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【映画】Mマイク・リー

イギリスの監督さんです。
この監督さんの作品はどこにでもありそうな日常を描いているようですが、その現実感は登場人物について役者と共に細かく突き詰め、その行動を練り上げることで作られています。
 舞台監督でもあり即興芝居を取り入れて役者さんの力量が発揮する場を作る。面白い作家さんです。


「秘密と嘘」

嘘も方便。
優しい嘘。
良かれと思って黙っているだけ、と思っても
その上に重ねる言葉は嘘になる。
そんなおはなし。

シングルマザーのシンシアは娘のロクサーヌと2人で暮らしています。シンシアは口うるさくロクサーヌの行動を咎め、ロクサーヌはいつもイライラ。口喧嘩が絶えません。ボーイフレンドがいるのを知ってもちゃんと避妊しなさいなどとしか言えず娘に嫌がられる始末。
ある日、そんなシンシアの元に一本の電話がかかってきます。自分はシンシアの娘だと言う女性。何度か拒絶したシンシアでしたが会いに行くことに。待ち合わせの場所に行くとそこには一人の黒人女性のホーテンスがいました。

シンシアはホーテンスを産んですぐに養子に出してしまったことさえ記憶の底深くへ埋めてしまっていました。真実に驚き動揺し、ホーテンスを拒絶します。ホーテンスはとても頭の良いスマートな女性で、シンシアを驚かせてしまい拒まれたことを受け入れて身を引きます。
しかしその後、シンシアは悩んだ末にホーテンスに電話を掛けます。そこからのシンシアとホーテンスの過ごす時間には女友達のように楽しそうな二人がいました。ある日シンシアは親族が集まるホームパーティーにホーテンスを招きます。

この作品には実は脚本がありません。与えられた設定を元に役者さんたちでストーリーを作ってゆく手法を取っています。シンシアとホーテンスが初めて顔を合わせるシーンもお互いに知らされず相手が白人なのか黒人なのかさえ知りません。その時の驚きはその役者そのもののものでしょう。


ホームパーティーでホーテンスが何者か明かされてしまうのですが、居合わせた人々の秘密と重ねられた嘘も明かされ、それからの流れが面白いです。

みんな「ほんとうのところ」に被せた顔で社交的に生きていますがその仮面を剥ぎ取るのがシンシアというなんとも自由な女性です。下世話で困ったところもあるのですが「ほんとうのところ」に実は敏感で互いの弱さや秘密と嘘を子どものように引き出しては泣きながら抱きしめる。
憎めない人ってこういうことなんだろうな(´ω`)




「人生は、時々晴れ」

ロンドンの集合住宅に住むタクシードライバーのフィル一家を中心とした人々のお話し。
フィルはその団地で妻とふたりの子どもと暮らしています。妻のペニーはスーパーのレジ係、娘のレイチェルは老人ホームで働いていますが息子のローリーは働かず引きこもっています。フィルの同僚一家やペニーの同僚一家もこの集合住宅に住んでいるのですがそれぞれに問題を抱えています。

フィル一家はその行き詰まりと倦怠を体現しているのかペニー以外の3人はどっしりと太っています。ぷくぷくというよりどんより、ずっしりといった感じです。痩せたペニーだけがイライラとスーパーでレジを打ち、家族の食事を作り、働かず減らず口を叩くローリーを叱ります。淡々と老人ホームでの仕事に従事するレイチェルとタクシードライバーの仕事にやる気を見せないフィル。先の見えない一家に訪れたのはローリーを襲ったハプニング。一家は岐路に立たされます。

アル中の母と頼りない父を持つ娘、チンピラのような男と付き合い未婚のまま孕ってしまった娘を持つ母。団地に住む救いのないような話を描きながらフィル一家の問題を深めてゆきます。

倒れて一生服薬治療をしなければならなくなったモーリー。支えていくべき夫婦はその関係を見直し始めます。そこからがこのマイク・リー監督の優しさに満ち、希望を願う展開で単純なストーリーかもしれないけれど丁寧な会話で紡ぐラストは最後までリアルで丁寧。

本作は撮影までのリハーサル期間に半年を費やし、俳優たちの役作りを念入りに行ったそうです。マイク・リー監督の作品にはシナリオはなく構成があるだけだそう。
そして俳優たちは映画の登場人物に近いような身近な人物を考えてくるように言われ、監督からこの人はどんな歩き方?何をしている人?と細かな質問をされてその役に合う人物像を精査していくそうです。

ラストのシーンでお互いや自分を見失いそうになった夫婦が、また家族と集い並んで座っている時にフィルが妻の服についた糸くずを見つけてさりげなく取ってあげるのですが、いつもこのシーンで胸が詰まってしまいます。

この作品の原題はall or nothing
人と人がいて何かが起こることもあるが何も起こらないこともある。何か起こるべきとも思ってはいない、人生の並列関係に魅了されていると監督は言っています。

ちなみにマイク・リーは気に入っている監督に小津安二郎を挙げています。日常を舞台として人に焦点を当てて描くことに共通する作品です。




「家族の庭」

トムとジェリーは仲睦まじい夫妻。トムは地質学者でジェリーは医学のカウンセラーとして働いています。時折訪ねてくる一人息子ジョーは好青年の弁護士。夫婦は家庭菜園で自作の野菜を食卓に並べる。
こんな平和な日々のトムとジェリーのところに個性的で問題を抱えた人物が集まってきます。

ジェリーの同僚のメアリーは独身で良い年になっていても若く見えることにこだわりジョーにまで色目を使っては彼のガールフレンドに嫉妬の火を燃やす始末。優しく迎え入れていたジェリーもさすがにメアリーを拒むようになりますがそれでもジェリーの家にやってくるメアリーを仕方なく受け入れます。


トムの友人のケンはメアリーに想いを寄せて近づこうとしますがメアリーは冷たくあしらいます。
痛々しく周りからも浮いてしまうメアリー。トムとジェリー一家との陰と陽の対比は距離が開きすぎていて悲しくなるくらいです。

監督はこの作品で何を言いたかったのだろうと思うほど、メアリーは救われません。毒を吐き自分を嘆きジェリーにすがりつき、家に入れてもらえようとも心の底から突き放されたまま。
トムとジェリー夫婦みたいに絵に描いたような恵まれた人間には心の底に問題を持ち劣等感から解放されることのないような人間の気持ちを理解することはできない、カウンセラーであるジェリーの態度は友人へのそれではなく患者への姿勢であるようだ。明るい光に寄ってくる暗闇を飛び交う小虫のように人々をいたわっているようにも見えません。

疎外されたメアリーの成長物語なんだろうか。ラストの彼女の心を無視して流れ続ける明るい会話の中で見せるメアリーの虚な目からはそんなふうに思えません。
とんでもない皮肉がこの作品を遠くから見ている気さえしてきます。

とても不思議で結論づけられないものがあり、ふと見たくなって何度も見てしまう作品です。

あなたならどう感じるでしょう?

お読みいただきありがとうございました!
(๑・̑◡・̑๑)

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