極貧詩 321 旅立ち⑥
寒村の小さな中学校の卒業式
式次第が予定通り順調に進行する
「蛍の光」に続いて「仰げば尊し」斉唱
会場は卒業生席、父母席から聞こえる「泣き」が大勢を占める
ボンボロン ボロロロン ボロボロン ボンボン
オルガンの音の切れ目に合わせて歌い出す
あおげば とーとし ばがじど どーん
言葉が聞き取れたのはほんの最初だけ
女子の濁音は男子に勝り、音程も狂いがち
一体何の歌なのかわからず終いで2番まで「歌いきる」
女子の多くは半ば放心状態
いつもは「事なかれ男子」たちも感極まった態
37名の卒業生の内36名が小学校からの持ち上がり
36名が共有する6年間の年月
町の近くから転校してきた1名を含めた37名が共有する3年間の年月
このクラスメートたちの多くとは2度と会えないかもしれない
今まで挨拶しか交わしたことのないクラスメートもかけがえのない存在
「もう会えない予感」「それぞれバラバラの進み行き」が胸を去来する
「以上を持ちまして今年度卒業式を閉式といたします」
司会の先生の震え声が感動の卒業式の余韻をいや増す
会場案内の先生の指示で静から動へと雰囲気が一変する
「卒業生から順に各教室に移動してください」
「ご父母の方々は待合室にお移り下さい」
37名は胸いっぱいの思いを抱え言葉少なに教室へと移動する
自分の席に座るのもこれが最後になる
机の上にコンパスの針で書いた落書きも見納めになる
女子は相変わらず目や鼻にハンカチを当てている
男子は明らかに泣いた後の顔を見られないようにしている
いつもはバカ話に花を咲かせているグループも沈黙したままでいる
廊下を歩く音が聞こえて来る
聞き覚えのある足の運びの音だ
この音を聞くのもこれが最後になるのかと、また胸がうずき出す
中学最終学年で生徒全員によく目を配ってくれた担任の先生だ
ガラガラっと戸を開けると第一声がまた胸をつつく
「いい卒業式だったな、先生もついもらい泣きしちゃったよ」
「お前たちと過ごしたこの1年間は本当に楽しかったなあ」
「ありがとうな、いい生徒たちに恵まれて先生冥利に尽きるよ」
「今日が最後なのが悔しいけどいい思い出ができたから我慢するよ」
先生の言葉に女子たちの涙腺がまたまた崩壊する
男子たちはさすがに涙を見せまいと上を向いて必死でこらえている
先生の口から「最後を飾る」珠玉のエールがほとばしり出てくる
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