【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第18話
「この小屋も含め、この離宮は私の名義となった? つまりこの水仙宮の主は私という事ですか?」
いつものように朝稽古を終え、寝床に選んだ小屋の付近を散策していた私。
「出てきなさいよー!」と朝から元気に叫ぶ声を聞き、興味本位で近づけば、昨日の破落戸でした。
朝の挨拶もなく、朝餉を持参したわけでもなく。やはり後宮には破落戸が蔓延っているようです。
そんな破落戸が突然に摩訶不思議な事を口にするのですから、思わず問い返すのも致し方ないかと。
「はあ、だからそうだって言いましたよね。これだから田舎者は嫌なんですよ」
昨日に引き続き、とっても失礼。けれど破落戸です。不慣れな敬語を使うだけ、向上心はあると考えて差し上げるべきでしょう。
「土地は王家の所有ですけど、それ以外の物は滴雫様の物。なのでそのままにしようと、壊そうと、新たに何かを建てようと、お好きになさって下さい。建物が建つまでは誰もこちらに来ませんから。ご自分で身支度も給仕もなさって下さいね。私も含めて、女官は皆忙しいので」
けれど最後にびっくり発言が飛び出しました。私も含めて、と聞こえましたよ? 私の耳、悪くなったのかしら?
しかし今確認すべきは別の事。私は実利を重んじます。
「なるほど。つまり例えばここに記念樹等を植え、その後実ができれば私の物。食すなり、他の者に分け与えるなり、売るなりしても、それによって得た満腹感、人脈、幾ばくかの金子等は全て私個人に還元され、何者も、どのような法も搾取せぬ、と?」
「はぁ!? それは……知りませんけど!? ご自分で好きになさればいいじゃないですか!?」
まあ、その程度の事も答えられないなんて。本当に女官なのでしょうか? はっ、まさか自称女官なのでは?
「そう。ならばそれを一筆書いて、この後宮の責任者に印を頂いてちょうだい?」
「ちょっと、どうして私がしなきゃいけないのよ! 私はアンタみたいな下級貴族の小間使いじゃないわ!」
「どうしてです? このような建物を法の定めた貴妃に与え、貴女のような破落戸を寄越すのに、それは認知できぬと?」
少しだけ目に魔力を乗せてしっかりと見つめてやれば……。
「ひっ……し、知らないわ! 自分で聞きな……」
「その必要はない」
あら、見知った殿方お二人と、見知らぬ黒髪に翡翠色の瞳をした女人がいらっしゃいました。
「こ、皇帝陛下にご挨拶申し上げます!」
破落戸がひれ伏します。
けれど私は目の魔力を霧散させて、そのまま微笑むだけに。
「ふふふ、昨夜ぶり、ですね陛下」
「っ……礼を取れ。玉翠皇貴妃だ」
陛下は、どうしたのでしょう? 何やらバツが悪そうなお顔になりましたね?
「初めまして、滴雫」
「初めまして、玉翠皇貴妃。そしてお久しぶりですね、丞相」
「ええ。まさかこのような事になるとは思いませんでしたが。おや、首に怪我を?」
「はい、予想通りの丸一日でしたが、予想外に素敵な初夜の、素敵な痕跡でございましょう?」
随分と白々しいお顔の丞相は捨て置き、首の傷に手をやって微笑んでおきます。
「っ……、黙れ」
「手当ては……」
「ご覧の通りです。そこでひれ伏す自称女官の破落戸も含め、気にかける者も必要な道具も持ち合わせておりませぬ故。それにこの程度ならば、放っておいてもそのうち消えましょう」
あら、今度は紫紺色の目が泳いでいますね。最愛の女子の前で、年端もいかぬ貴妃の殺生沙汰はまずいと自覚されたのならば、ようございました。
「そのように判断されたからこそ、今この時まで傷を確認される事もなく捨て置かれたのでしょう。左様ですよね、陛下。このような些事、後宮の主たるお二人が気にされる事もございません。して、何用でございましょうか?」
「ふぅ……陛下、後ほどお話ししとうございます」
皇貴妃は額に手を当て、陛下にお願いという名の命令を下されました。強い女子は素敵です。
「……無論だ。目障り故、貴妃はさっさと傷を手当てせよ」
陛下は皇貴妃と私とで、声の温度差を激しくさせていますが、そんなに情緒不安定さを露わにされて良いのでしょうか? この場には破落戸も、お付きの女官や宮女らしき者達もいらっしゃるのに。
「して、どのように?」
第一、そのような命令を私にすべきではありません。手当てする人や物は、ここにあるはずはないのですから。
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