
ルイーズ・ブルジョワが涅槃仏と向き合う――東南アジア最大級の現代アートの祭典バンコク・アート・ビエンナーレが生み出す新たな対話
「バンコク・アート・ビエンナーレ(BAB)」は、世界中のトップアーティストたちが集結し、歴史ある寺院やギャラリー、さらにはショッピングモールや公園までもがアートに染まる、都市と芸術が融合する祭典です。2018年に誕生し、今回で第4回を迎えるこのビエンナーレは、規模・クオリティともに年々進化し、今や東南アジアを代表するアートイベントへと成長しました。
毎回約70~80組のアーティストが絵画、彫刻、インスタレーション、映像作品などを発表。これまでにマリーナ・アブラモヴィッチ、オラファー・エリアソン、アイ・ウェイウェイ、草間彌生、宮島達男といった世界的なアーティストも参加しています。来場者数は回を追うごとに増え続け、世界中からアートファンが訪れる一大イベントとなっています。

バンコク・アート・ビエンナーレ最大の魅力は、寺院、歴史的建造物、ショッピングモールなど、バンコクのあらゆる場所が展示会場になること。作品が設置される場所は次のようなユニークな会場に広がります。
ワット・ポー(涅槃寺)・ワット・アルン(暁の寺)
タイを代表する寺院の荘厳な空間に現代アートが融合。仏教の精神とアートの対話を体験できます。バンコク芸術文化センター(BACC)・タイ国立博物館・タイ国立美術館
近代的なアート施設で大規模なインスタレーションや映像作品を鑑賞できます。ショッピングモール・公園・駅周辺
普段はアートと無縁の場所に作品が点在し、街歩きをしながら気軽に現代アートに触れられます。


こうした展示方法により、アートのために出かけるのではなく、歩いているうちにアートと出会うという特別な体験ができます。
初回からディレクターを務めているアピナン・ポーサヤーナン(Apinan Poshyananda)は、世界的に活躍するタイの美術評論家・キュレーターであり、毎回斬新なテーマを掲げています。
「Beyond Bliss(至福を超えて)」(2018年)
→ 現代社会における真の幸福とは何かを問う。「Escape Routes(脱出ルート)」(2020年)
→ パンデミック時代における新しい生き方を模索。「CHAOS:CALM(混沌:静寂)」(2022年)
→ 不安定な世界における希望と静けさを探る。「Nurture Gaia(ガイアを育む)」(2024年)
→ 育む存在としての地球を拡張し、グローバルなテーマを提示する。
バンコク・アート・ビエンナーレのキュレーターチームには、ベネッセアートサイト直島の三木あきこさんも参加しています。2025年5月にオープンする「直島新美術館」の館長でもあり、開館記念展ではタイのパナパン・ヨドマニーやサニタス・プラディッタスニーの作品が展示される予定です。こちらも楽しみ。
【「直島新美術館」5月31日にオープン】https://t.co/tZEuLD3SUF
— 美術手帖 ウェブ版 (@bijutsutecho_) February 5, 2025
安藤忠雄建築である直島に誕生する新たな美術館「直島新美術館」。その開館日が決定しました。
ルイーズ・ブルジョワ
今回のバンコク・アート・ビエンナーレのヘッドライナーはルイーズ・ブルジョワです。複数の場所に複数の作品が展示されています。森美術館の個展が記憶に新しい彼女ですが、タイと繋がりが深く、2004年のスマトラ島沖津波の復興記念として彫刻を寄贈したそうです。
ワット・ポーの境内にあるのは、ルイーズ・ブルジョワの彫刻「Eyes」。半径112cmの花崗岩が2個並んでいます。

裏には「L.B.」のイニシャル。

この眼が向いている方向は…

そう、黄金の涅槃仏です。

両者の視線が向き合うように展示されています。

ルイーズ・ブルジョワの作品は他の場所にも。こちらはバンコク国立博物館。

タイから出土した石器や土器と、ヨーゼフ・ボイス、ルイーズ・ブルジョワのドローイングが並べて展示されています。



バンコク国立博物館、昔の王宮群をそのまま会場にしているのですが、内容が充実していました。毎週水曜にはボランティアによる日本語ガイドもあるそうです。



これも別の会場にあるルイーズ・ブルジョワ。

AKI INOMATA
バンコク・アート・ビエンナーレ2024には世界各国から76組のアーティストが参加しています。日本から参加しているのは、AKI INOMATA、山下麻衣+小林直人、今津景+バグース・パンデガの3組です。
最近日本で観ない日はない売れっ子現代アーティスト、AKI INOMATAさん。生物と人間の関係性や境界をテーマにした作品を発表しています。私は2024年、岡山の森の芸術祭、京都のLOVEファッション展、表参道のGYRE Gallery、金沢21世紀美術館と全国各地で4回作品をお見かけしました。日曜美術館でも特集されてましたね。

「貨幣の記憶」。真珠に福沢諭吉やジョージ・ワシントンなど、通貨の肖像を模した小さな核を挿入し、肖像が浮かび上がる真珠を作り出しています。2021年Maho Kubota Galleryでこのシリーズの個展をやっていました。

「進化への考察 #1 :菊石(アンモナイト)」。アンモナイトの化石をスキャンして3Dプリンターで復元し、その殻を現代のタコに提供し、タコがどのように利用するかを観察しています。

代表作「やどかりに『やど』をわたしてみる」。3Dプリンターを使って作られた透明な貝殻をヤドカリに提供し、実際にヤドカリがそのシェルターを背負って生活する様子を記録したものです。パリの建築物やニューヨークの摩天楼などが装飾されています。
京都国立近代美術館の「LOVE ファッション」展にも展示されていました。東京では2025年4月16日からオペラシティに巡回します。


