黒よりも暗い -16-

意識が朦朧としている。夜中に人間の集団が通ったようだ。眠くてしょうがない。これではどちらが妖怪かわからないと久しぶりに笑ってしまった。人間の頃もそうだったが、十分に睡眠を摂らなければ死活問題らしい。鬼となっても睡眠が必要とは。私は本当に鬼となったのであろうか。違い存在なのか。私が勝手に決めつけていたか。勘違いだったのか。そもそも鬼という生き物がどんなものかもわからない。しかし、太陽とともに生きているのでおかしくもないと思った。それでは一体人間はどのような生き物なのだろうか。鬼だとしても私からは人間の方が化け物に見えた。自然の摂理に自ら抗っても全く平気なのである。私から見ても怖い存在である。力からの恐怖ではない。存在そのものに対して嫌気というか絶望というか、こんな者が存在していいのかという恐怖である。悪魔が誕生したような。とにかく怖いのである。自然は優しい。動物は優しい。摂理がある。人間に摂理があるようには感じ取れない。素晴らしい表現にも感動がないようだ。素直に受け取れないのか、将又新たな動きが怖いのか。それで新しい存在が潰される。文字通り出る杭は打たれる。魔女狩りがある。珍しいものは悪なのである。こんな恐ろしいことがあるのか。これが薄暗いどんよりとして表れているのか。しかし身投げには一切反応しない。苦しいでいる若者にも一切に反応しない。末恐ろしい集落である。親が子を喰うのである。鬼である。私より鬼らしい。私は音が嫌いである。人間は音が好きである。私はこの世に音なんか無くなればよいと本気で思っている。厳密には風の音、草花が揺れる音、川のせせらぎの音は好きである。つまり、人間から発する音が嫌いなのである。音楽や歌は素晴らしい。しかしあまりにもダサく不快な音が多すぎるのだ。そししてそのダサい音が気にならない者が多すぎる。私だけくらいであろう嫌悪を抱いているのは。無音で陽の光があり、空があり雲がある。それで十分なのである。それ以外に欲したくはない。それ以外は無駄である。今人間は静かである。どうしたのだろう。このような静けさを夜に味わいたいものである。昼間は潜み夜活動する。人間は夜行性の生き物であるのだろうか。無音ほど素晴らしいものはない。確か宇宙に音が無いらしい。音を伝える物質が無いとのこと。宇宙に行きたい。音がなく陽の光だけ感じたい。どうやらこの世は既に妖怪と人間の境目がないらしい。集落を見ていると人間世界とあまり変わらないようにも見える。同じ住人同士が殺し合う、身投げしても気にしない、リーダーも取り立てて施策はしない。音はするが声は聞こえない。誰か声を発しているだろうか。人間の声はしばらく聴いていない。音だけである。この集落も音だけである。自分を不幸と思っても無意味である。不幸という過程はあるのかもしれいない。しかし私が不幸という状態を認識したらからといって幸福に転じることはない。駄目なものは駄目なのである。不幸や不運を全て受け入れては駄目なのである。不幸が嫌なら全てそれ以外の要素をするしかないのである。今置かれた状況が嫌なら今ではない状況で生きるしかないのである。状況は探せばあるのかもしれないし作れるかもしれない。とにかく今が嫌なら全て遠ざかるしかない。やれることは今の場所から離れるしかない。不快に思う集落から目を逸らすしかない。見てはいけない。今までしてきたこをしてはいけない。今までしてきて今不幸がある。短絡的かもしれないが今ではない行動をするしかない。そいうしたら幸福かはわからないが今の不幸とは違うはずだ。全く彷徨ってしまったのである。富士の樹海どころではない。完全に見失ってしまった希望が。幸福の片鱗も見えない。呼吸ができるだけで万々歳である。五体満足だけで恵まれている。多少の持病を抱えつつもまだまだ体の機能は使える。ここまで彷徨い続け犠牲となったのは時間と金だけである。ただし私の労働価値はゼロである。社会としての存在価値は無いだろう。それならば私を欲してれる場所を探すしかない。いや探さなければいけない。見つけなければいけない。鬼だろうと受け入れてくれる場所へ。自分で居場所を創る気概も能力もない。なら受け入れてくれる場所を探すしかない。もしダメなら?その時はその時である。もしもの為に自分の居場所も作っていくことにする。しかし、私から声を掛けても反応してくれる者は限りなく少ない。どこへ声をかけてもかえってくることはない。これを顧みれば自分で自分の居場所を創るのが真っ当な歩みにも考えられる。結局は死ぬのである。納得のいく時間を過ごしたい。だとしてたら両方確かめたい。まだ諦めるわけにはいかない。死ぬ寸前に1人でも私に関心を持ってくれる人が見つかればよい。それだけで十分である。まだ死ななない。まだ死ねない。最後の最後まで探すとしよう。いつしか初老となっていた。浦島太郎と例えるのも酷いくらいの姿。私は一体今の今まで何をして過ごしてきたのか。ただ時間だけが過ぎ体だけが老いていく。心も風化しそうである。しょうがないのである。自分に言い聞かす。しょうがない。この言葉だけが悲しみや怨念、後悔を反発せず流してくれるのである。時とともにこの言葉も流れていく。

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