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キリル・セレブレンニコフ『Limonov: The Ballad』――世界が恐れた異端者のバラード

 革命家なのか、詩人なのか、時代の道化なのか——エドワルド・リモーノフの人生を一言で表すことはできない。ソ連崩壊を生き抜き、NYの路上をさまよい、フランスで一世を風靡し、そしてロシアに戻り国家と対峙した男。キリル・セレブレンニコフの『Limonov: The Ballad』(2024年)はその波乱に満ちた人生を描く。英雄譚でもピカレスクロマンでもない。彼がどのように社会と対峙し続けたのかに焦点を当てる。

 リモーノフはソ連時代、体制に窮屈さを感じていた。自由を求めて渡ったNYでは成功をつかめず、ホームレス生活を経験する。バーの皿洗いや用心棒として生計を立てながら、それでも執筆を続けた。フランスでは作家としての評価を得て知識人の地位を確立するが、最終的にはロシアに戻り政治活動を始める。党の創設、投獄、メディアでの論争――リモーノフの人生は、絶えず爆発し続ける火薬庫のようだった。

 監督のセレブレンニコフもまた国家と衝突した人物だ。ロシアで演劇や映画を手がけていたが、政権の締め付けが強まるにつれ表現の場を失っていった。2017年には汚職容疑で自宅軟禁され、2020年に執行猶予付き罰金刑の有罪判決を受ける。2022年に国外へ亡命し、現在はドイツで活動を続けている。彼がリモーノフという男を撮ることに偶然はない。国家を拒絶しながら、国家に絡め取られる男の姿。それはまさにセレブレンニコフ自身の物語ともいえる。

 リモーノフを演じるのはベン・ウィショー。彼の知的で繊細なイメージとは対極にあるキャラクターだ。NYの地下鉄で虚ろな目をした若者、フランスの知識人サークルで毒舌を振るう男、ロシアで群衆を扇動する政治家、それぞれの時代のリモノフが異なる人格を持つかのように演じ分ける。

 映像はまるで火薬庫のよう。NY編では街の喧騒に飲み込まれるかのようにカメラは揺れ続ける。フランス編では構図が整然とし、色彩も洗練されている。まるで彼が一時的に手に入れた成功を強調するかのように。ロシア編ではカメラは距離を置き、国家の中の彼の立ち位置を冷静に捉える。

 音楽もまた彼の人生のリズムを作り出す。70年代のパンクロック、フランスのシャンソン、ロシアの軍歌——シーンごとに異なる音楽がアイデンティティの分裂を際立たせる。

 『Limonov: The Ballad』は、リモーノフの生涯を網羅する伝記映画ではなく、彼の生き方の一部を切り取ってエネルギーを映し出す。彼が何者だったのかについて映画は明確な答えを示さない。セレブレンニコフは矛盾に満ちた男を矛盾のまま描き、ウィショーは複雑な人物像を演じ切っている。

 2024年カンヌ国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミア。2025年内日本公開予定。

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