映画『惑星大戦争』への愛と憎悪:C105戦利品紹介『CRASH AND BURN VOL.14 宇宙特撮シリーズ アストロ集団 その4/著:女神エヘン』
『惑星大戦争』。
1977年12月17日。当時巻き起こっていた「SFブーム」を受けて、東宝が正月映画として夜に放った「SF超大作」である。この同人誌はその『惑星大戦争』に対し、惜しみない愛を持って叩きまくった渾身の一冊だ。
と、その愛の深さを語る前に書いておきたい。自分は当該サークルの同人誌に、甚だお世話になっている。その処女作となる同人誌『CRASH AND BURN Vol.1 増補改訂版 惑星大戦争&宇宙からのメッセージ』は、以下の記事を執筆する際の参考書籍にもなった。また2015年のMOOK『東映スピード・アクション浪漫アルバム』(徳間書店)の一章「『宇宙からのメッセージ』はSFブームの夢を見るか?」でも同サークルは執筆協力しているという。こちらの書籍も同様に参考としている。だとすればもはや頭が上がらない。様々である。
まず情報量の多さに驚かされる。公開時に本作『惑星大戦争』を採り上げた新聞や雑誌記事の切り抜き、今までに紹介された関連書籍、各媒体への広告や宣材、プラモデル等の立体造形物、サウンドトラックが収録された音楽媒体、さらには山勝のミニカードやロッテ「惑星大戦争」ガム(1個50円・5枚入り)の付録カードまで紹介という充実ぶり。なお宣伝材料には箱タバコまであった。中身はホープ、ってそこまで紹介するとは。
また公開当時に発売された、かの悪名高い「轟天」とは名ばかりの潜水艦プラモの正体を追跡する項目もある。話には聴いてたが、ただドリルっぽい箇所があるだけの既製品を、その名前で売り出した商売根性にはもはや開いた口が塞がらない。もっとも当時はプラモデル全盛期であり、かのアリイ(現:マイクロエース)が販売していたオリジナルロボットを、SFブームの頃には「スペースコンボイ」、ガンダムブームの折に「太陽系戦隊ガルダン」と名前を変え、それっぽい箱絵で売り出していた。その歴史を踏まえると、ブームに乗るためなら何でもするガムシャラさと逞しさを、あまり否定はしたくない。
何より『惑星大戦争』自体が、そういう映画だからだ。
1977年当時のSFブームに関しては、ここでも簡単に触れた。
1年2ヶ月という空白、そして当時の宇宙SFブームからすれば、そこに便乗せんとする流れは理解できる。東映はある程度の準備期間を設け、SWの登場から約1年後、翌年GWに『宇宙からのメッセージ』を公開した。だが東宝は『惑星大戦争』をそれよりも早く、7ヶ月で送り出してしまった。実質的な企画・撮影期間は半年程度であろう。
それだけの芸当が出来たのは、ひとえに「東宝特撮映画の黄金期」があったからだ、と筆者は語る。東宝には轟天の元となった『海底軍艦』はもちろんのこと、数々の特撮・怪獣映画作品において様々な宇宙船が登場し、銀河を飛び交っていた時代があった。ならば、かつて作られた宇宙SF映画及びそのテイストを活かせば、誰よりも早く製作してこのムーブメントに乗っかり、かつビジネスとして成功させることが出来るではないか、と。
確かにビジネスとしては成功したようだ。興行面でも国内では山口百恵・三浦友和主演の『霧の旗』と同時上映され、一定の成功を収めた。そして海外にも輸出され、当時の外貨で約200万ドルを稼ぎ出したと報道されている。特にドイツでヒットし、この同人誌で紹介された海外公開時のポスターを見ると、ドイツだけでなくフランス、スペイン、イタリアを始め、ポルトガル、ギリシア、ユーゴスラビア、スウェーデン、フィンランド、さらにはメキシコと、主に欧州圏で封切られていたことが分かる。大成功したのは間違いなかろう。
だが本著はこのように語っている。
あらゆる面で往年の東宝特撮を思わせる作風は好きだ。
しかし本作はあらゆる面で「古すぎた」と。
