くじら山のカケラ(1600文字)
ペッカーとは、妻のことである。
英語でpeckは『ついばむ』の意味。
キッチンでドライフルーツをちょこちょこと、摘み食いしている妻はキッチンペッカーなんである。
そんなペッカーお気に入りのドライフルーツミックス。
夕食後にそれを、小皿にざらざらと山盛りにして妻は上機嫌であった。
スプーンをブルドーザーのように操って、ドライフルーツを砂利のごとくにザクザクと掬い上げては口に運んでいる。
ペッカー改めブルドーザーである。
袋の中身が少なくなって、ちびちびと摘み食いしていたペッカーだったが、新しい袋が届いたので気持ちが大きくなったのだろう、昨夜からブルドーザーに変身したのであった。
そんな妻に訊いてみた。
「ねえ、ペッカー」
『なあに?』
「ペッカーのエサの中で、ペッカーがいちばん好きなカケラはどれかな?」
ミックスドライフルーツは、7種のカケラの混ぜ合わせである。
『んー』と妻は応えた。『これかな? さっぱりしてて酸味があって……』
スプーンにのせてもらったカケラを摘まんで食してみた。
ほう、確かに酸っぱい、そして甘い。
「なにかな? これは?」
『キウイだよ』
ふむ、キウイうまいな。
『あたしが2番目に好きなのも食べてみる?』
頷くと、スプーンに今度は限りなく透明に近いオレンジのカケラをのせてくれた。
食べてみると、これもうまい。
『パパイアだよ』
とペッカーが教えてくれた。
そう言われてみると、確かにパパイアの味である。
『こっちはかたいよ』
という注意喚起とともにのせられた次のカケラ、こちらも淡いオレンジ色で、摘まんで口に入れると……、
「……グミだね、歯触りがグミだ」
『そう、それがマンゴー』
おお、マンゴーが僕いちばん好きかもしれない。
『じゃ、これは?』
今度のせられたのは、見るからにブドウであった。
「レーズンだね、レーズンはもう食べなれてるから……」
と僕は言った。
『フツーのレーズンじゃないんだよ、食べてみな?』
食べたら……、あ、なんか普通のレーズンより爽やかな……?
『グリーンレーズンって言うんだよ』
ペッカーはなんでも知っている。
「僕のいちばんは、うーん、やっぱマンゴーかなあ、歯触りのしっかり感が……」
と言っているのを聞かずにペッカーは、また新しいカケラをスプーンにのせて僕にすすめた。
濃い紫色の、ややゴツゴツしたカケラだった。
「今度こそ、いかにも干しブドウって感じだね……」
と言いながら食べてみた。
――ん? あれれ?
これは――、あれだよ、クワの実だ、まだ子供だった頃、くじら山で、木からちぎって食べたクワの実だ……!
『どう?』
甘くて、そしてツキンと酸っぱい。
「くじら山の味だ」
と言って僕は、妻に、過ぎ去りし少年の日々を語った。
クワの実、ザリガニ、化石掘り、草相撲。
山盛りにしたエサを掬って食べながらペッカーは、さえずることもなく話を聞いてくれた。
「で、さっきのカケラはなんのカケラ?」
と、話を終えてから尋ねてみた。
(――まさかクワの実じゃあるまい?)
『クランベリー』
と妻は応えた。
「クランベリーかあ……。ふむ、じゃあ僕のいちばんは、うん、クランベリーだ」
と伝えた。
妻は頷いた。
「それにしても詳しいね、ドライフルーツに」
僕がそう言うとペッカーは、朝を告げる鳥みたいに胸を張って応えた。
『だてに摘み食いしてないよ、ひとつぶひとつぶ研究しながら食べてたんだから!』
ミックスナッツと一緒にフルーツたちを、まぜこぜにしてあんぐりと食してきたこの僕、我が身の粗雑なる振る舞いを恥じた。
ひとつぶひとつぶを愛でなから食していたとは……。
「さすがだね、ペッカー!」
と褒めてやった。
「まあね、なんたってペッカーだからね」
と威張りながら妻はまたザラザラと、エサを砂利みたいに口に運び込むのであった。
日頃ペッカーをやってると、たまにはブルドーザーになりたいんだろうなあ、と微笑ましく思いながらその様子を眺めた。