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アマト・エスカランテ『Lost in the Night』——沈黙する町で消えた母の行方を追う
メキシコの鉱山町で一人の女性が消息を絶つ。女性は外国資本の鉱山開発に反対し、環境問題に抗議していた活動家だった。失踪後も警察の捜査は進まない。彼女の息子エミリアーノは、手がかりを求めて地元の著名な芸術家リゴベルトとその家族に接近し、彼らの屋敷に雇われることで内部から真相を探ろうとする。
物語は個人の復讐と社会の腐敗が交差する形で進む。エミリアーノは母の失踪の背後にある権力構造を暴こうとするが、リゴベルトやその娘が抱える秘密と自身の立場が次第に複雑になっていく。彼が追い求める真実は人間関係の中に埋もれ、ますます見えなくなっていく。
アマト・エスカランテはこれまでもメキシコ社会の暴力や権力の構造を寓話的に描いてきた。『エリ』(2013年)では軍や麻薬組織による支配を描き、カンヌ国際映画祭監督賞を受賞。『触手』(2016年)では抑圧された欲望の爆発を描き、ヴェネツィア国際映画祭監督賞を受賞した。
『Lost in the Night』(2023年)は過去作と比べるとクラシックなジャンル映画の構造を持つ。ミステリーの要素を取り入れ、密室の中で展開するドラマに物語の焦点を当てる。音楽はNetflixシリーズ『ストレンジャー・シングス』の作曲家カイル・ディクソンとマイケル・スタインが担当し、作品に独特の緊張感を与えている。
撮影はメキシコのグアナフアト州で行われた。ここは近年犯罪率が急増している地域であり、エスカランテ自身が住む場所でもある。彼は「失踪者を探す家族やジャーナリストに何人も会ったが、視覚的にも物語的にも深く描かないことにした」と語る。本作の焦点は社会全体の暴力から個人的な復讐へとシフトする。
主人公のエミリアーノは、大きなシステムの中で翻弄されるのではなく、自らの手で真実に迫ろうとする。リゴベルトの家族が持つ芸術と権力の関係性も、エスカランテがこれまで扱ってきたテーマとは異なる角度から描かれている。富裕層の屋敷に潜り込むというストーリーは『パラサイト 半地下の家族』を想起させるが、この映画が比較的分かりやすい社会批評だったのに対し、本作は別の場所を目指している。
『Lost in the Night』はエスカランテらしい権力への批判を含みながらもジャンル映画としての要素が強い。メキシコ映画に「そういうもの」を無意識のうちに求める国外の批評家には不評だったかもしれないが、これは一つの個人的な物語である。エスカランテはメキシコで生きる人間の選択を問いかけている。
2023年カンヌ国際映画祭「カンヌ・プレミア」部門でワールドプレミア。日本公開未定。