【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第40話

――ゴイン、ゴイン。
「「ぎゃっ」」

 金の延べ棒を素早く、手首の返しを効かせて二人の破落戸達の頭に振り下ろします。すると短く叫んで頭を押え、しゃがみこみました。喧騒が途絶えてようございました。

 金の延べ棒には私の魔力を纏わせましたからね。普通に振り下ろすより、鈍い痛みに繋がったはずです。

 もちろん意識を失わないのはもちろん、タンコブもできない程度の力加減にしてあります。

「なっ、何?!」
「わ、私は一体……」

 どうやら二人共、正気に戻ったようですね。

「何をはこちらのセリフでは?」

 まずはふわりと優しく、魅せるように微笑みます。そう。殿方を昼間の茶屋へ軽く誘う程度の微笑みです。

「へ……あ……滴雫ディーシャ貴妃、でございますか?」
「ええ、そうよ? 本日ここへいらした殿方と戻って来てみれば……お前達、何をしているの?」

 次第に、夜の褥へいざなう時のように、蠱惑的な微笑みに表情を変えながら、優雅な足取りで陛下胥吏の元へ。

 破落戸達の視線は釘づけです。胥吏にしなだれかかるでもなく、触れるわけでもなく、しかしこれから男女の何がしかを、つい想像させるかのように寄り添うのですから。

 途端に破落戸達は顔を険しくさせました。

 陛下の胸元を些か乱したのも、功を奏したようです。思った通り、殿方日照りの後宮に住まう女子おなごは、このような仕草に免疫が無かったのでしょう。

「はっ。首に墨を入れておらぬ殿方を連れこむとは! さすが田舎娘ね!」
「盛りのついた下品な娘! 胥吏のお前も、服装を正しなさい! 凜汐リンシー様の義兄あに君も、そうやって誑かしたのね! 何の価値もないはずの伯家の娘の後ろ盾になるなんて、おかしいと思った!」

 先程までのどすこい修羅場からは考えられない、息の合った罵りに感服してしまいそう。

 触れるわけでもないのに、前髪に隠れた紫紺色の瞳は凪ぎ、どことなく不機嫌。つれない夫ですね。

 丞相はニヤつき、巻き込み事故を警戒していますね? 距離を取りました。もしやこの方、女子嫌いではないでしょうか?

「そう。下品、ねえ?」

 色を出しつつ、嘲りを混ぜてクスリと嘲笑ってせます。

「たかだか伯の生家の者が、馬鹿にするの!」
「恥を知りなさい! 田舎者!」

 しっかりと煽れたようです。

 それにしても嬪付きの破落戸は、田舎者という単語がお気に入りなのかしら?

「お前達? 自らの夫を宮に迎え入れるのに、何の不都合があるの? そもそも今の夫人も、妾も、世継ぎを作る事こそが急務ではない?」
「……は、夫? あはは! 見え透いた嘘をついて! 誤魔化されないわよ! 陛下が先に入宮した方々を差し置いて、田舎娘など相手になさるはずがないでしょう!」

 嬪付きの破落戸は鼻で笑った後、そう言って馬鹿にしてまいります。

 けれど貴妃付きの破落戸は、訝しげに陛下を見つめます。あらあら、少しずつ顔色を悪くして……震え始めてしまいましたね。

「ねえ? ほら、もっとよく拝顔なさい?」
「……ひっ……へ、陛下」
「は? ……え、本当に? え、え?」

 馬鹿にしていた破落戸も、もう片方の反応から信じたようです。慌て始めました。

「貴妃が夫君をもてなしていただけ。なのにお前達、随分な物言いでしたね? まさか蘭花宮の者が、滴雫ディーシャ貴妃の後ろ盾である私が、わからなかったとでもと?」
「ひっ、丞相!? も……申し訳ごじゃり……ございません! どうか、どうか、お目こぼしを! どうか!」

 焦るあまり噛んでしまった破落戸の様子に、うっかり笑いそうになるのを堪えます。初代のご贔屓さんに、麻呂言葉を好む公家の方がいたのです。思い出してしまったではありませんか。

「そうですね? では、しっかりディーシャ貴妃には金銭で償って差し上げなさい」
「は、はい……」

 丞相は冷たい物言いからの、優しげな物言いで、初心な破落戸を撹乱しましたね。破落戸は頬を赤らめてしまいましたが、それで良いのですか?

「だ、そうですよ?」

 もちろん私は構いません。あこぎな御方と思いつつ、丞相の言葉ににっこり微笑んで頷くのみ。

「ボロ儲け……」
「私のせいではございませんよ、陛下。それに、まだまだ損は取り返せておりません。国家予算分、さっさと耳を揃えて私に返しますか?」
「チッ……」
「フブッ」

 失礼な夫に釘を刺せば、舌打ちと笑いという対象的な殿方二人の反応が返ってまいりました。

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