ちできない。
仮に小娘が前代未聞の絶世の美女であったとしても、皇帝がなびくとは思えない。とはいえ世継ぎの問題もある。
小娘を入宮させる第一の目的は、餌。次いで、皇貴妃が妊娠するか、寧ろ諦めるまでの時間稼ぎ。
そして諦めるならば、小娘の後ろ盾となる胡家の朝廷での立ち位置的に、皇帝にとって他のどの貴妃よりも、この小娘が出産という意味ではうってつけだ。
だが礼儀作法も知らぬ厚顔無恥な田舎令嬢は、早々に性格を正しておかねばならない。
そう考えて貶したのだから、小娘の次の行動は当然、態度を硬質化させるだけだと信じて疑わなかった。
しかし予想外にも、ただ笑みを深めるのみ。
『不躾なのはお互い様かと思っておりましたが、そもそもご招待をお気に召されないようでしたら、いらっしゃらなければよろしかったのでは?』
いや、むしろ微笑みながら迎え撃ってくるとは。少しは気骨がありそうだが、逆に餌としては不要の産物だ。
『ほう。仮にも丞相たる私にその物言いは不敬では? 貴女はまだ爵位が中間どころの伯家のお嬢さんですよ』
この身の程知らずの田舎育ちが、と胸中で毒づく。
家族を溺愛するフー当主が、甘やかして育てたようだ。
『それではお話そのものを無かった事にして、罰してはいかがでしょう? 私にはそちらの方が得になりそうですが』
『私の方から打診したから、そうできないとでも?』
この小娘の父親が治める領地経営は、極めて順調。念入りに調べたが、朝廷の重鎮達との繋がりすら無かったから、惜しいとは思う。何より貴族としての立場は伯。程良い爵位と言えるだろう。
とはいえ、後宮の女人達の生家と比べれば劣っていても、市井にでれば伯も低い爵位ではない。裏をかかれれば、こちらの毒になる。餌に出来ても、丁度良い手駒にならないならば不要だ。
些かの威圧を纏って、冷たい眼差しを向けてやる。
『いいえ? 言葉そのままお取りになればよろしいのに』
なのに怯む事もなく、それどころか小娘は、さもおかしげにクスクスと口元を隠して笑うだけだった。
予想を尽く裏切る様子に、眉根が寄りそうだ。
『命あっての物種、と申します。今の貴方様の私への認識に加え、いつでも手の平を返されそうな薄っぺらい後ろ盾。いっそこちらが何らかの非を被ってでも貴妃としての後宮入りを防ぐ方に利が傾くと判断しただけの事。父に後ろ盾として守るから安心せよ等と、大言壮語も甚だしい事を仰ったそうですね。そもそも貴方様には私を十分な形で守るなど、端から難しいでしょうに』
今度こそ僅かながら眉間に力を入れてしまった。どうやら正しく見透かされているのは、こちらのようだ。
それに少しずつ魔力の放出量を増やして威圧の力を強めているのに、小娘は効く素振りも見せない。
『ここで手打ちにされるとは思わないのでしょうか?』
『なさろうとするなら、とうになさっておいででは? もちろん、全力で防ぐよう努めますが、お好きになさって?』
全く物怖じせずに紡ぐ言葉に、一切揺らぎがない。さすがに驚いてしまう。貴妃ですら私の威圧には、幾ばくかの恐れを滲ませるというのに。
どうやら小娘への認識を変えるべきだろう。後宮に入れれば、なかなか面白い事になりそうだ。
『私は仮にも丞相ですが、守れないとは如何なるつもりで口にしたのです? 私の後ろ盾というだけでは弱い、と?』
『耳触りの良い言葉でお話し致しましょうか? それとも耳に障りを与える端的なお話しがお望みでしょうか?』
『どのみち聞こえの良い話にはならないと言いたそうですね。端的な方で。もちろん罪には問いませんよ』
そう言うと小娘は一つ頷いて、はっきりと私に告げた。