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カウテール・ベン・ハニア『Four Daughters フォー・ドーターズ』――家族の記憶と映画の境界
一組の家族がカメラの前に立つ。そこには実在の母親オルファと彼女の二人の娘、そして“演じる”ためにキャスティングされた俳優がいる。彼女たちは過去を語り、俳優はそれを再現する。ドキュメンタリーとフィクションの境界が曖昧になり、何が事実で何が演出なのかが曖昧になっていく。カウテール・ベン・ハニアの『Four Daughters フォー・ドーターズ』は、映画という枠組みを利用しながら、同時にそれを解体する作品だ。
チュニジアに暮らすオルファには四人の娘がいた。二人は過激派組織に加わり家を離れた。残された母と姉妹の語りを通じて、彼女たちがどのようにその選択へと至ったのかを探る。母オルファ自身もまたこの物語の中で変化していく。かつては支配的だった母親が、過去を再現するうちに新たな視点を得る。俳優の存在は単なる代役ではなく、記憶を客観的に見つめ直す契機として機能する。
ベン・ハニアはこれまでも映画の形式に対する実験的なアプローチを続けてきた。『Beauty and the Dogs』では物語の緊張感を維持するために9つの長回しを採用し、『皮膚を売った男』では現代アートと人権問題を扱った寓話的な構成をとった。本作では実在の人物と俳優が同じ空間に存在することで、記録と演出の関係性をより明確にする試みがなされている。
この手法は観客を混乱させる。フィクションとドキュメンタリーが交差することで、どこまでが“本当”なのかという疑念が生まれる。個人的な経験を演出を加えて再構築することへの違和感や、劇映画としてのテンションの統一感の欠如を感じる人もいるかもしれない。
本作は映画というメディアが持つ「語る」という行為そのものに焦点を当てている。記憶と再現の間にはズレが生じるが、その過程によって見えてくるものがある。オルファと娘たちは自身の経験を振り返り、観客もまた何を真実とするのかを問われることになる。
『Four Daughters フォー・ドーターズ』は2025年3月14日公開。