職場に現れたサディズム
この数年で私の職場だけでなく、私の仕事の業界全体も随分雰囲気が変わったのを肌で感じていた。威圧的でサディスティックなメッセージが増えたなぁと漠然と感じていた。
この内田樹さんのインタビューをみて、ああこれだったのかと。確かにテレビでしょっちゅう政治家が「それには当たらない」とやってたなぁ。あれが”上”から降りてきてたんだね。あの人は新しい受け答えの文言を発明して、社会の形を変えてしまったんだね。
職場のサディズムは、「誰がボスなのか分からせるために拷問や罰の代わりに屈辱感を与えるためのもの」だったのか。。納得した。納得したと同時に、この”流行”にのり、体内にしまい込んでいた自分のサディズムを嬉々として発揮する人と、そうでない人がいるのにも気づく。やっぱりここでも、「人の質」の違いがでてるんだな、と思った。
「街場の成熟論」早速買って読んでみたが、このインタビュー記事に直接関連したエッセイは一つだけだった。このインタビューが一番よかった。
「社会に漂ってきたこれまでと違う空気」を言葉に置き換える評論家さんの力ってすごいなぁって思いました。
———-以下印象的だった箇所を記事から引用しました。
「ハラスメント」は「猟犬を駆り立てる叫び」を意味する古仏語が語源です。そこから「猟犬が獲物をどこまでも追い続けて、息も絶え絶えな状態にすること」を意味する動詞harasser ができました。harassmentはその名詞形です。長い距離、長い時間、猟犬に駆り立てられて息も絶え絶えになった獲物が感じる絶望的な疲労感のことを「ハラスメント」と言うのです。
ですから、「ハラスメント」を単なる「いやがらせ」と訳すのは言葉があまりに足りません。生きる意欲が失われるほどの絶望的な疲労感を長期にわたって、執拗に、繰り返し与えることが「ハラスメント」だからです。
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↑まさにこんな感じですね。
もひとつ記事から引用です———
日本社会は外来の概念であっても、理解できて、日常の風景の中にあって、具体的に「これ」と指し示すことができるようになると、それを「カタカナ四文字の略語」にします。必ず、そうします。パソコン、ワープロ、デジカメから始まって、コンサル、ポリコレ、パワハラ、セクハラに至るまで。でも、フェイルセーフとリスクヘッジとレジリエンスについてはかたくなにこれを翻訳することも略語を作ることも日本人は拒んでいる。そんなものは日本社会にはなかったし、今もないし、これからもあってはならないと無意識のうちに日本の組織人たちが信じているからです。
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↑提案なんですけど、「フェルセフ」と「リスヘジ」と「レジリエ」はどうですかね😛?
わたし個人は、もう一度ボトムアップ型の社会になるといいなと思っている。もう少ししたら、なんだか崩壊前のソ連とかどこかの軍事政権下の経済みたいになってきたねぇ、ずいぶんトップダウンでやったきたけど、これじゃぁどうにもならんねぇ、って言い出す人があちこちで出てくるんじゃないかな。
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