【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第66話
「どうしたのです、静雲」
「巧玲、貴女もよ」
何かしら疑いを含む翡翠色をした皇貴妃の瞳。そしてどこか愉悦を含んだ梅花宮に住む貴妃の、赤茶色の瞳。二人それぞれが、各々身近な関係である嬪を見つめます。
「はて? そちらの嬪達は調子が悪くなったのか」
西方の貴妃と嬪の縁者である大尉も、何やら興味を持ったようです。
「まあ。でしたら宮にお帰りになりますか?もちろん可否は、陛下と皇貴妃が判断される事ですが。折角、茶を私手づからお出しする良き機会かと思っておりましたのに」
わざとシュンと落ちこむ様子を見せておきます。
「ざ、残念ですわ。けれど朝から体の調子が……」
「私も……ええ、少し体調が優れ……」
即座に反応した春の嬪に、夏の嬪も準じます。残念ですが去る者は追わない主義です。気持ちを即座に切り替えましょう。
「それでは残りの皆様で、闘茶を楽しみませんか」
「「ええ!?」」
「どうされたの? 他の方の体調は、問題ないのですもの。それに陛下や三公の方は勿論、同じ四夫人方にはご挨拶がてら……」
「わ、私もお茶を頂きたく存じます!」
「わ、私も!」
何故か仲良く同時に驚いた嬪達は、突然気が変わったようです。夏に続き、春の嬪も元気良く、先程の自分達の言葉を翻しました。
元気が取り戻せたようで何よりです。
「私が初めに闘茶を!」
「私も!」
「「で、では…………ご、ご一緒に……」」
今度も同じ順に挙手され、最後は顔を見合わせて共闘ですか。仲良き事は美しきかな、というやつですね。
「いかが致しましょう? 陛下、皇貴妃」
しかし私は主催者ではありません。故に決定権はないのですよ。
主催者達は顔を見合わせ、陛下はその後に丞相をチラリと見やり無言の会話をしました。
「朝廷での政務の時間もある。闘茶はそこの嬪二人で行うが良い。他の者達はディーシャの用意した茶を飲みながら、成り行きを見守ろうではないか」
ほうほう。上手く嬪達の茶を躱しましたか。
陛下の言葉に頬を引きつらせながらも、安堵の表情を浮かべる嬪達。
陛下の決定にだれも否と唱える事もなく、まずは私の用意した茶を出します。
「黒茶……普洱茶かしら」
「青蝶様、それにしては香りが尖った所もなく芳醇。口当たりも良くて甘みが強くて……美味しい」
西方の貴妃と嬪は仲良く話をしながら舌鼓を打ちます。他の方々も私の茶を口々に称賛し始めます。
「ディーシャ、この茶が黒茶なのは見てわかる。普洱茶とも違う味わいだが、何の茶だ?」
どうやら皆様、私の出した美味しいお茶が何かおわかりにならないようです。
「私の生家で、個人的に楽しむのに寝かせている百年六堡茶です」
「なっ、100年!? 聞いた事はあるが、本当に!? ……あ、いや、失礼した。その、茶には目がなくてな」
林傑明司空は落ち着いた壮年の殿方という印象でした。しかしガタンと椅子を鳴らして立ち上がってしまうくらい、驚かせたようです。
実はリン家より、過去に胡家へこのお茶の問い合わせが来た事があったのです。それを思い出し、ご用意してきて何よりです。
娘の皇貴妃が驚いた顔で父を見やるくらいには、普段の父親と様子が違うのでしょう。
うちの生家が治める領では、一部のお茶愛好家が一目置くくらい、茶葉の栽培や開発が盛んですからね。
「司空。もし良ろしければ、これから闘茶に使った後、こちらの壷に残った物をお譲りするわ? 余り物となってしまい申し訳ないのだけれど、熟成の過程で駄目になる事も多いのが百年六堡茶。その年によっては無い場合もあるくらいよ。だから基本的に外へ出す事はしていないし、今年の茶葉はもうこれしかないの」
「そ、それは……是非。しかし良ろしいのかね、貴妃。金塊を幾つ出しても惜しまぬ者は、数多いるだろう」
あら、司空の言葉に全員が息をのみましたよ。
この世界にはお茶愛好家が数多おります。この壷一つに、金塊百個を惜しまない方も多くいらっしゃるのです。
「既に壷を開封し、外気に曝しましてしまったわ。価値は既に下がっているもの。司空も珍しいからと、飲み惜しみされないようになさって。美味しく飲める内に飲んでもらえれば、百年前の作り手達も冥土でぶはず」
「そ、そうか。それでは有り難く頂こう。しかし後で礼は、させて欲しいものだ」
「まあ」
あら、素敵なご提案。思わず普通に微笑んでしまいました。
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