黒よりも暗い -15-

妖怪の集落へたどり着きまだ1日も経っていない。妖怪同士の会話を盗み聞ぎをしてみる。意外にも各自考えているようである。考えをはっきり述べている。ということは考えを行動できない規制があるのであろうか。私には考えがない。うらやましい。振り返ると幼少の頃から考えて決めたことはない。何でも親や教師に決められてた。決められた道をただ歩くだけ。辛くとも弱音を吐かず泣き言も言わずただ耐えて歩くだけ。時には歩く。倒れてはいけない。倒れてしまえば殺される。私はそう思っていた。私には思考はない。思考だと思っていたのは恐怖、恨み、妄想である。つまり、自ら発していない。何か強制的なものを受けてそれで初めて考えている。考えているというよりも防衛反応であろう。拒絶反応であろう。恐怖や恨みだけが募り、そんなものそもそもはずっと持っていたくなく、自己否定が始まる。自分を嫌う。そして周囲を嫌う。何が何だか分からなくなる。自己崩壊である。よく周囲を傷つたり自分を気付けなかったものだ。おかげで防衛そのものものはボロボロである。免疫、ストレス耐性諸々は灰同然である。吹けば滅ぶ。これ以上は耐えられない。このような状態で自分で考える余裕はない。とにかく防ぐだけで精一杯。私と集落に共通しているのは、強制的な支配なのだろうと感じた。景色も共通している。いつも薄暗く陽の光が入って来ない。表情はない。静かである。静かでいるのにその中に狂暴性が見え隠れする。それを押し込めておくことができない衝動から身投げをするのだろうか。それは誰もが抱えているものなんだと思う。誰も身投げに関心を持っていない。皆自分のことで精いっぱいなのである。私は独りなのでいつもこういうことを考えている。これを考えと呼べるのであろうか。このような独り言で人生のほとんどを溝に捨ててきてしまった。もうこれでしか生きる術はない。これも怨念と同じである。私から独り言を取り上げられたら溺れて死んでしまう。いつも頭の中で独り言をしゃべっているからか、実際に発する言葉はおぼつかない。頭で考えることを口でそのまま出すことができないのだ。それに気付くのにも大分時間を要した。それさえ気付かなかったのである。周囲は私が話す言葉に理解ができない。当初はふざけているのかと思った。私を馬鹿にしていると思った。しかしそれは違った。たまに私が話す言葉を聞き返さず会話が成り立つ者にも出会ったことがある。でも当時私はそれが当たり前と思っており気付けなった。それは当たり前ではなくむしろ貴重であった。いや希少である。振り返って分析するとおそらく私の喋ることをスムーズに理解できる者は頭が良い者であるとわかった。頭の良い者は周囲の断片を紡ぎながら答えを導き出す。つまり私が話す言葉は断片、ピースなのである。それでも理解できると無意識に私は思っていたのかもしれない。馬鹿にすることは毛頭なく表現するならば、3歳児にわかりやすく説明するように話さないと周囲には理解されない。私にとっては物凄く体力の要る作業である。歯がゆくストレスになる。でもコミュニケーションを円滑にするには必須である。それがうまくできない私はコミュケーションがとれず孤立するのである。恐怖から頭がフル回転しそのフル回転のせいでうまく言葉を発せられない。また恐怖から周囲の前で気分を平常に保つことができない。この原因と状態を理解できる者は少ないと思う。なんと言ってもわかりずらい。苦しみがわかりづらい。見えづらい。私も見えない。お互い様である。親鳥が先か。卵が先か。恐怖が先か。奇人変人が先か。なぜこんなにも絡まり過ぎた糸のように複雑化してしまったのだろう。これを解くことができるものはおそらくいないだろう。解こうとする者もいないであろう。それだけ複雑で異様である。眩暈がする。昨夜から朝方までの記憶がとびとびである。どうやら人間のほうが夜型が多いことに気付く。妖怪や鬼の方が生活リズムは正しいらしい。朝日とともに起き、陽の沈まりとともに眠る。夜に行動するのは理由があるときで、それ以外は寝静まっていることがわかった。身投げを気にしないということは庶民から収集するものは間に合っているのであろうか。むしろ余っているということか。それなら安楽死制度を設けたら庶民はますます減るのではないか。そういうところがわからない。私が統治者なら私の領域を侵さない限りしっかり働かせ、その分の収集する。収集できる者が減ればその分収集物は減るが、収集物は余りに余っているのであろうか。いよいよ貧困層も多くなっていると聞く。納めたくても納められない者が多くなってくると誰もが予想できるが、何か対策を施しているようにも見えない。いかにも異様である。しかも誰もが逃げ出さず住む者が多い。とにかく多い。だから収集物は間に合っているのだろう。貧困者は不満ではないのだろうか。諦めているのであろうか。何か打開しようと試みたことはあるのだろうか。この諦めの世界は一体なんなんだろう。急に吐き気をもよおす。私は腐りに腐った鬼である。しかしこの腐敗臭は一体何なのか。強烈である。誰も臭わないのか。異なる種である私だけが匂うのか。妖怪になるとそのようなことも感じないのかもしれない。妖怪であるからこそ感じていないのかもしれない。鬼となった私はなぜこれほどにも感受性が高まっているのだろう。人間の頃よりも敏感である。久しぶりに陽の光が見たい、そう思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?