今津景
現在オペラシティで個展開催中(2025年1月11日~3月23日)の今津景さん。2017年からインドネシアのバンドンを拠点に活動しています。都市開発や環境問題などをテーマにした作品を制作しています。
今回のバンコク・アート・ビエンナーレの出品作は「Artificial green by natural green」。パームの生体電極で制御されたブラシで、キャンバス一面に描かれた森林のドローイングが消えてゆく…というインスタレーションです。インドネシアのバグス・パンデガ(Bagus Pandega)とのコラボレーション作品で、パーム油プランテーションの拡大による環境問題に焦点を当てています。


こちらのインタビュー面白かったです。インドネシアに移住したきっかけ、現地のアーティストの生活など。
今津景インタビューhttps://t.co/PiPnd0XDmp #ad
— Tokyo Art Beat (@TokyoArtBeat_JP) February 25, 2025
女性性とエコロジーを明るく表現する——インドネシアに移住したアーティストの新境地 pic.twitter.com/7bOUzuinY9
山下麻衣+小林直人
山下麻衣(1976年生まれ)と小林直人(1974年生まれ)は、高校時代に出会い、2001年からアーティストユニットとして活動を開始しました。
水戸芸術館の個展は行けませんでしたが、高松市美術館の高松コンテンポラリーアート・アニュアル(2025年2月1日~3月16日)は行きましたよ! 高松とバンコク両方の展示を見た数少ない人間になりました。
お二人といえばやっぱり「infinity~mirage」プロジェクト。黒部市美術館の屋外に設置されたインスタレーションで、特定の角度から見ると無限大(∞)の記号が浮かび上がるように設計されています。


「A Spoon Made From The Land(大地から作った1本のスプーン)」。千葉県飯岡海岸の砂浜で磁石を使って砂鉄を集め、その砂鉄から還元反応によって鉄を抽出し、最終的に1本のスプーンを作り上げました。2011年の横浜トリエンナーレで見たなあ。


山下麻衣+小林直人インタビュー
— Tokyo Art Beat (@TokyoArtBeat_JP) August 20, 2024
不確かさ・リアリティを見つめ、“なんのためでもない”アートに取り組み続ける理由
20年にわたる活動を最初期の作品や国内未発表作を含め網羅的に紹介する展覧会が水戸芸術館 現代美術ギャラリーで10月6日まで開催中です(文:杉原環樹)https://t.co/K45dUQ7176 pic.twitter.com/a08UwSHk5E
アリ・バユアジ(Ari Bayuaji)
1975年にインドネシアで生まれ、現在はカナダのモントリオールとインドネシアのバリ島を拠点に活動するアーティスト。見過ごされがちな日常の物品や既製品を用いて、文化的伝統や社会的役割を探求するインスタレーション作品を制作しています。

カミーユ・アンロ(Camille Henrot)
2013年のヴェネチア・ビエンナーレで銀獅子賞を受賞した代表作「偉大なる疲労」。カミーユ・アンロといえばやっぱりこれですね。2019年オペラシティの個展でも上映されていました。

アギ・ヘインズ(Agi Haines)
バイオテクノロジーや医学の進歩をテーマにした作品を制作しているドクター。森美術館の「未来と芸術展」(2019年)にも出ていた作品です。

マルシー・パリバトラ王女(Princess Marsi Paribatra)
タイの王室の血を引く芸術家。1960年代に芸術の道へ転向し、独学で絵画を学びました。生涯のほとんどをフランス南部の小さな村で過ごしました。

ジョージ・ボルスター(George Bolster)
アイルランドのメディアアーティスト。SETI研究所(地球外知的生命体探査機関)での研究を経て、地球外生命体の存在可能性や人類の未来進化に関する作品を制作しています。


マリア・マデイラ(Maria Madeira)
東ティモールの歴史や文化、独立運動をテーマに、絵画やインスタレーションを制作しています。2024年、東ティモール初のヴェネツィア・ビエンナーレ公式参加アーティストとなりました。

アレクサンダー・ティモティッチ(Aleksandar Timotic)
セルビア出身のオペラ歌手。観客がジャガイモを剥き、本人がオペラを歌うというパフォーマンスアートです。会場の奥の方で美声が聞こえてくると思って行ってみたら、運良く本人が歌っているタイミングに居合わせました。ユーゴスラヴィアの食糧難をテーマにしているとのこと。


アマンダ・クーガン(Amanda Coogan)
アイルランドのパフォーマンスアーティスト。聴覚障害者とのコラボレーションや、手話を取り入れたパフォーマンスで知られています。マリーナ・アブラモヴィッチの指導を受けたこともあるそうです。

アマンダ・ヘン(Amanda Heng)
シンガポールの写真家。直島のベネッセハウスミュージアムにも同じ作品がありますね!

ブスイ・アジョウ(Busui Ajaw)
ミャンマーの山岳地帯で生まれたアカ族出身のアーティスト。幼少期に軍事侵攻を受けて故郷を離れ、タイのチェンライに移住しました。アカ族の伝統や神話、特に母神「アママタ」をテーマにした作品を制作しています。2023年に六本木のnca | nichido contemporary artで個展をやっていたそうです。

ギムホンソック(Gimhongsok)
風刺的でユーモラスなインスタレーションやビデオ、パフォーマンスが特徴。日本でもよく見る韓国のアーティストです。

