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《奇妙な短編物語》欲のやまない砂時計 #6

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    1年後

「先生!」

    ホテルの廊下。南側に大きな窓が並び、冬の寒さなど気にしないかのような光があふれる空間で、こちらに声をかけるのは、デビュー時からお世話になっている出版社担当編集者の太田おおたさん。

「こちらに・・・、いらしたん・・・、ですね。・・・探しましたよ」
「そうなんですね。トイレに行っていたら迷っちゃって。お手数をおかけして申し訳ない」
「いえいえ。・・・良いのですよ」

    そう言う太田さんは、暖房が効いた部屋から急いで来たのか、手に持つハンカチで汗を拭きながら、ゼェハァゼェハァと息を切らしている。
    悪いことをしてしまったかな。

「そろそろ会場に向かいましょう。授賞式が始まってしまいますよ」
「もう、そんな時間ですか」

    今日は小説家にとって、もっとも栄誉ある賞の授賞式。去年発表した作品が評価されたので、ありがたくいただきに来たわけだ。

    一年でここまでこれるなんて。
    全くもって、才能というのは恐ろしい。

「と言っても、多少のゆとりがありますので、僕みたいに走る必要はありませんよ」

    そう言うと太田さんは壁に手を着けた。
    
「少しだけ、息を整えさせてください」
「太田さんは少し痩せた方が良いのでは?」
「妻からもよく言われます」

    太田さんはハハっと笑い、数秒後に少しだけ息が落ち着いたようで

「それでは向かいましょう」
「えぇ」

    そう言うと二人で会場へ歩き出す。
    太田さんは、道中嬉しいような、残念なような顔をした。

「それにしても。今日という日を、あの御二方にも見ていただきたかった。僕としてはその事が悔やまれます」
「そうですね。・・・二人も喜んでくれますかね?」
「もちろんですとも!何と言っても師匠と20年来の友人なのですから!」
「そう・・・、だと良いですね」
「長年、皆さんを見ている僕が言うのですから間違いありません」

    ゆっくり歩いている成果もあって、太田さんの息は落ち着いてきたようだけども、今度は違うことで体温を上げている。

「師匠を亡くされたというのに、友人も亡くされて・・・。先生の心境を思うと、僕も悲しくなってしまいます」

    太田さんが、さっきまで汗を拭いていたハンカチを目元にあてた。言葉にしたことで涙が出てきたのだろうか。
    少しだけ見えた涙を拭うと、スーツのポケットからスマホを取り出し、何処かにメールか何かで連絡をいれたようだ。

「ささっ!着きましたよ!会場にいる者に先生が扉前にいることを伝えました。扉が開いたらご入場ください!」

    ほんの少し前の話をしていたら、会場の扉前まで到着した。部屋の内は、関係者や記者達でいっぱいだろう。
    直後に扉が開いた。

「本当に・・・。師匠であるお父様と千笠先生にもお見せしたかった」

    つづく

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