もちろん急ごしらえだった点はあるにせよ、元からある地力を持ってすれば(ある程度の)カバーは可能だった。だが宇宙船その他諸々のデザインも、ストーリーも、そして何より特撮技術までもが一昔前のものだった。
『惑星大戦争』は1977年当時のSFブームを受けた作品でありながら、当時のブームメントから何も学ばず、かつ意欲的でもなかったうえ、その古臭さと安普請のせいで、ブームの渦中にいたファンの人達を大いに失望させたのが一番の罪である、と。この失望は、翌年に発表された後続の和製SF作品『宇宙からのメッセージ』及びTV版の『銀河大戦』、円谷の『スターウルフ』にも悪い方向へと波及し、当時の和製特撮作品そのものの低評価にも繋がってしまった、と本著は語る。
思い出せば、自分が『宇宙からのメッセージ』を知るきっかけになった『大特撮 改訂版:日本特撮映画史』でも、『惑星大戦争』はコテンパンに叩かれており、もはや日本特撮には希望も無くなったかのように評されている。逆に希望の光のごとく絶賛されていた『宇宙からのメッセージ』とは大違いだ。そういった意味では、本当に罪深い。
それでも筆者は『惑星大戦争』に惹かれてしまうようだ。この映画は出来た時から古かった、しかしだからこそ時代から切り離された古臭さが魅力であると。世代的にはまだ知り得なかった、東宝特撮黄金期の面影が残っている最後の作品ではないか……
自分もこの想いは十分理解出来る。初見時は中学生で、既にあれこれと情報を得ていた段階だったが、なかなかどうして楽しいではないか、という感想を抱いたからだ。津島利章氏の音楽も気に入っており、視聴後まもなく本作のサントラが収録されたアルバムCDを買ったあたり、何だかんだ気に入っていたのだから。
製作の裏事情や公開後に与えた影響(※ほぼ悪影響)を知ったとしても、だからといって「やっぱりツマラナイ」と掌返しをしたくはない。なので、筆者の意見には全くもって同感である。
しかし、同時に自分の中では今現在こういう評価になっている。
『惑星大戦争』は面白いかもしれないが、10年古かった。
本作が1967年に製作されていたら、間違いなく先駆者であり意欲作と言えたのだ。日本の特撮史でいえば『ウルトラマン』『ウルトラセブン』『キャプテンウルトラ』あたりで、海外からは『サンダーバード』が入ってきた時代でもある。その頃に『惑星大戦争』があったとしても、自分は何の違和感も覚えないだろう。宇宙船のデザインも、ストーリーも、そして特撮技術においてもである。
それがあらゆる面において僅か10年で一気に古くなってしまった。この状況の変化、そして進化にまるでついて行けなかったのが、最大の不幸といえるだろう。
「降って湧いたブームに『惑星大戦争』という形で安易に乗っからず、冷静さと徹底した準備を持ち、製作体制の変革を断行する勇気が必要だったのではないか」……だが過去は変えられない。この映画を作るべきなかった、という意見が出るのも仕方が無い。それだけのことをやらかしてしまった事実は揺るがないのだ。
それでもなお「いや、楽しいと思えるところはあるぞ?」と思えてならない、100%憎めないのがまた『惑星大戦争』の魅力でもある。先にも挙げた津島利章の音楽はもちろん、森田健作や浅野ゆう子、沖雅也、宮内洋といった若手の俳優陣、大滝秀治、平田昭彦、そして池部良らのベテラン俳優らの共演にはその当時の映画界を大いに感じられるうえ、時間的制約がありながらも巨大宇宙船同士のガチ勝負を、そして中野昭慶監督だからこその大爆発までしっかり堪能出来る特撮は、その古さ故に一周回って憎めなくなってしまうのである。
本作を批判したり「クソ」と呼ぶのは簡単だ。しかし、何がしたかっのたか、何を狙って作ったのかも分からない数多の映画作品と比較すれば『惑星大戦争』のコンセプトは実に分かりやすく、実に素直で良いではないか。
SFブームに対して本気で商売しようと企んだ、昭和東宝特撮の残り香。
本作への愛憎を十二分に感じる一冊であった。