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親父が、福祉車両を買い替えた時の一言。

 我が家に福祉車両が来たのはかれこれ11年も前。おふくろが病気で要介護状態になったからだ。これを機に車を買い替えた。下半身麻痺でほぼ寝たきり・車椅子生活。上半身だけは元気だ、とおふくろは口癖のように言う。
 ただ、長時間にわたって車椅子に乗るのが辛い、とも語る。例えば自分は今椅子に座りながら文章を書いているが、もし体勢を少しだけ替えたいなら腰やお尻をヨイショと動かせば済む。しかしおふくろにはそれが出来ない。両手を付けて体全体を持ち上げなくてはならない。足で踏ん張れないから余計に大変なのだ。とはいえ、この感覚は他人になかなか伝えづらいらしい。上半身だけは元気と言いつつも「あまりこの身体で長生きはしたくない」とも呟く。先の言葉が空元気に聞こえてくるのは、息子にとっても少々辛い。

 そんな「長く座ってられない」というおふくろの希望もあり、当初購入した車は「昇降式シートタイプ」となった。助手席が90°回転してせり出し、乗り降りを楽にする方式だ。似たような動画があったので紹介しておく。

 自分もこれでいいだろうと思ってたが、おふくろは下半身が動かせず自立出来ないほどの麻痺状態。なので乗車時は全身を抱っこするように支えてやらねばならない。男一人でヨッコイショ、と持ち上げる力仕事だ。なので乗降の回数が増えれば増えるほど手間がかかってしまう。もちろん家族三人で乗車する際は自分も手を貸すものの、やはり夫婦二人での通院や外出が断然多い。なので主な介護者である親父への負担がより大きくなってしまう。
 おまけにその親父も古希を過ぎた。ここ最近だと外出時のおふくろ」は嬉しそうではあるものの、どこか申し訳無さそうにしているようにも見えた。 

 そして今年に入ってから親父は「次の車の話」をし始めるようになった。丁度車検を迎えるからだという。さらに
「今度の車はスロープ式のやつにしようと思っている」
とも。これにはおふくろも
「それでお父さんの負担も少しは減るだろうし……その代わり、優しく運転してよ。いつも何か荒っぽく感じるから」
 三人での外出時は、親父の負担を減らすため時折自分がハンドルを握ることもある。その際におふくろは「お父さんは運転が荒っぽい」と必ず言ってくるのだ。個人の運転癖は他人を乗せると如実に分かるものらしい。


 さて先月、前回車を買った福祉車両のディーラーへと三人で赴いた。新車ではなく中古車で、台数こそ多くないがいずれの車も状態は良く走行距離も少なめだ。でもそれってつまり「最初買った人が『使う必要が無くなった』から手放した」ってことだよなぁ、と三人で苦笑する。

 やがて、親父とおふくろは一台の車に目を付けた。車椅子ごと乗り込めるスロープ式。装備諸々も充実している。参考動画はこちら。

 ただ、親父は値段を気にしていた。間違いなく良い車だけど、少々値が張る。思い切ってこれを買うか、もう少し待って良い中古車を探してみるかで悩んでいるようだ。
 そこで親父から一言「大輔、何かアドバイスあるか?」。
 俺はすかさず「親父としてはどうなのよ?」と返した。

 すると親父はこう答えた。
「俺にとって、最後の車になるかもしれないからな」

「!」

 そういうことだったか。
 親父にとっては、おふくろを乗せる以外でも、買い物や所要での普段遣いにもなる一台だ。もしこれを乗り潰すようなら、おそらく傘寿まで行ってしまうに違いない。そうなれば「もう車は無理だ」と免許返納をする将来も、親父には見えているのだろう。
 その時に、どんな車に乗っていたいか。妥協して買った車よりも
「やっぱりコレでよかったな」
と思える車の方が絶対良いに決まっている!

 そう思うんだったら、と俺は親父の背中を押すように言った。

 一時間後。我ら一家三人は、ディーラーの文字が書かれた大きな封筒を抱えながら帰路についた。かくして我が家には二代目の、全く違うタイプの福祉車両がやってくることとなったのだ。

 親父もおふくろも、どっちがどれだけ元気でいられるだろうか。
 それまではどうか、親の想い出を長くサポートする車であって欲しい。

 あと最後に一言。親父よ、安全運転は頼むぞ。おふくろをビックリさせるようなのはイカンぞ!

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