黒よりも暗い -19-

雷鳴で目が覚める。天気は良いようだ。おそらく雑音なのだろうと思うが毎日のことなので流すしかない。陽の光が差し込む。空気は冷たい。風はいつもより強いようだ。強くても風はいつも好きだ。くしゃみがでる。普段くしゃみはしない方だ。2度3度する。風邪だろうか。動き回る。おそらく埃なのだろう。背中が痛い。肩が痛い。首が痛い。履き慣れない靴で歩いた。足首の皮膚が擦れて痛い。最近背中などの痛みが和らいでいたがまた痛くなってきた。特に腰。屈めない。ひとつひとつする動きに痛みが伴う。いつからだろう。呼吸は浅い。深呼吸してはじめて気付く。普段はかなり浅いようだ。そのせいもあるのか背中などの痛みは。呼吸をゆっくりできないほどの緊張がある。いつも緊張している。全身に重りが繋がっていても気にしてないらしい。いつ繋がったのかもわからない。これも摂理と思うようになったのもいつからだろう。今日は空気が綺麗だと感じる。感じるのは好きだ。見るのも好きだが感じるのは特に心地よい。言葉にあらわしたくない。言葉にする時点で良いものが削げ落ちる。この心地よい感覚を自然と溶け合っていたい。それだけで十分だ。肩に力が入る。常に力んでいる。常に肩に力を入れておかなければいけない人生を歩んできたのだろう。腕がだるい。肘の関節まわりの筋肉がつらい。呼吸をする。辛くなれば呼吸をしたい。呼吸をすれば一時ラクになる。自然と溶け合う感覚と似ている。この時期、陽の光はいつも橙に見える。朝日なのか夕日なのか一瞬わからなくなる。暖かい色。穏やかに感じる。しかし気付くと肩に力が入っている。安らぎが無い。休めばいいのに休めていない。休養という時間を過ごしたことは厳密にはできていないようだ。常に体全身が硬直している。なぜこれほどまで硬直しているのだろう。恐怖だと思う。支配だと思う。なんとか逃げるだけで精一杯である。人からの優しさを感じたのはいつだっただろうか。その前に恐怖感で自分を満たし優しささえ拒絶してしまっていたのだろうか。記憶にない。10歳に満たない頃。教室だ。授業をしている。私は近くのクラスメートにちょっかいを受けている。今と同じである。教師が気付き私の頭を叩く。泣きそうになる。私はただちょっかいを受けていたのを払おうとしているだけである。しかし教師に何も言えなかった。今と同じである。6歳から思ったこと感じたことを素直に言えない人間であったようだ。今更ながらに落ち込んでしまうほど嫌になる。冷静に考えるとそうなのである。6歳から今まで変わっていないのである。否定したくもなるができない。しかし、この6歳と比較すれば少しは自分の意見を言えるようにはなったと感じている。それでいいではないか。教室に戻る。私は、私のことではない周囲の行動で少しパニックになってきた。クラスメートにちょっかいをかけられたのも私のアクションではない。教師に頭を叩かれたのも私のせいではない。言わば私は無関係なのに叩かれ痛い思いをし怒られているのだ。6歳で理不尽を経験済みである。もう何が何だかわからない。事情を説明する前に突然の出来事が降りかかったという原因もあり何も話せないでいた。そのとき隣の席から声がした。違うクラスメート。私はただちょっかいをかけられていただけだと教師に説明してくれた。私は悪くないと。教師も聞き入れ苦笑いして立ち去った。女の子であった。まるでドラえもんの話である。ジャイアンとスネ夫に虐められ、しずかちゃんに助けられたのである。もちろん私がのび太。助けてもらったのに恥ずかしくてお礼が言えなかった。教師に立ち向かって話す彼女は私よりも何百倍も強かった。それから間もなくして彼女は転校していった。どこへ行ったのもわからない。名前も忘れてしまった。30年以上経って、いま彼女にお礼が言いたい。あのとき助けてくれてありがとう。俺のために勇気をふりしぼってかばってくれてありがとう。そう言いたい。これが生まれて初めて人から助けられた体験であった。こんな体験これ以外なかった。おそらく私よりだいぶ優秀な方だったのだろう。生意気なことを言えばあれ以降誰も私を助けたりかばったりしてくれなかった。周囲より優秀であったからだ。私より頼もしい人が欲しかった。もしかしたらそれをずっと望んでいたのかもしれない。彼女は頼もしかった。彼女と接したのはかばってくれた記憶しかないが、明らかに私より強かった。そんな彼女に何も話しかけれなかった私を情けなく思う。でも当時の私はこんなものだ。誰でも怖かった。自分の意見なんていけない。自分の気持ちを発して相手を怒らせてしまうのが怖かった。6歳にして奴隷化していた。そんな私に手を差し伸べてくれたのが彼女であった。それ以降の人生、そんな人は彼女のみだった。彼女に会いたい。一言お礼をいいたい。一瞬の思い出しかないが、私の中では一番に大切なものだ。だって私の方から助けを呼ばなくても助けてくれたのは彼女しかない。親でもない。彼女はいまどうしているのだろうか。この体験が今の私と強く繋がっているのかもしれない。理不尽な目に遭う人を助けたい。私はまだまだ強くはないと感じた。あれから強くなっていない。橙の陽の光をみて彼女を思い出した。

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